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となりのクラスのおひめさま


※微ヤンデレ


「あ、桜庭くんだ!」
「可愛い〜! ナイト様たちと一緒だ」

 俺の隣のクラスにはお姫様がいる。
 【桜庭陽希(さくらばはるき)】
 柔らかそうな栗色の髪に、長い睫毛に縁どられた大きな瞳。小柄な体を覆う肌理細かい肌は新雪の様に白く、儚げな雰囲気を増長させている。
 そんなお姫様には当然ナイトがついていて、常に側に付き従いお姫様を守っている。

 光のナイトと、闇のナイト。

 いつからか女子たちが呼び始めたそれに、言い得て妙なものだと隠れてこっそり笑ったものだ。
 ふたりのナイトに守られながら過ごすお姫様の日常は穏やかなもので、その世界に割り込める者など存在せず、その瞳は一生そうして生きていけるのだと信じて疑わない。
 彼等に守られる限り、自分の幸せは保証されていると確信しているのだ。
 でもさ、どんなお伽噺にだって必ず姫の身を脅かす存在がつきものだろう? そのお伽噺を少しでも面白く盛り上げる為の、悪の存在が…ね。



 ここ最近、学校はとても騒がしい。
 二週間ほど前から、隣のクラスのお姫様に嫌がらせが始まったからだ。
 教科書やノートへの落書き、机の中へのゴミ投入、体操服が切り裂かれたり、筆箱の中身が全て壊されていたりとそのやり口は卑劣だ。
 光のナイトはカンカンに怒り狂い、普段纏う優しげで甘ったるいオーラを凶悪に尖らせながら犯人を探していると専らの噂。だが、中々犯人が捕まらない。
 嫌がらせは続いているものの、毎日ではなくランダム。張り込もうにもお姫様の身が心配で側を離れられない為、犯人探しが難航しているのが現状らしい。

 教室の窓を見下ろせば、夕日を浴びて帰路につく三人の少年の姿があった。
 栗色の髪の少年にぴったりと寄り添い腰に手を回す、蜂蜜色の髪の少年。その少し後ろを、つかず離れずの距離で黒髪の少年が歩いている。そうして守られるようにして歩く栗色の髪の少年こそが、隣のクラスのお姫様だ。
 その背中は少しばかり元気がなさそうに見えるが、しっかりと蜂蜜色の少年に凭れかかり甘えている時点で打算的にも見える。

 吐き気がした。
 男のくせに、まるでか弱い女の様にして男に守られるあの少年に吐き気がした。
 何がお姫様だよ、気持ち悪い。アイツだって俺と同じ男だろう? それなのにどうして、男から守られることを当たり前の様に受け入れられるのだろうか。
 彼を見下ろした視線に嫌悪を強めれば、一瞬だけ黒髪の…闇のナイトがこちらを見上げた気がした。



◇ 



「みぃつけた」

 真夜中の校舎の中。
 誰も居るはずのない闇に覆われた場所で、俺はそいつに見つかった。

「な…な、なんっ」

 その人物は俺の顔にライトを当てながらゆっくりと近付いてくる。
 逃げなくてはと思うのに、気が動転しすぎて足がガクガクと震え立っていることさえもままならない。
 俺はついに腰を抜かし、地面に座り込んだ。

「へぇ、今度は下駄箱に生ゴミか」
「ひっ!?」

 生ゴミを入れたビニール袋を持つ手を捻り上げられた所で、俺は漸く自分を捕まえた人物を見上げた。べしゃりと床にビニール袋が落ちる。

「はっ、榛原!!」
「勝手に呼び捨てかぁ?」

 そう言って俺の顔を間近から覗き込んできたのは、他の誰でもない…あのお姫様のナイトの一人、闇のナイトである榛原爽志(はいばらそうし)だった。

「真夜中に学校に侵入とは、中々体張ってんじゃねぇの。なあ、巻波俊平(まきなみしゅんぺい)くん」
「なっ、なんで、名前…」
「さぁ、何ででしょう。それよりお前さ、こんなことしたら自分がどうなるか、分かっててやってんの?」

 非常灯に青白く照らされた、創りものの様な顔が薄らと笑う。
 いつもの俺だったら、きっと直ぐにでもごめんなさいと謝り倒しているに違いない。けれどこうして犯行が榛原にバレてしまえば、悪行は明るみに出たも同然。今更言い逃れなんてできるわけがない。
 何かのスイッチが入った俺の口からは、謝るどころか別の言葉が飛び出した。

「どうもこうもあるか! 俺はっ、俺は謝んねぇからな!」
「…へぇ、どうして?」
「男同士がイチャイチャしやがって、お前らこそ公害そのものだろ! アイツだって俺たちと同じモンがついた立派な男だぞ!? それを可愛いだの綺麗だのチヤホヤしやがって気持ち悪い! 幼馴染なんだって? どうせ小さい頃からそうやってお前らに守られて来たんだろ! 馬鹿にされることだって、苦労することだってなくずっとぬるま湯に浸かって、他人の力で生きてきたんだろ! そんなもん俺から言わせりゃ寄生虫だっつーの! 言っておくけど嫌がらせしてんのは俺だけじゃねえかんな! ざまあみろ! 少しは苦労してみろってんだバァァアカ!」

