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ダストボックスU ***



 もう何度、弟の腕に抱かれたか分からない。

 昼夜を問わず、求められるがままに重ねた躰は快楽を覚え、弟を男≠ニして喜んで受け入れる。
 己の唇から零れ落ちるものはみな甘く、拾い上げる弟の唇もまた、酷く甘かった。
 流れる涙の理由は、自分でも分からない。
 苦しいほどの快感からか、両親への罪悪感か……それとももっと、別の何かなのか。
 いつか時が経てば、分かる時が来るのだろうか。

 その時俺は、何を考えているんだろう。


 ◇


「引っ越すって、どういうこと?」

 部屋の入口に、表情を消した要が立っていた。他人が見れば無感情に見えるそれも、俺にはありありと怒りが見て取れた。

「誰に聞いた?」
「さっき父さんたちが話してるのが聞こえた」

 ベッドに座っていた俺は、勢いよく入ってきた要に腕を掴みあげられた。

「ねぇ、どういうつもり? 俺に内緒でどこに行こうっていうの」
「どこにもいかないよ」
「嘘ばっかり」
「うっ、」

 鈍い音を立てて躰が押し倒された。掴まれた手首に、要の爪が食い込む。

「大学は、ここから通えるはずだよね」
「要」
「なのにどうして引っ越しなんてするの」
「かなめっ、手ぇ痛い」
「それも俺に内緒で進めるなんて…黙って置いていく気だったんだ!」
「痛いって!!」

 何とか手を振り払えば、要はまた、裏切られたって顔をした。

「父さんたちに、何か言われたの…?」
「俺が自分から頼んだんだ。一人暮らしをしたいって」
「どうして!? 約束したのに! 俺たちずっと一緒だっていったでしょう!?」
「かなめ、やっ、やめろ! んぅ!!」

 下の階には両親がいる。いつもの、誰もいない家とはわけが違う。それなのに、そんな状況を気にする様子も無く要が俺に口づけた。いや…、食いついたと言った方が正しいかもしれない。

「んっ、んぅ! あっ、やだっ、やめろよ要!」

 俺の制止なんて全く聞こえてないみたいに、全てを流した要が俺の首筋に噛みついた。

「ぃだぁ!」
「痛いだけじゃないくせに。ここ、もう勃ちかけてるけど?」

 要の手が俺の欲望を暴き出す。少し強めに握られたそこが、嬉しそうに震えた。

「ひっ、」
「痛くても反応するようになっちゃった? 震えてるけど、怖いんじゃないよね。期待してるんだ?」
「あっ、」
「ここだって、もう咥えたいって言ってんじゃないの?」
「やめろって!!」

 後ろの窄まりに指を滑らしたところで、力いっぱい要の体を押し退けた。

「どうして泣くの?」

 俺の瞳からは、押しとどめることができなくなった大量の涙が溢れ出していた。

「怖いの?」
「…怖いよ」
「なにが?」
「全部だよ」

 両親にバレることも、軽蔑されることも、兄でいられなくなることも、世間の目も、

「…全部、怖いよ」
「でも、躰は俺を求めてる。そうでしょ? 分かるんだ、千尋の事なら俺、全部分かる。求めてるでしょ? もう俺無しではいられないでしょ? 俺が……欲しいでしょ?」

 イエスと言って。そう要の瞳が懇願していた。

「欲しいよ」

 要が表情を和らげる。

「けど怖いんだよ。どうしても、怖い」

 和らげたはずの表情がまた、強ばった。

「家でこんなことして、バレたらどうすんだよ。俺たち絶対、一緒にいられなくなる。それなのにどうしてお前は、こんなことすんの?」
「それは…」
「俺のことなら、なんでも分かるんだろ? じゃあ何で理解してくんねぇの。どうして俺を信じてくんねぇの? どうして離れてくと思うの。どうして…求めてるのが躰だけだって思うんだよ」
「千尋…」
「欲しいんだよお前が。お前の全てが。心が、躰が、俺が…お前を求めてんの。びっくりするくらい、頭おかしくなるくらいお前が好きなの。俺はお前の兄ちゃんだよ。ずっと兄ちゃんでいたいんだ……でも、今の関係を無かったことにもしたくない」

 ぎゅっと、要の手を握った。

「お前と離されたくない。ずっと、一緒にいたいんだよ。要と一緒にいたい。一緒にいられる場所が欲しいんだよ!!」

 要は黙って俺を抱きしめた。その後は何を言ったって嗚咽で途切れて、ちゃんとした言葉になんてならなかったけど…要はずっと、「うん、そうだね」って俺を抱きしめていてくれた。
 俺を、否定せずにいてくれたんだ。

 この日から、要は家の中で俺に触れることをやめた。



 ◇



「あっ、あ…やだ! そこ、やだって!」

 要がとんでもないところに舌を突っ込み、中を掻き混ぜる。指よりも短くて、指よりも熱いモノが浅い位置を出入りする。叫び出したくなるくらいもどかしくて、だけどそれが死ぬほど気持ち良い。

