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ダストボックス:要 *



SIDE:要



 溢れそうになる声を堪えて、唇を噛み締める姿に思わず笑う。

「誰も居ないんだから、我慢しなくて良いんだよ?」

 俺がそう言って笑えば、千尋は煌々と付けられた蛍光灯の下で肌を羞恥の色に染めた。

「ばっ、ばか…! あっ…ぁあっ、」

 目の前に晒された千尋の素足にゆっくりと舌を這わせると、震える唇が思わず声を漏らす。けれど直ぐにまた唇を噛んで、その上から自身の手で更に鎧を被せた。
 もう片手では足りないほど千尋を愛してきたけれど、いつだって千尋は素直に声を聞かせてくれない。
 「電気を消せ」と怒るのを無視して白々しい光の下でするのは、そんな千尋へのちょっとした意地悪だ。


 俺の世界は千尋でできている。
 千尋以外のモノは全てゴミでしかなくて、それは例え血を分けた家族であっても変わりない。俺の生きる意味は、千尋にしか無いのだ。

 幼い頃の事だ。俺は千尋と母親に連れられて、初めて公園へ行った。所謂、公園デビューと言うやつだ。
 沢山の遊具があって、同年代の子供たちが楽しげにソレで遊んでいた。けれど引っ込み思案で人見知りが酷かった俺は、そんな光景を見てもただ恐怖しか感じなかった。

『ちぃちゃーん!』

 遠くで千尋を呼ぶ幼い声がした。千尋がその声に反応して振り返る。それを見た俺は置いていかれる=Aただそう思った。

『にいちゃんっ!』

 縋る想いだった。繋いでいた手を必死に引っ張り、千尋を自分へと向き直させる。そうして再び俺を見た千尋は一瞬だけキョトンとすると、やがてそれを向日葵の様な笑顔に変えた。

『だいじょーぶ! にいちゃんがついてる!』

 その後ろでもう一度千尋を呼ぶ声がしたけど、今度は振り向いたりしなかった。
 しっかりと俺の目を見て、だいじょうぶ、だいじょうぶと繋いだ手を緩やかに振って俺を安心させてくれた。
 たったそれだけのことで、千尋は俺の世界を変えてみせた。

『かなめには、にいちゃんがずーっとついててあげる!』

 そう言った千尋の笑顔と手の温もりを、俺はきっと永遠に忘れない。
 
 その日から俺は千尋にべったりになった。
 いつだってどこだって、どんなときだって。俺は千尋から離れなかった。千尋もそれを嫌がらなかった。だから俺はそれで良いんだと思った。これから先もずっと、千尋さえ隣に居てくれれば何も怖くないと思った。

 千尋が俺のことを、弟としてしか見ていない事は知っている。そしてこの先も、決してその域から出てくれないことも分かっている。だけど、俺はそれでかまわない。

「ちひろ…ちひろ……ちひろ」

 千尋に覆いかぶさってその名を呼べば、千尋は口元から外した手で俺の顔を包んだ。

「かなめ」

 少しも揺れることのない瞳で俺を見ている。

「ちひろ…」

 過去には、血が繋がっていることも、年下であることも、男同士であることも、全てを恨んだことがある。だけど、今なら素直に思うことができる。
 俺は永遠に千尋の弟でかまわない。だって千尋は、絶対に俺を見捨てない。

「大丈夫、俺はここに居るよ」

 絶対に、俺から離れない。
 俺が無茶苦茶な要求をしたとしても、例えそれが両親を悲しませることになったとしても、千尋は全て受け入れてくれる。
 俺が、千尋の弟である限り、絶対に。

「ずっと、要と一緒にいるよ」


 千尋と兄弟でないことを何度も夢見てきたけれど、そんな願いはもうゴミ箱に捨ててやった。そして俺は、新たな夢を見る。

「俺ね、千尋」

 今はまだ弟の我が儘をきいているだけの千尋が、越えるはずのない枠を越えて、俺を男として意識して。
 いつか、愛した男が血を分けた実の弟であることに酷く悩んで苦しむ兄≠フ姿が見たい。

 そうして流した千尋の涙は、きっと。

「俺、千尋の弟で良かった」



 きっと、かけがえのない宝物になる。


END


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