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SHEPHERD : 前編



「俺…アンタが考えてること、さっぱり分かんないよ」

 震える唇を噛んで言えば、虫一匹殺すこともできそうにない綺麗な顔で、男は笑って言った。

「分からなくてもいいよ。今はまだ、ね」

 男はエスコートするように、しかしどこにも隙のない強引さで俺の腕を引いて、躰をベッドへ組み敷いた。
 男の顔が首筋に埋まると、すぐに柔らかい何かが肌に落ちた。それはやがて肌を小さく吸い上げて、耳元にいやらしい音を何度も響かせる。

「ぅ…っ、」
「もしかして、俺が怖い?」
「っ、ぁ…なに…」
「肌が震えてる」

 少し捲れたシャツの裾から、いつの間にか入り込んでいた手が脇腹を撫でた。その刺激で躰がビクッと跳ね上がると、男は首元でクスッと笑った。

「敏感だね」
「あっ、ぅ…うるさ…」
「大丈夫、怖がらなくていいよ。痛くないよう、じっくり時間をかけてあげるから」

 そういうことじゃないだろ。そう言いたかったけどそんな余裕は全くなくて、結局言葉が喉を通ることはなかった。
 男の手が全身を這い回って、唇が全身を吸い上げて、舌が全身を舐め回す。その度に俺の口からは悲鳴のような喘ぎがあがって、そんな俺に男は気分を良くしたようで、細く長い指で信じられないような場所を攻め立てた。

「もう入りそうだね」

 男が嬉しそうに、俺の尻から指を抜き取った。

「ひっ、う…」
「あれ、泣いてるの?」
「も、やだ…」
「今更? もう指は入れちゃったじゃない、入るものが変わるだけだよ」

 それでも嗚咽を漏らして俺が首を横に振ると、男が耳元にそっと囁く。

「いいの? 悠真くんが酷い目にあっても。彼の大事な人の目の前で、輪姦しちゃうよ?」
「ッ! だ、だめ!」
「そうでしょう? じゃあ東吾くんが頑張らないと、ね? 君さえ言う事を聞いてくれたら、悠真くんには手を出さないから」

 まるで西洋の王子様みたいな綺麗な顔で、お伽噺の悪魔よりも酷い取り引きを持ちかけるコイツこそ、きっと本物の悪魔。

「アンタ…頭オカシイよ…」
「アンタ≠カゃなくて、俺はゼン≠セよ。染める≠チて書いてゼン、覚えてね?」
「あっ!? やっ、うぁあ"ぁあ"あっ!!」

 一瞬で俺は、男…ゼンの欲望に躰の奥深くまで貫かれた。




 ◇



「あの、悠真(ゆうま)に呼ばれてきたんですけど」
「……快地(かいじ)さんの部屋にいる」

 ソファに座って本を読んでいた人に声をかけると、面倒くさそうに言葉を漏らした。

「そうですか」
「そのへん座って待ってれば」
「はい、そうします」

 打ちっぱなしのコンクリートに、乱雑に敷かれた毛足の長いラグ。その上にちょこんと腰を下ろすと、周りから様々な視線が突き刺さり、その内それもやがて無くなった。

 俺の親友の悠真に、恋人ができた。
 きっかけなんてほんの一瞬、彼らは簡単に恋に落ちた。
 学校帰りに寄った本屋でガラの悪い奴らに絡まれて、後一歩で財布の中身全部を奪われそうになったその時、その人は現れた。
 見上げるほど高い身長、鍛え抜かれた分厚い躰、きらきらと光を反射し揺れる金色の髪。
 まるでサバンナを悠々と歩くライオンみたいなその人は、何を言うことなく俺たちの前に立ちふさがり、奴らを睨みつけた。
 その時に奴らが上げた声を今でも覚えてる。彼はただそこに立っただけなのに、酷く怯えた声で、ヒッ、て言ったんだ。
 息を吸ったんだか吐いたんだか分からないその声の原因を、奴らがしっぽを巻いて逃げ出したそのすぐ後で知ることになる。

『大丈夫か?』

 俺たちを振り返ったその人は、地元でも有名な不良。
 沢山の手下を連れているとか、沢山の敵といつも戦ってるとか、そんな少年漫画みたいな噂がいたるところに出回っていて、彼を知らない人なんてこの街にはいないんじゃないかってくらい有名だった。
 本人に会ったのはその日が初めてで、でもひと目でこの人がそう≠セって分かった。だって、誰にも無いオーラってやつを纏ってたんだ。

