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となりのクラスのおひめさま:菊川零二 *



「昨日、ふたりでどこにいた?」

 昇降口の前、ひとりで現れた爽志が薄らと笑みを浮かべた。

「お前が知らない、秘密基地」

 思わず眉間に皺が寄るのを見て、爽志がスっと目を細めた。

「アイツは俺のだから」
「そんなの、まだ決まってないでしょ」
「いいや、最初から決まってる」
「……今日は迎えに行ってないの」

 最近は、毎朝彼をふたりで迎えに行っていた。でもきっと今日は、時間をずらされているに違いないと思って、昇降口でふたりを待っていたのだ。でも、爽志の隣に彼はいない。

「昨日の今日だからな、恥ずかしくて来られないんだろ」
「どこまでシた?」
「さぁ? 俊平ちゃんに聞いてみれば?」

 爽志は鼻を短く鳴らすと、俺の隣を通っていった。


 ◇


「俺、菊川だけど」

 三時間目の授業を終えたところで、我慢ができなくなってカバンを手にした。足早に教室を出て行く俺を、爽志は止めなかった。
 爽志とは別の方角から懐かしい視線が向けられていたけど、そこに興味は持てなかった。

『き、菊川…!?』

 インターホンから、巻波くんの驚いた声が響く。

『なんで…、がっこう…』
「話があって来たんだ、中に入れてくれないかな」
『えっ、』
「昨日のこと。このまま外で話しても、俺は構わないけど。困るのは君なんじゃない?」

 少しの間が空いて、ちょっと待っててと弱い声で返答があったままインターホンは切れた。

「は…入ったら」

 嫌そうに、ゆっくりと玄関を開いた巻波くんが俺を招く。

「おじゃまします」

 にっこりと笑んで見せると、彼は気まずそうに顔を背けた。
 適当な英字が入ったTシャツに、学校指定の物とは違うスポーツメーカーのジャージを履いている姿は、どこか無防備で頼りない。

「ご両親は?」
「仕事」
「じゃあ今は、ひとりきり?」

 問いかけに、彼はハッとして振り返る。

「ッ、……っ、…リビング、こっち」

 何度か金魚みたいにパクパクと口を開いて、だけど結局、言葉を飲み込んだ。

「で、俺に話って…なんなの」

 リビングの真ん中に立ったまま、ソファに腰を下ろすこともなく言う。緊張しているのか、何度も喉を動かしている。

「爽志と、どこまでシたの?」
「な、なに…?」
「俺が知らない場所でふたりきり。セックス、した?」
「はっ!?」

 真っ赤な顔をして振り向いた巻波くん。ズレたTシャツの首元から、紅い痣が少しだけ顔を出した。それを確認した俺は、無意識に手を伸ばしてた。

「わっ、なっ、」
「こんなところに痕、付けるような事したんでしょ?」

 力任せにTシャツの襟元を伸ばすと現れる、白い肌に点々と散る花弁。

「こんなにたくさん、付けられちゃって」
「うわぁ!?」

 ぢゅッ。
 気付けば、一番近い位置に付いてた花弁に吸い付いていた。

「痛っ! やっ、やめろッ!!」

 ドンッ、と突き放されてタタラを踏む。
 はっ、はっ、と息を荒げて、顔を羞恥の色に染めた巻波くんが、首元を手で押さえて俺を睨みつけた。

「なにすんだよっ!」
「爽志とだってシたんだから、俺だって別にいいでしょう?」

 怒りに潤む瞳って、案外色っぽいもんだな…と、場違いなことを考えて見ていた瞳が大きく見開かれた。

「お前、なに言ってんの…?」
「なにが?」

 質問の意味が分からなくて首をかしげると、巻波くんの眉間にシワが寄る。

「榛原がやってたら、どうしてお前までやっていいことになるんだ!?」
「だって、同じことでしょ? 俺がやっても、爽志がやっても」
「はぁ!? 全然違うだろ!」
「…どこが?」