 言い切ったあと直ぐ、“やってしまった”と思った。全身から血の気が引く。
 息継ぎさえ忘れて綴った言葉は余りに酷く、俺は叫び終わったあと自分の死を確信した。けど、直ぐに降ってくると思われた榛原からの暴力はやってこず、目の前の男は俺の腕を掴み上げたままクツクツと肩を揺らした。

「は…榛原…?」
「俺もそう思ってるよ」
「……え?」

 暗闇の中で、まるで宝石みたいに榛原の瞳が光る。

「お前さぁ、零二が血眼になって犯人探してんの、知ってるか?」
「し…、知って…る」
「じゃあ、これがアイツにバレたら自分がヤバイって事も分かってるよな?」

 そう尋ねる榛原に俺はただブンブンと首を縦に振った。

 過去に一度、不可抗力ではあるものの一人の生徒が桜庭に怪我をさせたことがあった。その時、光のナイトである菊川零二(きくかわれいじ)は怪我をさせた生徒を待ち伏せて…。
 思い出すだけでもゾッとする。結局その子はどこか遠くへと引っ越してしまった。しかし恐ろしいのは菊川だけじゃない、いま目の前にいる榛原だって同じことなのだ。
 榛原には、妄信的にコイツを崇める過激なファンが存在する。榛原が一言声をかければ、明日にでも俺は血祭りに上がるだろう。
 今更ながら、恐ろしいリスクを背負っていたのだと気付かされる。
 暗闇の中でも分かる程顔を青ざめさせた俺を見ると、榛原がクッと口角を上げた。
 
「なぁ、俺と取引しようか」
「は…?」
「お前のこと、零二には黙っててやるよ。けど、その代わり」

 榛原は、心底愉快そうに笑った。



 ◆



 僕は勝ち組の人間だった。
 老若男女、ありとあらゆる人たちを振り向かせてしまう美貌を持った幼馴染を二人はべらせて、女子よりも可愛いと評判の容姿を武器に生きていた。
 幼馴染はそんな僕を溺愛していたし、誰よりも僕を優先してくれていた。それはこの先一生続くのだと、信じて疑いもしなかった。

 それは、突然のことだった。
 ある日いきなり始まった嫌がらせは、終わりもまた唐突に訪れる。そうして穏やかな日々が戻ったかと思うと、何故か幼馴染が僕から離れていったのだ。
 それも、ふたりとも。

「なぁ、お前みた?」
「見た見た、アレだろ?」
「「隣のクラスの“お姫様”」」

 失うはずがないと思っていたモノは突然僕の手を離れ、そして気付けばなんの変哲もない、平凡の上に更に平凡をまぶした様な垢抜けない少年の手の中に移っていた。そしてソレは、僕の手の中よりも一層美しく輝きだしたのだ。

「あの溺愛ぶりはすげぇよな。休み時間の度に隣のクラスまで行くし」
「巻波が移動教室の時なんて、態々送っていってるらしいぜ」
「あの榛原が!?」
「そう、あの榛原が」
「菊川もべったりで、巻波に絶対荷物持たせないんだとよ」
「ひぇ〜!」


『どうして!? まさか僕を捨てるつもりなの!?』

 無様に泣いて縋った僕の手を、爽くんが笑って振り払った。

『捨てる? 拾った覚えもないのに?』

 退屈だったから側に置いておいただけだと、笑いながらそう言う彼に僕は唖然とする。そうして気づけばもう、彼は僕に背を向けていた。
 そうだった。いつだって爽くんは僕から一歩離れた場所を歩いていた。何を言うでもなく、するでもなく、ただその距離だけを保って笑って見ていた。
 僕はそれを、見守ってくれているのだと思っていたのに。

『そんなのってないよ…、ひどい…酷いよ!』

 ひどいヒドイ酷い。こんなことってない。僕の事を捨てるだなんて、そんなことあって良い訳がないのに。
 いつも側に寄り添ってくれている、キラキラと眩しい僕だけのナイトに抱きついた。
 僕のことが大好きな零くんなら、きっと僕を甘く甘く慰めてくれる。もしかしたら爽くんのことも連れ戻してくれるかもしれない。僕を突き放した爽くんを叱ってくれるかもしれない。
 そう、思ったのに…。

『なんだ、そうだったの』
『え…?』

 見上げたその先の綺麗な瞳は、少しも僕を見ていなかった。それどころか、しがみついた僕の手を自身の体から外そうといている。

『れっ、零くん!?』

 必死になって外されまいと抵抗するが、僕らの力の差は歴然で。

『ごめんね陽希、俺、爽志が興味あるものにしか、興味ないんだ』

 だから、バイバイ。
 するりと腕からすり抜けた、蜂蜜色のナイト様。
 呆然と立ちすくむ僕を一度も振り返ることなく、彼もまた背を向け消えていった。決して僕が追うことのできない、その先へ。
 そうして漸く僕は気付く。
 僕の手の中には、始めから何も入ってなどいなかったのだ、と。

 悔しくて悔しくて涙が溢れた。
 けど、唇を噛み締めたってもう遅い。

 お伽噺とは、敗者には非情なほど厳しく、そして、勝者には驚く程甘くできているのだから。


END


続編




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