 いまだ恐怖に震えながら彼の問いに頷いた俺たちに、彼は家まで送ると申し出てくれた。いや、実際は俺たちじゃなくて、隣で震える悠真に言ったんだ。だって彼はずっと、悠真だけを見ていた。
 その日から悠真は、度々彼らの溜まり場に誘われるようなった。緊張して固まる悠真を安心させる為にと、結局俺まで連れて行かれるようになって、そうして二週間が過ぎた頃。悠真はついに彼と……快地さんと付き合うことになった。
 初めて会ったあの時から、予感はあった。強い意志を込めて悠真を見つめる快地さんの瞳と、そんな快地さんを見つめる、星屑を集めたみたいにキラキラと瞬く悠真の瞳を見れば、何が起きるかなんて一目瞭然だった。

「あの、悠真は何で俺を呼んだんですかね?」
「知らない」
「……ですよね」


 快地さんの溜まり場が、緊張する場所から居心地の良い場所に変わったのは、きっと悠真だけ。
 ここへやって来ることを歓迎され受け入れられたのは、悠真だけだから。だからいつだって俺がここに来れば、誰もが異物が入り込んでるって目で見てくる。けど、悠真に呼ばれたら来ないわけにもいかない。
 来なければ、きっと快地さんの気分を害するから。

「東吾(とうご)!」
「あ、悠真」
「待たせてごめんね! こっちおいでよ!」

 俺が座る場所から少し離れた位置にある扉から、悠真が顔を出した。放課後学校で別れた時よりも少しラフな格好をしている。
 呼ばれた部屋へと足を向けると、矢張り背中にあらゆる視線が突き刺さった。種類は多様だけど、どれも友好的なものでないのは共通していた。
 分かってる。今悠真のいる部屋に、俺は入るべきじゃないってことは。そこへやすやすと入れる人間じゃないんだよ、俺なんて。

「あのさ、悠真」
「来て来て、快地さんがケーキ買ってくれたんだ! あんまり沢山あるから、東吾にもあげようと思って」
「え、」
「ほら、凄く美味しそうでしょ? 一緒に食べよ!」

 そう言って俺に笑いかける悠真は、俺と大して変わらない、どこにでもいそうな平凡な少年だ。だけどそんな少年をとても愛おしそうに、目に入れても痛くないってほどに愛している人が、側にいる。

「あ…あのさ、実は俺、もう帰んなきゃいけなくなって」
「え、どうして…?」
「ちょっと家の用事があってさ。ごめんな、せっかく呼んでくれたのに。でも俺、ほんと時間ないし、もう帰るわ」
「えっ、待って待って! じゃあ持って帰りなよ、ね?」
「いや、でも」
「ほら、箱もあるし。これ持ってって」

 ケーキが数個入った箱を、押し付けられるようにして受け取った。そんな俺を、快地さんがなんの感情も無い目で見ていた。

「うん……じゃ、また学校で」

 俺は箱を抱きしめ部屋を出ると、挨拶もしないで溜まり場を飛び出した。
 耐えられなかった。
 周りからのキツイ視線も、快地さんからの無感情な視線も、悠真の笑顔もなにもかも。

 溜まり場に集まっている人間は、みんな快地さんに惚れ込んで集まった人間だ。
 悠真も快地さんに、あの日一瞬で目を奪われ、心まで奪われたんだろう。だけどそれは、その隣にいた俺だって一緒だった。
 強くて、格好よくて、仲間思いで優しい。同じ男ならきっと、誰だって一度は彼に憧れを抱くに違いない。そう、男なら誰だって…。

 悠真は、良くも悪くも一般的な人間だ。誰かに憧れを抱かれるような、そんな特別を持った少年じゃない。それは俺も同じで、だからこそずっと一緒にいられたし、親友になれたんだ。
 それなのに、なんで悠真だけ快地さんに愛される…?
 同じように同じ場所で、同じ平凡を携えた少年が輩に絡まれていた。状況は全く一緒なのに、どうして俺は認めて貰えなかった?

 親友だと思っていたのに、最近ではどこか裏切られたような気さえする。そんな気持ちを抱く自分にも嫌気がさすが、悠真への憎しみや嫉妬は増える一方だ。
 そうして消化しきれない感情と共にケーキを抱きしめた俺は、駅前でひとりの男に捕まった。

「きみ、東吾くんだよね? お友達の悠真くんのことで、少し話があるんだ。一緒に来てくれるかな?」

 にっこりと崩されるその表情は洗練されていて、あらゆる人間を腰砕けにさせる威力がある。
 野性味溢れる獣の様なあの人とは真逆で、まるで高貴な血統書付きの犬のようだと、男を見てそう思った。



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