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 差し出された手に眩暈がした。

 それは俺が掴んで良い手では無いと分かっているから戸惑って、チラリと伺った先輩の顔に驚く。
 困ったように下げた眉、ゆらゆらと所在無さげに揺れる瞳。
 まるで迷子になった子供の様な先輩を見たら、俺はその手を取るしか無くなった。

 まだ先ほど起こしたばかりの癇癪が恥ずかしくてなかなか先輩を直視出来ないけど、兎に角ここに居ても埒が明かないのは確かだ。
 歩の切れた口端が凄く気になるけど、それはまた夜にでも話を聞くことにして、俺は先輩に手を引かれて風紀室を後にした。


 再び戻って来た生徒会室に唖然とする。

「何スか…これ…」

 粉々になった花瓶。床へバラバラに散らばった文房具に書類。飾ってあったはずのぬいぐるみまで転がっていて、まるで部屋の中に嵐が起きた様だ。

「何言ってんの、旬がやったんじゃない」

 俺は思わずムッとして、先輩に言い返そうとした。けど…

「っ、」

 先輩が、笑ってた。

「酷い有様。ホントびっくりした。旬が怒るところ、初めて見た」
「だって…それは先輩が……」
「うん、ごめん。旬がそんな事する子じゃ無いって知ってたのに、俺がどうかしてた」

 むぅっと唇を突き出して子供みたいにふくれた俺の頭を、先輩が優しく撫でる。
 先輩が怒った原因はもっと別だと歩は言っていたけど、やっぱり俺がサボったと思って怒っていたんだな。寮に戻ったら歩を怒ってやらないと。
 気持ちのいい先輩の手にうっとりしながらそんな事を考えていると、するりと手が首筋に落ちて来た。

「ひゃっ!?」

 思いのほか敏感な首筋に肩がびくりと跳ねる。けれど先輩はそれを気にもせず、一点を集中して指で撫でてくる。

「せっ、先輩! ちょっ」
「これ、相手は誰なの」
「へ!?」

 今日散々指摘されてきたから、そこに何が有るかは十分わかってる。有る意味それのせいで話が拗れた様なものなのだから、今さらそれを掘り返す先輩に疑問が湧いた。
 けど、また何か下手な事を言って問題が大きくなるのも怖い。

「ぁ、歩ですけど」

 くすぐったさに身を捩りながら正直に答えると、途端に先輩の手はピタリと止まった。

「先輩?」
「……部屋、片付けよっか」

 唐突に先輩は体ごとスッと俺から離れると、床に散らばった書類を拾い上げる。

「それにしても酷い部屋だね」

 もう一度部屋を見渡した先輩が漏らした一言に、俺は思わず食いかかった。

「だからそれはっ!」
「はいはい、ごめんね?」
「全然気持ちこもって無いですよ!」

 あははっ、と笑った先輩は今までと何も変わらない。
 俺の知ってる、穏やかで優しくて…そして恋人に一途な雨宮先輩だった。ぎゃあぎゃあと言い合いをしながら片付ける二人の間には、先ほどまであった妙な雰囲気など欠片も見えない。
 先輩が無かったことにするのなら、俺はそれに従うだけだ。感じた違和感にも目をつむる。
 
 だけど先輩が触れた首筋だけは、まるで忘れたく無いと言うかの様に…いつまでも熱を持っていた。


 ◇


「やぁ、調子はどうだい?」

 風紀室に書類を届けようと歩いていると、突然脇から人がゆらりと現れた。
 陶器の様に白い肌、磨き抜かれた宝石の様に透き通ったエメラルドグリーンの瞳。目にも鮮やかな金髪を全て腰まで伸ばし、片手でそれをかき上げるその姿はまるで何処かの国の王子様の様で、彼の存在が既にファンタジーだ。

「藤村委員長」

 この学園の中で歩が唯一尊敬している人物がこの二次元から飛び出したかの様な人なのだが、次元を超えているのはその姿だけでは無い。

「あの、それは一体…」

 優雅に髪をかき上げたものとは反対の手には、意識が無いのか鼻血を出し、首根っこを掴まれたまま引きずられている生徒が一名。

「あぁ、彼かい?」

 まるですっかり忘れていたかの様に手に持った相手をチラリと見ると、委員長はふふふ、と不穏な笑顔を見せた。

「先日、空き教室で暴行未遂があっただろう?」
「あ、はい」

 そう、数日前。風紀の手が足りないからと(明らかに生徒会の方が手は足りてないのに)見回りに駆り出された俺。
 妙に利く俺の鼻は、その時嫌な予感が過った場所を見つける。無視できないその感覚に、見回りの範囲には含まれていないそこへと足を運ぶと…。

「彼はあの事件の首謀者でね」
「え?」
「恥ずかしい話だが、実は彼、風紀委員なんだ。あの日の巡回経路を彼が横流ししていたのさ」

 勿論コレで、と委員長は親指と人差し指で円を作る。

「そんな…」
「端金で情報を売るなど、私も舐められたものだ」

 そう言った委員長に、俺はハッとする。

「ま、まさか…」

 風紀室にも、生徒会室と同じ様に仮眠室があるのだが、その利用方法は生徒会と全く違うものだった。生徒達からその場所は『拷問部屋』や『処刑室』などと呼ばれ恐れられている。

「二度とそんな気を起こさぬ様にしてあげないとね」

 次元を超えた恐ろしさを持つ処刑人の目が、怪しくギラリと光った。




 風紀室へ向かう道すがら、取り止めも無いことを話すうちにほんの一瞬間があいた。あ、まずい。そう思った時には手遅れだった。

「ところで中川君。ウチの松嶋が漸く君に引き抜きの話をしたそうだね」

 やっぱり来たか、と思わず舌打ちをしそうになる。

「急な話で驚いただろう?」
「あ、はい…でも、歩はもっと前から考えてたことだって言ってました」

 あぁ、と藤村委員長はにんまり笑う。

「ずっと急かして居たんだ、君の良く利く鼻が欲しくてね。けれど松嶋がガンとして首を縦に振らなかった。まだ君が混乱するからダメだ、とね」

 彼は君の事しか考えて居ないね、と委員長が笑う。

「俺の為…ですか」
「全くもって彼は君に甘い男だ。その癖、貧乏くじしか引くつもりがないだなんて何て酔狂なことだろうね。まぁ、そこが彼の可愛いところなのだけど」

 再び委員長は笑うが、俺にはさっぱり意味が分からない。

「これは簡単な様で複雑な問題だ。他人事ながら、ハラハラするよ」
「え…?」
「君は今、君が思うよりも多くの選択肢を手にしている。迷うだろうねぇ…だが我々はまだ言っても高校生だ、子供なんだよ。存分に悩んで、存分に吟味し、選びなさい。それが例え間違いであったとしても、必ず何時か糧になるのだからね」

 あぁ、風紀への移動の話も前向きに検討してくれよ。と生徒を掴んでいない方の手で俺から書類を受け取ると、ひらりと手を振り部屋の中へと消えて行った。
 引き摺られて行った生徒の今後も気になるが、委員長の言った言葉が魚の小骨の様に引っかかって無視できない違和感を残す。

 歩の引く貧乏くじって何だろう。
 俺には吟味し選ぶ程の道が有るのだろうか。
 委員長の言う複雑な問題って何だろう。


 俺は、まるで巨大な森の中に迷い込んだような…そんな漠然とした不安に襲われた。


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