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夜明けの光

 夜が明ける。

 そう肌で感じた時間に目を覚まし起き上がる。
 私の今の仕事は、夜明けとともに森の中を見回り、自分と、そして共に暮らす妻のために食料を調達することである。
 以前とは違う地形の森ではあるが、一年と数ヶ月過ぎれば流石に慣れた。
 ここはあの森と同じように自然が豊かであり、動物たちも生き生きとしていて心地がいい大変住みやすい森であった。
 ただ一つ残念なのは、あれ程妻が…篤史が好物だと言って食べていた木の実が成らぬ事だけだろうか。


「篤史、起きられるか?」
「あぁ…今日は昨日よりも気分が良い」

 そう言いながらも顔色の悪い篤史の背に腕を回し、助けてやりながら体を起こさせる。

「今日はよく熟した実が沢山あったぞ。リス共と取り合いじゃった」
「それで、勝ってきたのか?」
「フン、当たり前じゃろう。あんなチビには負けん!」

 私がそう言えば篤史が可笑しそうに笑う。
 だが矢張り、その顔色は優れなかった。

「篤史、矢張りまだ気分が優れんか…」

 そう問えば篤史は眉を下げる。
 最近の篤史は殆んど食べ物を受け付けなくなっていた。
 どんなに好物を持ってきてやっても、その匂いだけで吐き気を催すこともあり中々栄養を取らせることが出来ないのだ。
 だが、決して悪い病にかかったなどと…そう言う話ではない。そう、これは…

「世の中の女の人は、こんな大変な思いをして子供を産んでるんだな。まったく、恐れ入るよ…うっ、ぐ…」
「おお、大丈夫かっ!?」

 そう、悪阻のせいなのである。



 宣言通り、私と篤史は夫婦となったその日から激しくカラダを交わらせてきた。それも、毎日である。
 篤史にも言った様に、神と人間の間で子を成す為には休みなく一年間肌を重ね合わせなければならない。常にその人間の体内に神の体液を注ぎ続ける必要があるのだ。つまり私と篤史の営みは成功したわけである…が、決して私は子を成す為の儀式として篤史を抱いた訳ではなかった。

 いや、勿論それも使命であるのだから頭に無かった訳では無いのだが…。

 思っていた以上に、私は篤史を愛おしく思っていたようだ。
 その肌に、その体内に入った事で私は可笑しくなってしまった。どれほど篤史を抱いても、抱いても抱いても足りない…その内抱き潰してしまうのではないかと恐怖を抱くほどに篤史が愛おしく、その重すぎる愛を永遠と注ぎ続けた。

 結果、篤史は見事妊娠したのだ。笑い話である。

「あまり無理はするでないぞ? 食べられんようなら、また私が生気を注いでやるからの」
「ああ、遠くまで行って取ってきてくれたのに…悪いな」
「構わん、そんな事よりお前の方が大切じゃ」

 それを聞いた篤史が顔を真っ赤に染めた。
 一年という長い年月、毎晩毎晩肌を重ね合わせてきたというのにこの篤史と言う少年は未だ初心な面を見せてくれる。それがまた私のどうしようもない欲を掻き立てるのだから堪ったものでは無い。特に今はその思いを思い切りぶつけられないのだから、私にとっては拷問に近いものがあった。思わず溜め息が漏れる。

「なに、どうした? 何かあったか?」

 あの森で私が死にかけた件以降、少々篤史は心配性になったのかもしれない。私の感情や安全面に酷く過敏に反応するようになっていた。
 こんな色欲による溜め息でまで心配をかけてしまうのだから、私も罪なものよの。

「いいや、何もない」
「本当か? 何も変化は無かったか?」
「ああ平気じゃ、何も変化はないぞ。それより篤史、寂しい思いはしとりゃせんか?」

 慰めるようにして優しく髪を梳いてやる。一年前よりも大分伸びた黒髪は、あの頃には無かった色気を際立たせていた。
 篤史は私の手にそっと頭を傾け優しく微笑む。

「平気だ。アンタがいつも居てくれるから」

 半年ほど前、山は道を閉ざしてしまった。
 隣山の時と同じように、神の住む場所は人から隠さねばならない。つまり、この場へは篤史の友人であるあの兄弟たちを含めた人間は立ち入ることが許されないのだ。
 篤史は許された時間を使いあの二人に別れを告げたはずだ。だが、だからと言って割り切れぬのが人間の想いと言うものである。
 元々大勢と共に暮らしていたのだ、私と二人きりではさぞ寂しかろう…そう思って問うたが、篤史は私にそっと寄り添った。

「寂しくないと言えば嘘になる。でも、それは俺が選んだ道だ。俺はアンタとここで二人で暮らすことを選んだんだ。そこに後悔は微塵も無い」
「篤史…」
「それに、もう直ぐ俺たち二人じゃ無くなるしな?」

 ニッと笑った篤史は自身の腹をさすった。
 その少しだけ膨らみ始めた腹には新たしい命が、私と篤史の宝が眠っている。

「名前をな、決めたんだ」
「ほぉ、あれ程悩んでおったのに漸く決めたか」
「うるせぇな、普通悩むだろ!」
「で、どんな名にしたんじゃ? 明彦か?」
「殺すぞ!!」
「わぁああ! 洒落じゃ! ちょっとした洒落じゃろ!」

 篤史は適当に私を殴ったあと、腹を撫でながら少しだけ恥ずかしそうに私を見て呟いた。

「た…たすく」
「たすく」

 篤史がその辺に落ちていた棒きれで地面に書いた漢字は『佑』と言う字だった。

「この字には、『神の助け』って意味があるんだ」
「……神の…」
「俺はアンタに救われた。命もだけど、それだけじゃなくて…俺はアンタに“俺そのもの”を救って貰ったんだ。救われて、愛されて、……そうして尊い命を授かった。だからこの子には、その名が相応しいんじゃないかって、思っぶふぅう!?」

 思わず抱きしめていた。

「良い名前じゃ。私も気に入った」
「ほ、本当か?」
「ああ、篤史が嫁に来てくれたこと、私は神に感謝する」
「アンタ神だろうがよ」
「恋愛成就はまた別じゃからな」
「あっそ!」

 笑いながら篤史が私の背に腕を回した。
 ああ、何て狂おしい程に愛おしい存在だろうか。

「早くその子を産んでくれ」
「ああ、元気な子をな」
「そして早く抱かせてくれ。爆発しそうじゃ」
「………」

 結果その後、なけなしの力を振り絞った篤史に殴られる事になるが……今日も今日とて、蛇神の森は平和である。


END


番外編2




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