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蔑まれても、キミの中で。:前***


キーワード:『幼馴染み』『蔑まれてもいい』



 洗顔を終えて顔を上げれば、平凡な男がこちらをジッと見つめている。どこをどうとっても平凡でしかないその見慣れ過ぎた顔に、無意識に溜め息が漏れた。
 身長こそなんとか父親と同じ百七十台前半に乗り上げ、胸をなでおろしたものだが……顔だけはどうにもならなかった。雰囲気イケメンとやらにも程遠い。

「ケン、まだかかりそう?」

 鏡越しに後ろを伺えば、洗面所の入口にはまるでオセロの駒のように、自分とは真逆の存在がもたれ掛かって立っていた。
 俺よりも、頭ひとつ高い身長に、長い手足。
 僅かに届いた朝日に当たる肌は青白く、色素の薄い髪がその上を柔らかく流れる。こちらを見つめる瞳は、まるでスモーキークォーツを嵌め込んだように美しく光り、俺は吸い込まれそうな感覚に襲われた。
 寝起きだというのに、その姿には全く隙が見つからない。むしろ今からどこを整えるのかと不思議に思うほど、すでに彼の姿は完璧に仕上がっていた。

「ああっ! ごめんごめん、すぐ退くよ」
「ん、ありがと」

 慌てて退いて青年の横を通り過ぎようとすると、俺の肩にそっと手が触れた。

「ケン、パンだけ焼いておいて」
「っ、あ……ああ、わかった」

 振り向いた拍子に思わず吸い込んでしまった彼の匂い。石鹸の匂いの中にほのかに混じる体臭に、ぞくっと背筋が痺れた。


 俺、今瀬憲次郎(いませけんじろう)は現在、同い年である高梨城(たかなしじょう)と同居をしている。
 母親同士が高校からの親友であり互いの自宅も近いことから、俺と城は幼稚園からの付き合いで、所謂幼馴染というやつだ。
 幼いころから見目麗しかった城は、あまり社交的でないにもかかわらずみんなの人気者で、常に人に囲まれている存在だった。誰もが城の親友になりたくて、恋人になりたくて、必死に自分磨きに勤しんでいた。そんな中、幼馴染というものは随分とズルい存在だったと思う。
 ただ親同士が仲がいいというだけで、当人同士の相性などはあまり関係ない。ハッキリ言ってしまえば大して仲良くもないのに、休日には一緒にバーベキューをしたり、時には旅行に行ったり。
 挙句、同じ大学に通うことが決まれば「アンタたち、家賃浮かせるためにも一緒に住みなさい!」という母親の言葉一つで、誰もがお近づきになりたいと願う城と同居できる権利までもぎ取ってしまった。
 当然、城の取り巻きからのやっかみはあった。嫌味を言われるその度に、好きで幼馴染になったわけではない、親が勝手にそうしたのだと生意気な主張を繰り返してきた。だが実際は、俺を妬む奴らと一ミリも違いなどなかった。
 俺は、城に惚れている。まるで女の子が男の子を好きになる、ソレと同じように……。



「もはやストーカーに近いよな」

 キャンパス内のベンチで、ひとりぼんやりと空を眺めながら呟いた。まだ木陰だと少し肌寒く、自身で腕を擦る。
 同じ高校や大学に進むことになったのは、決して偶然ではない。自分の母親を利用して情報収集し、出来の良い城に並べずともついていけるよう必死で勉強した。
 お陰で遊ぶ暇どころか友達を作る余裕もなく、イジメを受けることはなかったものの……中高ともに存在自体を認識されていない学生時代となった。だが、そのお陰で同居の権利を獲得したのだと思えばお釣りがくるかもしれない。

「あ、今瀬! いたいた〜」

 突然かけられた声に驚き振り向けば、そこには白い歯を見せニカっと笑う松原の姿が。
 俺と同じような平凡な見た目のくせに、社交的なだけでこうも印象が変わるのか。

「なんだ、松原か」
「なんだとはなんだ、このやろぉ〜」

 松原とは同じ文学部で、この大学で知り合った。癪だが、俺の人生初の友達かもしれない。
 城とは同じ大学に通えたものの、俺の頭では同じ学部は無理だった。それでも、高校も大学も本来行けるはずのレベルを落し、見学した時の雰囲気だけで決めてくれた城のおかげで、なんとか追いかけることだけはできたんだけど……。