 今度こそ、彼の顔は分かりやすく歪んだ。

「どこが、って…?」
「俺と爽志は、昔からずっと一緒にいたんだ。それこそ物心つく前から、ずっとね」

 幼稚園の頃には一緒にいることが当たり前になっていて、『仲良しなんだから、どんなものでも一緒に大事に使うのよ?』という互いの両親の言葉を守り、俺たちはあらゆるものを共有してきた。
 いつしかそれは物にとどまらず、人間さえも共有するようになったけど…そこに俺たちが違和感を持つことも、相手が異議を唱えることもなかった。

「爽志のものは俺のものでもあり、俺のものは爽志のものでもある。つまりは同じってことでしょう? 陽希だってそうだった」
「違うっつの! そんなの、桜庭もお前らも他の奴らも、お互いに拘わりがなかっただけだろ!? イケメンだったらどっちでもいいとか、お前らもヤれりゃ誰でもいいとか! 誰とどうしようと、どうでも良かっただけだろ!? 俺を一緒にすんなよ!」
「…意味がわからない。もう黙ってよ」
「わっ、やっ!」

 自分よりも小柄な躰を、無理やり床に押し倒した。

「大丈夫だよ、誰とシたって気持ち良いことに変わりはないから」
「いやだっ! やめっ、ヒッ!!」

 べロリと首筋を舐めあげたら、巻波くんが悲鳴にも近い声をあげた。そのまま拒否の言葉を吐き出す唇を塞いでやれば、躰が大きく跳ね上がる。

「ンっ! んぅっ、んっ、はっ、うンっ!」

 唇を塞いだまま、躰に手を滑らせればビクビクと痙攣のように肌が震える。

「爽志とシたばっかだから、まだ敏感なのかな。あれ、でもまだ反応してないね」
「ぅあっ!」

 てっきり感じているのだと思って、巻波くんの下半身に手を滑らせ握り込む。だがそこは、驚く程沈黙を保っていた。寧ろ縮こまっているようにも思える。

「おかしいな、俺とのキス、気持ちよくなかった?」
「ひやっ! やめろっ、やだ! あっ! あっ!」

 ぐにゅぐにゅと、萎えたままのそれを揉み込んでやれば漸く、彼の口から色っぽい声が漏れ始めた……けど、

「もうそろそろ、その辺りで勘弁してやってくんねぇ? 涙で溺れ死にそうだから」

 振り向いたら、リビングの入口に爽志が立っていた。

「爽志…俺の時だけ邪魔するなんてズルイよ」
「仕方ねぇだろ、俊平ちゃんの為だもん」

 首を傾げた俺の隣まできた爽志が、しゃがみこむ。

「俊平ちゃん、大丈夫か?」

 その言葉にハッとして、今自分が押し倒していた相手を見下ろした。そうして俺は、初めて状況を理解した。
 口付けをして、奥に引っ込んだ舌を無理やり引きずり出して絡めて、甘噛みして、吸って。今までの相手が漏れ無く蕩けてきた愛撫をしたのに、反応を示さない下半身に気を取られて、気付かなかった。
 巻波くんの、恐怖に怯えた、今にも舌を噛んで死にそうな…涙と鼻水に濡れた泣き顔に。

「どけ、零二」

 言われるがままに躰をずらすと、俺の下から爽志が巻波くんを引きずり出した。そのまま、ぎゅっと抱きしめる。

「はいはい、怖かったねぇ〜」

 ひっ、ひっ、と喉を震わせ嗚咽を漏らす彼の背を、爽志が優しく撫でている。そんな彼の手が、まるで縋るよう爽志のシャツを握りしめた。

「…なんで? 昨日、散々シたんでしょ?」
「ヤってない」
「え?」
「俺も昨日は、ぶち犯してやろうと思ってたんだけど。キスだけでとろとろに蕩けて、勃たせてるから触ったら、怖い怖いって大泣きされちまって」

