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【SIDE:雨宮】
恋人の浮気現場に出くわした。
もう何度目か分からない浮気。
何度目か分からない目撃数。
好きだから、側に居たいから、許すしか選択肢は無いも同然だった。
怒りも、嫉妬も、絶望も…心の疲弊を恐れてなかったことにした。
するといつしか、心は麻痺したかの様にあまり何も感じなくなっていた。
◇
悪びれる様子も見せない恋人に手を引かれて辿り着いた生徒会室。
掃除の行き届いていたかつての部屋は、今では溜まったまま処理の追い付かない書類が溢れ、床にまで散らばり、見る影もない。
そんな部屋には目もくれず前を歩く恋人の陸が手をかけたのは、いつも流されるようにしてなだれ込む仮眠室だった。
「陸ちゃん…」
「ね、シよ? やっぱりヒサシじゃないと満足出来ないよ、僕」
「………」
いつもの様に大きな瞳で上目使いで見られても、何故か今は心が締め付けられた様に痛むだけ。
「どうしたの? まだ怒ってるの?」
「どうして…」
「え?」
どうして許すと思えるの?
「…ヒサシ?」
「今日はシたくない」
「なっ、どうして!?」
「離して、陸ちゃん」
俺の腕を掴む手を掴まれていない方の手でそっと払えば、それは簡単に外れた。それは何処か、陸が俺の行動を読んでいたようにも思えた。
そのまま俯いてしまった陸は、低い声で呟く。
――どうして今さら、拒絶するの…
俺は何も答えられなかった。
今まで一度たりともしなかった拒絶を何故今したのか…自分ですら理解出来ていなかったからだ。他の男に抱かれる恋人を見て、俺の中で嫉妬でも、嫌悪でもない何かがジワリと広がった。
何も言葉を発しない俺に耐えられなくなったのか、陸はそのまま部屋から飛び出して行く。でも、俺の体は彼を追おうとしなかった。
はっ、と短く息を吐き仮眠室から出て現実に戻される。
俺様発言ばかりするが何処か抜けている会長に、ニコニコと笑顔で痛いところばかりをつつく腹黒副会長。口下手ながらもおやつ休憩の時だけは饒舌になる甘党の書記に、いつもキャッキャとはしゃぎ回っていた庶務の陸。
賑やかな真昼の生徒会室。
けれど、今そこには自分以外は誰も居ない。
「旬…?」
一緒に生徒会室へ向かっていたはずの旬の姿が何処にも無い。そうして思い出したのは、陸が現れるといつも静かに姿を消すと言うこと。
俺と陸に気を遣い姿を消す旬。そうして数時間後には何気ない顔をして戻って来る旬。
けど、それから空が黒く染まるまで待ってみても、その日旬は戻って来なかった。
◇
「で、何時まで呆けてるつもりですか? 雨宮先輩」
呆然としたまま動けない俺にかけられた声は、聞き覚えの有るものだった。
「松嶋……旬なら今居ないけど」
俺が苦手とする数少ない相手、風紀の副委員長、松嶋歩。
この男がここへ来ることはあまり無い。例え来るとしても、旬に用事が有る時くらいだ。
「知ってますよ、今風紀室に居ますから」
自分の知らない旬の状況を知っている松嶋に、俺の身体の中で何かがドロリと蠢いた。
「先輩、旬を責めたそうですね」
「……」
「彼奴は昨日藤村さんにこき使われて、へとへとになるまで仕事してましたよ」
「お前……何であんな嘘ついた?」
“コレからまだ続きするので邪魔しないで下さい”
確かに昨日、松嶋は旬を追おうとする俺にそう言った。この学園の特色のお陰で何を匂わされたか直ぐに勘付いた。けど、そのセリフを直ぐに信じた訳じゃない。
俺は二人が恋人で無いことを知っているからだ。
少しだけ考えた松嶋は、しかしカナリの軽さで「単なるジョークです」と言い切った。気が付いた時には、俺は松嶋を殴り飛ばしていた。
「イったァ…」
体格差がそこそこ有るはずの俺に手加減無しで殴られた松嶋は、しかしながら少しよろけただけで踏み止まり、口端に滲んだ血を拭う。
「まぁ、旬まで傷つけてしまったのは事実ですから、この痛みは甘んじて受けますよ。でもね…俺の言ったことを真に受けたにしても、先輩が怒るのはお門違いじゃないですか? 彼奴が何処で何してようと、貴方が言える立場じゃ無いでしょう」
首筋に付けられた紅い跡に、松嶋のセリフが繋がり思わずカッなったとして…そこで旬を責める権利など俺には一ミリも有りはしないのだ。
言われたことが正し過ぎて、思わず歯を噛み締めた。
「それと風紀の立場から言わせて頂きますが、この部屋は確かに生徒会所有のものだけど、何しても良いって訳じゃない。今後そういったことをここでやるのは控えて下さい」
いつも旬が部屋を去る時、あの瞳はどんな色を滲ませていただろうか。それは確かに、哀しみの色では無かっただろうか。
旬にあんな色は似合わない。
「あぁ…分かってる」
姫を迎えに行くぞと扉を開かれ、松嶋に促されるままに部屋を出た。
あの子は……理不尽に責めた俺の手を
取ってくれるだろうか?
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