「スリーパーホーーーーーールド!」
「うげっ! うぐぅぅうっ、やめ……ろっ、落ち……るっ、て! お前またっ、WWEでも……観たんだろ!」
「正解〜!」

 俺の首にプロレス技をかけてくる松原は、また人好きのする笑顔を見せながらその腕の力を抜いた。

「うげほっ、おぇ、おま……大学内で気絶したら責任取ってくれんだろうな!?」
「その時はちゃんと甲斐甲斐しくお世話しますよぉ〜、てそうじゃなくて」

 松原が俺の隣に腰を下ろす。

「なぁなぁ、法学部のクールビューティキャッスルってさ、確か今瀬の幼馴染だったよな?」
「何そのダサい呼び方……城のことか?」
「そうそう、高梨城くん! さっき聞いたんだけどさ、あの噂ってマジなの?」
「あの噂……?」
「なんだ、お前知らないの」

 ニタァ〜と笑みを浮かべる松原に、嫌な予感で鼓動が早まる。

「なんだよ、なんなの?」
「法学部二年のリアルディ◯ニープリンセス・クールビューティーお姫さま、知ってる?」
「なんで2回もお姫様入ってんだよ、お前ほんとに言語科か? 語彙力ヤバいだろ………知ってるよ、すげぇ綺麗な人だろ。何度か見たことある」

 松原にクールビューティお姫様と呼ばれるその人のことは、数か月前。大学に入学してすぐに、嫌でも知ることになった。大学内で歩いているだけで様になるのは、俺が知る限り……城と、彼だけだと思う。
 艶々した痛みを知らない黒髪、零れ落ちるかと思うほどに大きな瞳、肌に影を落とす長いまつ毛。同じ綺麗≠ナも城とは全くタイプの違う、身長は俺と同じくらいだが線の細い……どこか消えてしまいそうな儚さを持つ男(ひと)だった。
 彼は城の存在に気付くと、いつもべったりとその隣に並ぶのだ。あたかもそれが、当然の権利かの様に。

「名前まで可愛いと評判の、柚希(ゆずき)先輩な。昨日なんか目が合っちゃって、ふわぁ〜て微笑まれちゃった!」
「それが、なんなんだよ」
「いや、その柚希先輩と高梨城くんが付き合ってるって」
「えっ!?」
「前から柚希先輩が高梨君狙いなのは噂になってたけど、最近やたら一緒にいるからさ……って、あ、ほら!」

 松原が無遠慮に指をさす。つられてそちらを見れば……、

「あ……」

 友人というにはあまりに距離の近い噂のふたりが、仲睦まじく、笑い合いながら歩いていた。



 その後に受けた講義は散々だった。
 先ほどのふたりの姿を見てからというもの、頭の中が真っ白になって何も耳に入って来ず……こんな時ばかり目ざとく俺の存在を認識した、意地の悪い教授にイビリ倒された。
 友人のいない俺には助けてくれる者など当然おらず、松原はというと隣に座っていたにも関わらず、ずっと涙を流して笑っているだけだった。
 くたくたになって帰路につくが、どうにも足取りは重かった。城の顔を見て、いつものように当たり障りのない幼馴染の顔を作れるだろうか。

 利便性のいい場所に借りたものだから、無駄にコンビニに寄ったり、近くの本屋を覗いたりしてみても、あっという間にマンションへ辿り着いてしまった。
 翳したカードキーが無情に鳴り、開錠を教えてくれる。玄関には見慣れたスニーカーが置かれており、すでに城が帰宅していると分かった。

