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愛なんていらない
リクエストテーマ『ヘイトオメガの攻めがオメガに一目惚れする話』




 うわ。思わずといったように隣で小さく呟いた声に反応し顔を上げると、ミックスバーである店の入り口が宝石箱をぶちまけたようになっていた。
 いちにいさん……全部で五人。騒いで入ってきた訳でもないのに、全員の見目があまりに整いすぎていて存在だけで十分煩い。ひとり残らず間違いなくアルファだろう。
 まだ四日前に入ったばかりのジョウは、新人らしくいち早く接客に動こうとした。しかしそれは、隣に立つ先輩のハヤテの腕によって止められた。先ほど隣で声を漏らしたのもハヤテだ。

「ユーマ、ごめん頼める?」

 ハヤテは厨房の奥を覗き込む。カチンとコンロの火を切る音がしてからすぐ、奥から濡れた手を拭いながら急いで出てきたのはベータの青年、ユーマ。
 そのまま宝石の集まりに近づいていった。

「いらっしゃいませ」
「いつものところ空いてる?」
「すぐにご用意いたします」
「よろしく〜」

 営業時間の中で一番の混雑時間に予約もなしに五人でやってきた彼らは、当たり前のように埋まっていたはずのボックス席を開けさせ我が物顔で陣取った。

「アレ、なんすか?」
「そっか、ジョウくんは見るの初めてだよね」
「アルファですよね」

 彼らのジェンダーなど見ただけで分かる。いや、本能で分かる……と言った方が正しいかもしれない。

「うん、それに全員とんでもないお金持ち。その上僕らが、絶対に近づいちゃいけないアルファだ」

 それだけで、ジョウに対する彼らの説明は十分事足りた。

 この世の中のジェンダーには男女性の他に、アルファ、ベータ、オメガの性がある。過去には男女の性の方を第一の性と捉えていた時代もあったようだが、今や男女の違いなど些細な違いだ。
 最も重要なのはアルファやオメガ、ベータを分けるバース性。その性の中でも一際優秀で容姿に優れた者の多いアルファを配偶者に持つことは、人生において全ての幸せを手に入れたに等しかった。それ故に、アルファを誘惑できるフェロモンを持つオメガは周りから疎まれやすかった。
 しかしアルファもオメガと同様に、フェロモンによってオメガを誘惑できる。そしてアルファとオメガのカップルは『番』などと呼ばれ、どの性よりも絆が深く強いと思われている。
 オメガはアルファの運命であり支えであり癒しであり、護られるべき存在。その思想のもとにオメガを大切にするアルファが大多数であるが、しかし中には真逆の考えを持ちオメガを毛嫌いする者たちも存在した。所謂、ヘイトオメガと呼ばれるアルファたちだ。

『アルファから甘い汁を吸うしか脳のない醜い寄生虫』

 強くそう思っているアルファに近づくことほど危険なことはない。冗談ではなく、過去には本当に酷い目にあわされ殺されてしまった悲惨なオメガも存在する。
 
「……こっちだって一緒だっつぅの」
「え?」
「いえ、なんでもないです」

 ユーマにドリンクを注文する彼らを一瞥し目を逸らそうとしたその時、チリ、と焼け付くような視線と交わった。
 思わずもう一度目を戻すがそれはもうこちらに向けられていない。だがその視線の持ち主は直ぐに分かった。
 宝石箱の中に混ざる静かな、しかし異様に目立つ黒い石。周りの派手な石たちが、まるでそんな彼の引き立て役にされてしまっているような不思議な光景だった。
 一見中性的な容姿を持つその男は、長すぎてやり場に困る足を適当に組んで、騒ぐ周りと違いひとり黙って退屈そうに宙を仰いでいる。

「変な男……」

 注文を取り戻ってきたユーマが黙ってドリンクを作り始めた。
 ヘイトオメガの彼らは、オメガが作ったドリンクなど飲めないらしい。




 ───パリン

 何かが割れる音に、頭の中から存在が消えていたボックス席に目を向ける。そこには、頭から酒をかぶり項垂れて床に座り込む青年の姿があった。周りには割れた硝子が散らばっている。華奢な体つきやその容姿から彼がオメガだと分かった。

「なに……」
「ダメだよ、近づいちゃ」
「いや、でも」
「今は店長も他のアルファもいない。ジョウくんでもダメ、番持ちだからって彼らには関係ないんだから危険だよ」

 ハヤテはジョウの首に着けられたベルトに視線をやった。黒い皮に、シルバーのタグがついている。タグつきは番持ちの証だ。

「かわいそうだけど、あの子は危険だって分かってて自分から近づいた。よくいるんだ、自分ならイケるって勘違いする子。自業自得だよ」
「だからって放っておくんですか。一応ここ、店の中っすよ」
「……上位のアルファに逆らったら酷い目にあう。ここだってクビ間違いなしだよ。ジョウくんだってまた、クビになりたくないでしょ?」

 この店に来る前も、ジョウは横柄な態度のアルファに逆らったことで店をクビになっていた。
 奥の席から大きな笑い声が聞こえ振り向けば、今度はタバコの吸い殻を頭からかけられ、更に何かをする様に指示されている。

