ダストボックス:中
俺が歩く少し先を、要と中尾が楽そうに笑いながら歩いている。どうやらふたりは、最近要がハマって読んでいる海外小説を話題にして盛り上がっている様だった。
昔は俺と同じ様に少年漫画を手にしていた要。
それがいつの間にか活字ばかりが並ぶ本に変わり、その上内容はと言うとサイコホラーやサイコスリラーものばかり。
別に俺もサスペンスが読めない訳ではないが、あの切迫したヒヤヒヤさせられる感じがどうにも心臓に悪い。
また、要がよく言う『勉強になる』って言葉もいまいち理解しがたいし、そもそも俺は血を見るのが特別苦手なのだ。
気付けば一緒に漫画雑誌を覗く時間は減り、趣味を共有することが極端に少なくなった。だから、いま要が何の話をしているのか俺には分からない。
だが中尾は前回一緒に帰った際、要にその小説をお勧めされており、その本が徹夜で読んでしまうほど面白かったと盛り上がっているのだ。
つまらない。
どう考えても今ここに俺の存在は必要ないだろう。寧ろふたりは、俺が居る事を忘れているのではないだろうか。
そんな事をぼうっと考えている間に踏切を渡りそびれた俺は、遮断機を挟んだ向こう側から要に冷たい目を向けられる。
頭の中まで響く踏切音にため息を混じらせ視線を落とせば、制服のポケットの中で携帯が震えた。
『何やってんの? 鈍臭いな』
向けられた目線と同じ、冷たい声が耳を刺す。
態々そんな事を、道を挟んだ向こう側から掛けて来るなよ。
目に入れても痛くない程可愛いはずの弟が、今は無性に憎たらしい。全く可愛くない。
「俺、寄りたいとこ有るから先帰ってて」
それだけ言うと、俺は要の返事を聞く前に通話を切る。そのままふたりに背を向けて元来た道を戻れば、一度だけ叫ぶ様にして要が俺の名前を呼んだ。
でも、俺はそれに振り返らない。
俺が近寄れば、それを突き放そうと反発する要。だけどそれは、いつだって照れ隠しから来る行動なのだと知っていた。
現に登校だって、兄弟で並んで歩くのは恥ずかしいと俺を置いて出て行くクセに、「帰りくらいは同じでも良い」と耳を赤くして、そっぽを向いて言ったのは要の方だ。
「お前が言い出したクセに」
要は普段から良く話す方では無いから、ふたりで帰っていても互いに無言で歩く時は多い。でもそこには気まずさも無ければ、寂しさも無かった。
でも、今は違う。
中尾を間に挟めば、要はいつだってこんな風に俺を“無いもの”として扱うのだ。中尾もまた、それを嬉々として受け入れている。
別に、兄離れをするなとは言わない。
要が離れていってしまうのは確かに寂しいが、俺たちは男だし、兄弟だし、いつまでもくっ付いている訳にはいかないと分かっている。そろそろ要も、本格的に兄離れしようとしているのかもしれない。
けれど、だったら…。
「俺の居ないところで勝手にやってくれよ」
仲良くしたいのなら、中尾は自分で要に声をかければ良いのだ。俺を居ないものとして扱いたいのなら、要は初めから俺と帰らなければ良いのだ。
「これ以上、人の踏み台になるのはゴメンだね」
今日は水曜日。
毎週買っている漫画雑誌を、今日はいつもと違う店で買うことにして、俺はそのまま足をすすめる。
そうして角を曲がりふたりの前から後ろ姿を消すその時まで、永遠と突き刺さり続けた鋭い視線に、俺は全く気付いていなかった。
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