×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
前編



 酷く重たい瞼を開いた瞬間視界に入ってきたのは、吐きそうなほど整った容姿を持つ男達だった。男前も居れば、お伽噺に出てくる王子みたいな男も居るし、如何にもチャラそうな奴に、美少年と呼ばれる為に生まれてきたみたいな奴も居る。
 彼らはみな一様に「良かった」「心配した」と泣きそうな声を出して俺の頬や体を触った。だが、俺には彼らが誰なのか分からなかったし、俺は男に体を撫でられて喜ぶ趣味も無かった。

「誰だよアンタ達。触んじゃねぇよ気持ち悪ぃな」

 そう口にした途端、病室中の空気が変わったのが分かった。目の前に並んだ美麗な顔全てが一度驚きに目を瞠り、やがて俺を蔑むような目を向けた。
 それからほんの僅かの時間で彼らは俺に興味を失い、サヨナラも言わずに部屋から出て行った。そうして部屋に残ったのは俺と、そして生徒会の顧問だという何やらニヤニヤと笑みを浮かべた色男だけだった。

 所謂、記憶喪失というやつだった。
 そんな二次元御用達な話が、まさか俺に降りかかるとは思って居なかったが、自分の人間関係の記憶だけごっそり抜けている事を考えれば、冗談で片付けられるものではなかった。
 友人、クラスメート、家族でさえも俺の記憶には残っていない、まさに天涯孤独な状態。だけど勉強やその他の記憶はしっかり残っており、高校生活を送るにあたって然程支障は無いと判断された俺は、入院してから半月ほどで退院することになった。

 戻された場所は全寮制の男子校と言う、何とも閉鎖的で息苦しい場所だった。
 寮の同室者は妙におどおどとしていて、見ているだけで苛つくから話しかけず無視を決め込めば、何故か驚いた顔を向けられる。
 なんだか居づらくなって部屋を出れば、人に合う度にヒソヒソと陰口を叩かれ、時折よく分からない暴言を吐かれた。どうやら俺は、ここで酷く嫌われているらしい。
 そうこうしている間に、俺の友人だという、俺に負けず劣らず平凡な男に捕まった。俺が学校の階段から落ちて記憶を失ってしまったことは、既に学校中の奴らが知っているらしい。
 そしてそいつが言うには、俺の病室に揃っていたあの美形達を俺はつい最近まで周りにはべらしていて、それをよく思わない奴らに“制裁”として、階段上から突き落とされたのだそうだ。

 反吐が出そうだった。
 美形をはべらせていたからと、命まで奪おうとする馬鹿どもにも、そんな美形をはべらせていた自分自身にも、そして、こうして嬉々としてペラペラと全てを吐き出す“友人”だと名乗る男にも。



 学校へ戻され数日が経ってからも、自分が嫌われているという情報以外殆んど手に入らなかった。
 唯一分かった事といえば、どうやら例の生徒会役員の中に、俺と恋仲だった奴がいるということだった。けれど、今となっては一体それが誰なのか分からないほど、誰も俺に近付いて来ない。寄って来るのはひたすら俺に嫌がらせをしようとする輩ばかりで、情報どころか、増えるのは生傷ばかりだ。
 恋人であるはずの奴は、そいつらから俺を助ける気すら無いようだった。

 下らない。馬鹿らしい。
 そう思いはするものの、普通の人間であればこんな空気に耐えられるはずがない。友人だと言ったあの男も、あれ以来殆んど俺に関わって来ないから、結局それだけの仲だったのだろう。
 俺はずぶ濡れの制服を身に纏ったまま教室を出た。その後ろから教師であろう男がどこへ行くんだと怒声を飛ばしていたが、最早俺にはなんの意味も持たないものだった。


次へ



戻る