「ただいま……」

 ぼそりと呟いた俺の声に、ソファの上でテレビを見ていた城がこちらを振り向いた。

「お帰り、遅かったね」
「あ〜、本屋に寄ってたから……かな」

 城は何も言わず、黙って俺を見つめたままだ。

「えー…と、」
「飯食う前にシャワー浴びる?」
「あ、うん、そうする」
「その間に用意しておくから、入ってきて」

 食事の用意は城の役割だ。鈍臭い俺にかわって、大体の家事をこなしてくれる。俺はと言えば、たまに溜めて入る風呂のお湯張りだったり、ゴミ捨てだったり。誰でも出来そうなことばかりをやらせてもらっている。
 あまり役に立たない幼馴染の存在など、正直邪魔でしかないだろうと思うと胸が痛い。柚希先輩と城の関係性も悩ましければ、役立たずすぎて合わせる顔もなく……サッと済ませるはずだったシャワータイムも、ついつい長引いてしまった。


「あ……あれ、」

 風呂から上がると、ソファの上で城が居眠りしていた。
 食事の用意はすでに済んでしまったようで、長風呂になってしまった俺を待っている間に眠ってしまったのだろう。
 文学部が暇というわけではないが、法学部の課題の難しさはレベルが違うのだろう。出来の良い城であっても、深夜遅くまで机に向かっている姿を何度も見た。それでも朝夕の食事作りを怠ったことはないし、洗濯も基本城がやってくれている。
 何も考えずに使っては洗濯機に放り込んだシャツには、いつも綺麗にアイロンがかけられている。

「世間じゃ、城みたいなのをスパダリ……って言うんだろうな」

 城が眠っているソファに近づき、その寝顔を見る。
 色素の薄い髪と、同じ色をしたまつ毛。宝石のような瞳は今隠されてしまっているが、その方が安心して見つめていられる。城のことは好きだったが、あの瞳に見つめられるのは少し苦手だった。
 全てを見透かされるような怖さと、どうしてか縛り付けられるような、そんな息苦しさを感じるのだ。

「綺麗な肌……」

 蛍光灯の光さえも弾きキラキラと光る、きめ細かい肌はまるで作り物の様に美しい。確かに、こんなにも出来の良い人間の横には、同じように出来の良い人間が並ぶのが相応しいのだろう。決して俺のような平凡な人間ではなく、誰もが綺麗だと褒め称える、あの人のような……。
 分かっている、分かっているのだ。幼馴染だなんてズルくて脆い関係は、あっという間に崩れ去る。恋人なんてできたら、同居も解消されてしまうだろう。
 子供のころはまだ親の力を使えたけれど、それももう無理だ。大人になってしまえば、いつかふと思い出す程度の関係になりさがり、やがて思い出すことすら無くなるかもしれない。

「いっかい……だけ……」

 たった一度でいい。心の底から惚れた相手に、触れてみたい。それは酷く卑怯で、相手の意思や尊厳を傷つける行為になる。バレたら、きっと嫌われるだけではすまない。二度と近づくなと、視界に入るなと、完全に城の住む世界から追い出されるだろう。
 ……だけど、それでも、それでもいいから。どうせいつか忘れ去られてしまう存在なら……蔑まれたっていいから。
 目の前にある、城の形のいい唇に目が吸い寄せられる。心も体も、己の誘惑に勝てそうになかった。
 ほんの、ほんの一瞬だけ。俺は城の唇に、自身のソレをそっと触れさせた。

「何してるの?」
「ッ!?」

 隠されていたはずのスモーキークォーツが、ギラギラと光りながら俺を射抜く。心臓が破裂しそうなほど跳ね上がった。

「いま、俺になにしたの」
「っ、ぃや……あのっ、」
「なに?」
「その、だから……ほ、ほら、なんか……ちょっと男同士ってどんなもんかな〜って、気になって……?」

 城の、未だ嘗て見たことのない冷たい視線が突き刺さる。

「何それ、ケンは男同士に興味があるわけ? ……いつから?」
「えっ、いつ!? いや、えっと……今日、城と柚希先輩が付き合ってるって……聞いて……」

 普段、あまり表情の変わらない城の眉間に、深いシワが刻まれた。

「それで、男同士ってどうなんだろうって? 男と付き合ってるであろう、手近な俺で練習でもしてみようって?」
「れ……?」

 練習? そんなわけない。いつだって、城が相手なら俺にとっては本番なのだ。でもそんなこと、言えるはずがなかった。
 毎朝一緒に大学に通おうとも、ほとんど会話はない。一緒に暮らしていたって、それぞれの部屋で過ごすことが多い俺たちの関係は、仲がいいとは決していえないただの他人。まさかお前のことが昔から好きだったなんて言ってみろ、目の前にある綺麗な顔は、きっとみるみるうちに歪んでいくだろう。
 幼馴染みだなんて都合のいい関係に甘んじて、努力を怠った報いがいま目の前に突きつけられていた。