「だって久しぶりなんだもん、念入りに解さないと」
「だからって、そんなとこ…あっ、舐めなくても! あっ、あっ!」

 ちゅぷ…といやらしい音を立てて抜いた舌で、自身の唇をぺろりと舐める要は紛れもなく欲に濡れた、男だ。

「ちゃんと綺麗に洗ってくれてるから汚くないよ?」
「そういう問題じゃねぇよ」
「気持ちよかったくせに」
「ッ、」
「千尋の躰は素直で可愛いね」
「…どうせ俺は素直じゃないよ」
「俺はそこが好き」
「んっ」

 形の良い唇が俺に口付ける。手は腿の裏を滑って膝を抱え、舌よりも熱くて、太くて固いそれが期待に蠢く窄まりへと当てられた。

「はっ、ん…ぁ、あ」
「痛かったら、言ってね」
「んっ…う、あぁあっ、あ…!」

 いやらしい音を立てて要を呑み込んでいく。

「痛い? 大丈夫?」

 張り詰めたそこからだって分かる、要の余裕の無さ。それでも必死に俺を気遣ってくれる姿を見たら、どっちが兄だか分からなくなった。

「へ…き。きて、かなめ……あぅっ!!」

 ズン、と一気に奥まで突き入れられて、視界がブレたと思った時には絶頂を迎えていた。

「挿れただけでイくとか、千尋エッチすぎ。持ってかれるかと思った」
「あっ、あ…まっ、」
「ごめん、待ってあげらんない」
「ああっ! あっ、ひ、ンあっ、あっ!」

 イったばかりで敏感になってる躰を、容赦なく揺さぶられた。その度に頭の中には快感の火花が散って、俺を翻弄する。
 目の前で自分の躰に夢中になる男が愛おしかった。
 サラサラの髪を乱して、きめ細かい肌の上に汗をかいて、その綺麗な顔を紅潮させて。余裕なく必死になって腰を振る男が、愛おしかった。
 
 殆ど脅しのようなものから始まった俺たちの関係は、きっと必然。

 家族で、兄弟で、男同士で。
 問題はどこもかしこも山積みだったけど、それでも本気で弟を拒めなかったのは、きっと俺の中にも同じ欲望が眠っていたから。
 兄弟という立場を利用していたのは俺の方。兄であることに縋って、弟の我儘を仕方なく受け入れてる振りをしていた。本当は求められることが、叫び出したくなるほど嬉しかったくせに。

 両親の存在を気にして重ねる関係に、先に耐えられなくなったのは俺だった。それは罪悪感でもなんでもなくて、ただ要に自由に触れられないことが苦痛だった。
 一人暮らしをしようと思ったのも、ふたりの時間を誰にも邪魔されない空間が欲しいと思ったからだ。

 俺は要を求めてる。家族としてでも、兄弟としてでもなく、ただひとりの男として。

 自堕落なほどに抱き合って、何も気にせずただ重なっていたいと言ったら、要は兄である俺を軽蔑するだろうか。笑うだろうか。そう思うと怖くて相談できなかった。だけどその裏では確かに期待していたんだ、アイツは俺を見捨てないだろうって。
 俺が家を出ると分かって激怒した要に、安堵とともに仄暗い喜びを感じていた。
 一人暮らしをする俺の意図を読み取ってから、やたらに触れてこなくなった要に寂しさを、物足りなさを感じていた。
 身勝手で、自己中心的な、最低の兄貴。だけどそれでも、俺はお前とのどんな関係も手放す気にはなれないんだ。
 全てが、欲しいんだ。

「あっ! あっ、あぁあっ、や、かなめっ」
「千尋、声もっと出して」
「あっ、で…でもっ」
「そのための防音でしょ? 俺と、こういうことする為の部屋でしょ? 違う?」
「そうっ、そう!」
「じゃあ出して。もっと声、聞かせて」
「ぁあっ!!」

 要にしがみついて、ベッドにしがみついて、要にしがみついて。まるで性欲だけを持って生まれた獣みたいにずっと繋がることを求めて、淫らに腰を振って、ヨダレを垂らして。
 そんな無様なメスに成り下がった俺の姿を可愛い≠ニいう要に、肌はますます敏感になって、奥は歓喜の蜜をこぼす。
 時間を忘れて、気にすべき存在も忘れて、ただ繋がり続けて夜は明け、気付けば外は明るくなり始めていた。

 俺の汚れた躰に絡まる弟の腕を見たら、また、涙が出た。

「千尋、また泣いてる」

 要の指が俺の髪をすき、宥めるように肌を撫でた。
 俺を見下ろす要を、見上げる瞳は涙がいっぱい。やっぱり留まることができなくて、ポロポロと零れ落ちる。

「もう死んでもいいってくらい…幸せだって思ってさ」

 要は少しだけ目を見開いて、やがてゆっくりと笑みに変えた。

「俺も幸せ。でも、まだ死にたくないし、死なせない」

 互いの唇が優しく重なった。
 弟としてか、それとも恋人としてか、愛しい意味なんてどうでも良かった。ただこれから先もずっと、一緒にいられればそれで良かった。

 いま流れる涙は、ただ幸せである事を物語っていた。


END


2017/11/19



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