 爽志が、柔らかく表情を崩す。

「あんまり泣いてかわいそうだったから、そのままお預けくらってやったの」

 そう言って彼の髪を撫でる手つきは酷く優しく、甘かった。

「爽志のキスでは勃ったの? じゃあ、どうして俺じゃダメなんだろう。俺と爽志の、なにが違う?」

 少し前までなら、爽志がこうして邪魔をしにくるとはなかった。押し倒した相手だって、こんな風に泣いたりしなかったし、爽志に縋り付くなんてことしなかった。
 どうして…?
 思わず零れた言葉に、突然、耳をつんざくような声で巻波くんが叫んだ。

「ふざけんなっ、ふざけんなよ菊川っ!! なにが一緒だよ! お前と榛原は、全然違う人間だろうが! 違いすぎて、寧ろどこが一緒だっていうんだよ!」
「え…?」
「お前は俺が好きなんじゃねぇ、拘わりがないだけなんだよ! 小さい頃と同じように、榛原と同じことしてないと不安なだけだろ! 真似しかできねぇんだろ! ダセェな!!」

 気づいたら、手を振り上げていた。だけどそれは、振り下ろした瞬間に爽志に止められた。

「やめろ、零二」
「……………」
「俊平ちゃんも、これ以上は刺激してやらないで」

 俺を睨みつけていた涙あふれる瞳を、逸らした。俺じゃなくて、爽志のいうことを素直にきく彼に、また胸がツキンと痛む。

「拘わり持てよ。自分が自分である、拘わりを。じゃなきゃ、お前は一生そのままだよ、菊川」

 胸が張り裂けそうに痛んで、俺は飛び上がるように立ち上がった。床に転がっていたカバンを掴み、部屋から飛び出す。

「零二」

 玄関で靴を履いていると、後ろから声をかけられた。だけど振り向かない俺に、爽志が溜め息を吐いた。

「お前が言う通り、俺とお前は同じだった。つい、最近までは」

 漸く振り向いた俺に、爽志が目を細める。

「じゃあ、どうして変わったの、俺たち」
「俺が、俊平ちゃんに出逢ったから」
「それなら俺も、」
「お前はまだ出逢ってない。お前が、俺以外を理由に何かに拘わる、そういう自分の気持ちに」

 分かるようで、分からない。それが苦しくて仕方なかった。

「ずるいよ、爽志だけ」
「ごめんな」
「ずるいよ」

 ごめん、そう呟いた爽志に背を向けた。

「俺、まだ諦めたわけじゃないから。油断してたら、無理にでもあの子のこと奪うからね」

 爽志は、扉がゆっくりと閉まり切るその瞬間まで、何も言うことはなかった。




 天に登りきった太陽が眩しかった。目に染みるほどに。
 見上げていた空がじわりと歪む。
 何をしても満たされない気持ちを持て余しているのが、自分だけになってしまった不安と恐怖。そして、寂しさ。
 そうした感情を押し退けて、徐々に現れたのは嫉妬心。

 自分と同じ世界にいたはずの爽志が、新しい世界を見つけたことへの嫉妬。
 初めて俺たちを個々で認識した、容姿に惑わされない人間に選ばれた爽志への嫉妬。そして、爽志の心を奪っていった巻波くんへの、嫉妬。
 巻波くんは、俺じゃなくて爽志を選んだ。爽志の背中のシャツを握りしめたあの手が、爽志を選んだことを告げていた。俺からの愛撫にも、少しも心を揺らしてはいなかった。
 そうして爽志も、親友であり、まるで双子のように常にともに歩んできた俺よりも、彼を選んだ。彼らは、俺を、俺だけを選ばなかった。
 それが、悔しかった。
 
 彼の肌に散った、赤い花弁に吸い付いた時を思い出す。彼の肌の弾力と、爽志の跡を辿ることに興奮していた。今まで、あれほど興奮したことがあっただろうか。
 嫌がる相手を、無理やりにでもどうにかしてやりたいと思ったことが、あっただろうか。

「俺が何かに気付いたら、世界はまた、変わる」

 ねぇ、そうでしょう?
 頭の中で、爽志が苦虫を噛み潰した気がして…ほんの少しだけ、笑んだ。



END

2018/07/23


巻波俊平編



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