「そ、そうだよ……れ、練習だよ。でもさ、城だって男を相手にするの、初めてなんだろ? 初めてだよな!? だったら、練習……必要なんじゃない?」

 滅茶苦茶な言い分だ、言い訳するにしたって酷い。恋人持ちに、他人で練習しろなんて最低な提案だ。
 これではどのみち、俺は城に切り捨てられる。案の定、城の目がスゥっと細められた。これは、城が本気で怒った時の合図だった。
 やっぱりダメか、そりゃそうだよな、先輩みたいな綺麗な人ならともかく、その辺に転がっている石ころみたいな奴に言われたって。練習にしたって酷すぎるし、そもそも練習になんてなりゃしな……

「へぇ……ケンは、興味だけで俺の練習に付き合ってくれるんだ」
「え?」

 長く綺麗な城の指が、俺の顎を持ち上げる。

「確かに練習は必要かもしれないなぁ。男と女の体じゃ、つくりも違えば感じる場所も違うからね」
「え、え……」
「じゃあありがたく、練習させてもらおうかな」
「え……じょ、じょうッ!」

 名前を呼べたかどうか、定かじゃない。その時にはもう、俺の口は城のそれに喰われるように奪われていた。




「あっ、あぁ! やっ、ひやっ、あぁ!」

 執拗に全身に触れられ、舐められた。まだシャワーを浴びた後だったから良かったものの、とんでもないところにも舌を這わされた。
 弄られ過ぎた胸の飾りは二つとも真っ赤に腫れあがり、触れられてない今でもジンジンと痛む。

「じょ、城! もっ、やめっ!」
「ケン、良いところを教えて? 男の体って初めてだから、教えてくれないと分からないんだよ」
「そこっ、そこ! もっ、やだぁぁ!」
「良いの? 悪いの?」
「イイっ、イイからぁ! もっ、やめてくれっ、あっ! なんでぇえ!?」

 良いところを教えれば、そこでやめてくれると思ったのに。床の上で押さえつけられ、交尾する獣のように尻だけを上げた状態の俺の穴に、指を突き立て、中を激しくかき混ぜる。
 時折触れる妙な箇所≠ノ頭がおかしくなりそうだった。

「あうぅぅ、ううっ、うぅぅぅ」

 頭の中に火花が散るような激しい快楽に、経験値が皆無な俺は、体どころか心すら全然追いつかない。未知なる領域に強引に連れていかれ、ついに子供のように泣きじゃくった。

「ひぃぃ、ひっ、あぅぅ、うっ、うあぁぁうっ」
「ケン」
「ひっ、ひ……ごめ……ごめ、なさ……ひっ、謝るっから」

 俺が、ただ一度でいいからと勝手にキスなんてしたから。自身に不釣り合いな欲望を、抱いたりしたから。だから城は、こんなにも怒って……。
 涙を溢れさせ、鼻水をすすり、醜く泣き崩れる俺に城が深い溜め息を吐いた。

「ケン……分かったから、もう泣かないで」

 城は黒くて硬い、あの人とは似ても似つかない俺の短い髪を、何度も何度も優しく撫でる。その触れ方があまりに優しくて……俺の瞳からは次々と涙が溢れた。

「ごめっ、ごめ……じょ、じょう……」
「ちょっと焦らしすぎたかな? もうちゃんとあげるから」
「じょ……? ヒっ!?」

 城が、中から一気に指を引き抜いた。俺の躰を引っくり返し、替わりに別の熱を入り口へと当てる。

「や……やっ、やめ……」

 向き合い見上げた城の顔。瑞々しく色をつけた唇が、不敵な笑みを浮かべる。

「やっ、やっ! あぁあッ、あぁぁああぁあっ!!」

 城は笑いながら、俺の中へと剛直を突きたてた。


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