「先輩、」
「………」

 視線を外せぬままハヤテを呼ぶが反応はない。ゴクリと唾を呑んだその手は微かに震えているようだった。
 ただでさえアルファとオメガの間には力の差がある。その上相手はヘイトオメガを高らかに掲げるアルファで、おまけにアルファの中でもカースト上位であろう男たちだ、ハヤテが動けないのも分かる。ベータであるユーマですら、彼らのマウントフェロモンに動けずにいた。
 そのまま彼らを見ていると、床に座り込んでいた青年がついに犬のように四つん這いになって、床を舐め始めた。また下卑た笑い声が上がる。

「あ、ジョウくん!」

 見て見ぬふりはもう無理だった。早足でケラケラと笑うアルファ達のもとに向かう。突然現れたジョウの姿を、アルファ達が怪訝そうな顔で見上げた。

「あ?」
「あんたらオメガが嫌いなんだろ。気が合うな、俺もアルファが大嫌いだよ」
「はあ? なんだおま……」

 男がなにかを言い切るその前に、ジョウはテーブルの上に置かれていたピッチャーの中の氷を全て、先頭きってオメガをいびっていたアルファに頭からかけてやった。

「ぅあ!?」
「何すんだよこの野郎ッ!!」

 五人中四人がすっくと立ち上がる。さすがアルファというべきか、オメガの中では長身であるジョウよりも全員背が高く、こうして囲まれると威圧感がある。
 睨みつける目は外さずとも思わず一歩後ずさったその足元で、びしょ濡れのオメガが息を呑んだ。遠巻きに見ていた客たちも大きく騒つく。それでも間に入り助けようとする者は誰もいなかった。世の中、そんなものなのだ。
 すぐに間合いを詰められ胸ぐらを掴み上げられた。ぐっ、と息が詰まるがそれでも睨む目は外さなかった。

「舐めた真似しやがって!」
「どう落とし前つけるわけ?」
「なんだコイツ、この見た目でオメガかよ。しかもタグ付きじゃん」
「キモっ、寄生虫の極みかよ」
「調子こいたオメガとか躾甲斐があるな」

 俺らに楯突くとどうなるか教えてやるよ。そう言って胸ぐらの手に力が入り、ジョウの足がついに床から離れかけた。

「やめろ」

 静かに落とされた声。たったその一言で、今まで騒いでいたアルファたちがピタリと止まる。声の主は、あの異色の黒い宝石のアルファだった。
 中性的だが男の色気が滲み、低い声にも人を惑わす甘さが多分に含まれている魅惑の声はまるで魔法のよう。その容姿は近くで見ると、益々周りのアルファとの差が浮き彫りになる。

「帰る」

 そう言ってソファから立ち上がったその男は、ジョウよりも頭ひとつ分背が高かった。

「え、ちょ」
「待ってミトくん」

 さっさとボックス席を離れようとするミトと呼ばれたその男に、騒いでいたアルファたちは戸惑いながらも道をあける。
 ジョウの胸ぐらを掴んで息を巻いていた男も、既に頭の中はミトのことでいっぱいなのだろう。拍子抜けするほど簡単にシャツから手を離すと、目の前のジョウのことなどもう忘れたように慌てて荷物を手に取りミトの後を追おうとした。
 そうして去ろうとするアルファたちを目で追うと、ジョウの隣を通り過ぎるその瞬間少しだけミトが足を止めた。
 一秒か二秒、ほんの僅かな時間ふたつの黒曜石がジョウを見据え、やがて芸術品のように美しい形をした唇がほんの僅かに口角を上げた。

「──、─────?」

 ジョウにだけ聴こえるように、そっと耳元で落とされた言葉。苦味と甘さと重さを含んだようなその声と、ほんの少しだけ耳朶に触れたミトの唇に全身に電流が駆け抜けた。

「ッ、なっ!?」

 触れた感触の残る耳を慌てて手で抑え、恐れ慄き顔を見上げたジョウにミトはふっと風のような笑みを浮かべ、そのまま何事もなかったかのように去っていく。ふわり、花の蜜のような香りが舞う。
 そんな彼の後を追いバタバタと去っていくアルファたちと、スレンダーだが広い背中の消えた方向から……ジョウは暫く目を離すことができなかった。
 全身が震えて止まらない。

「ど、どうして……」


 ─────キミ、ほんとに番持ち?


 どうして、アンタに分かるんだ。



 当然ではあるが、その日ジョウは店長や他の店員たちにこってり叱られた。相手が力のあるアルファたちだったこともあり、下手したら他の店員たちや店自体をも危険に晒したかもしれなかったから。
 ジョウ自身危うくクビになるところだったが、助けたオメガや先輩のハヤテとユーマによる擁護でなんとか首の皮一枚繋がった。
 念のため暫くの間は報復に用心しながらの営業となってしまい、抑えられなかった正義感を少しだけ後悔した。
 店全体の恐々とした営業も、しかし平和に一ヶ月二ヶ月と過ぎれば流石にみんなの気持ちも緩んでくる。あの日のことは今後の教訓にするとして、漸く慣れた職場にジョウも自身の頬をパチンと叩いてやる気を入れた。


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