ダストボックス:後
あの二人から逃げるようにして立ち寄った本屋は、思いの外俺を癒してくれた。
買いそびれていたコミックスも見つけたし、気になる漫画も何種類か見つけて、スマホで口コミを調べていればいつの間にか時間が経っていた。
「ヤバイ、もう帰んないと」
時計は夕食の時刻を差していた。
慌てて雑誌とコミックスを購入すると、もと来た道へと戻るため俺は小走りで店を出る。
足を進めながら、アプリを使わない母親へ『もう直ぐ帰る』とメールを打ち、送信完了の文字が出たのを確認したところで俺は視線をあげた。
その視線は、先ほど俺が背を向けた踏切を捉えた。
「え……何で…?」
そこには、先ほど取り残してきた位置から少しも変わることなく、弟が、要が静かに立っていた。
「要、お前なんでここに…」
「何してたの」
先ほどとは打って変わり、同じ場所とは思えぬほどそこは静まり返っていた。
要の冷め切った視線は、俺から一度逸れると手に持っていた本屋の紙袋に移る。だがそれからも直ぐに離れると、視線は再び俺に戻って来た。
「そんな物の為に、俺を置いていったの」
「いや……そんなことより、お前は帰らずになにしてんだよ。まさかずっとここに居たの?」
学校を出た時と変わらず背負われたカバン。ダラリと下げられた要の腕。その指先は、夕暮れの冷えた空気に晒され色を失っていた。
「帰りは一緒だって言ったでしょ?」
「でもお前、中尾と帰ってたじゃねぇか。俺の事なんか居ないみたいに扱って」
「アレを連れて来たのは千尋でしょ!?」
珍しく激昂した要の頬が紅潮する。
「最近いつもアイツを連れてくる! そんなにアイツと帰りたい!? そんなに俺とふたりがイヤ!?」
「はぁ!? 何でそうなるんだよ! 中尾と楽しそうに帰ってんのはお前じゃねーか! それにっ、どう考えてもアイツはお前狙いだろ!!」
その瞬間、赤みが差していた要の顔から色も、表情も、全てが一瞬で消え去った。
「…なんだよ…あいつ………ゴミかよ…」
え? と思った時にはもう、俺は氷みたいに冷たい要の手によって腕を取られ、引きずられる様に歩かされていた。
「かっ、かなっ…ちょっ、ちょっと!」
けっ躓きながら上げる俺の非難の声に、要は返事もなく呟く。
「俺は千尋が大切にしてるものしか興味い。あの人だって、千尋の友達だと思ったから我慢してたのに…違うなら、ただのゴミだ」
「ご、ゴミって…でもお前、楽しそうに話してたじゃん」
立ち止まり、振り向いた要の瞳に息を呑む。
「千尋に夢中になられたら困るからでしょ…? ゴミにできないなら、せめて気持ちを逸らしておかないと」
「い"っ、」
掴まれた俺の腕が鈍く軋む。
「みんなみんな、俺と千尋の邪魔ばかりしたがる。父さんも母さんも千尋から離れろって煩いし…煩い…邪魔…みんな邪魔なんだよ…」
「…要?」
「もう嘘つくのも、我慢するのもやめる。千尋に置いていかれるなんて、もう二度と耐えられない。千尋以外、全部捨ててやる」
俺は要の腕の中に抱き込まれた。
「ずっと一緒に居よう。昔みたいに、全部俺と共有しよう。千尋のこと、隠すことなく教えてね。俺も全てを話すから」
だから今夜、俺の部屋に来てくれる?
そう耳元で囁やかれ思い出したのは、サイコホラーやサイコスリラーものの本で溢れた要の部屋だ。
小さい頃から俺にべったりとくっついて、俺と同じことをしたがった可愛い弟。
いつしか要は俺と適度な距離を保ちたがって、その開いた距離で俺は要の事が分からなくなった。
けど、俺は今…
「俺の全てを教えてあげるからね」
今まで以上に、可愛くて仕方ない弟を見失いつつあった。
END
千尋
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