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ダストボックス:前



 俺、湯下千尋(ゆしたちひろ)には一つ年下の弟がいる。

 高校一年にしてあと少しで百八十を越えようとする長身と、それに見合った長い手足。
 短くもサラリと流れる黒髪は清潔感が溢れ、ふっと微笑むだけで老若男女が顔を赤らめ腰を砕かせる。
 それが俺の弟、湯下要(ゆしたかなめ)である。

 何をするにも『兄ちゃん兄ちゃん』と後ろをついて回っていた幼き頃の弟は、それはそれは天使の様に可愛くて、いっそ食べてしまいたい程だった。
 流石にこの歳になると昔の様にくっ付いて来てはくれないし、俺からくっ付けば『ウザイ』と一言添えて突き放される。だがそれでも、もっと上のランクを狙える頭脳を持ちながらも俺と同じ学校を選んだところを見ると……まだまだお兄ちゃん子が拭いきれずにいるのだろう。可愛いやつめ。

 そんな要は言わずとも俺の自慢であり、反抗的とは言えそれでも目に入れても痛くない程可愛い存在であるのだが……そんな弟の要を巡り、最近少々困り事が増えている。


「あ、湯下!」

 重い教科書を鞄に詰め込み教室を出ると、如何にも“待ってました”と言わんばかりの少年が駆け寄ってくる。

「中尾…」

 彼、中尾は俺の隣の隣の隣のクラスの少年で、一度も同じクラスになった事もなければ、体育などの授業が合同になった事もない。
 もっと言えば、つい最近二年へと学年を登った今年の春まで、俺たちは一度も話した事が無かったのだ。つまり、俺と中尾は別に仲が良いわけではない。

「なぁ、もう帰る?」
「まぁ…帰るけど」
「じゃあ途中まで一緒に帰ろうぜ!」

 そう言って中尾は、鼻歌を歌いながら俺の肩に腕を回した。
 もう一度言っておくが、俺と中尾は特に仲が良いわけではないし、友達でもない。
 廊下ですれ違っても挨拶すら交わさないし、中尾は俺に目線を向けることすらしない。まして、この様に肩に腕を回される様な関係でもなければ、途中まで帰路を共にしようなんて、誘われる仲でもない。つまり知人ですらないのだ。
 だがこうして中尾に誘われ共に帰るのは今日で三度目。

 なぜ仲良くもない俺を、中尾が廊下で待ち伏せしてまで誘うのか。
 その理由は単純明快。
 それは俺が、要の兄だからだ。

「俺、今日も弟と帰るけど」
「あっ、そうなんだ?」

 ああ、何て白々しい台詞。初めから俺が弟と帰ると知っていて、こうして近付いて来たくせに。
 そう、中尾はただ、イケメンで人気者である要に取り入りたいだけなのだ。つまり俺は、そんな要へ近付くための踏み台だ。
 今までも同じような事をする輩が何人か近付いて来たから間違いない。このパターンは“兄踏み台パターン”だ。それも全くエコでは無い、使い捨ての。

 要と仲良くなりたいと思う気持ちは分からんでもない。もしも俺が兄と言う立場でなかったら、きっと皆んなと同じように要とお近づきになりたいと思うだろう。それ程要は魅力的な人間だから。

 だがあからさまに利用されて気分が良いわけがなく、かと言って上手く中尾を遠ざける言葉も見つからず…。
 俺は憂鬱な気持ちと中尾を引き連れたまま、昇降口でひとり待っているであろう要の元へと足を向けるのだった。


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