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「お前ホント、ばっかだねぇ」

 俺は風紀室のソファに伏せてオイオイ泣いていた。
 先輩にあんな啖呵きって、どう思われたって関係ない! なんて言っておいて、いまは後悔に押し潰されて死にそうだった。

 あんまりな誤解と言われ様に思わずブチ切れてしまったが、それでもやっぱり俺は雨宮先輩が好きなのだ。先輩を想う俺の気持ちは、そんな簡単に切ってしまえるほど軽いものでは無かった。

「ぅあぁぁあっ、もう戻れないっ、俺はもうあそこに戻れなぁあっっ!? いってぇー!!」
「うるせぇんだよ、このアホが」

 めちゃくちゃ重い拳骨を後頭部に喰らい視界がグラグラする。

「どこに泣く要素があるってんだ、どう考えても大成功だろう?」
「どこが!?」

 あんなに部屋をめちゃくちゃにして、先輩を罵ったのに? 俺の悲しみや絶望なんかお構いなしに、歩は「期待以上の反応だ!」と先程から始終上機嫌だ。

「お前、先輩が何にイラついてたか絶対分かってないだろ」
「いや、俺が昨日戻らなかったことを先輩は…」
「違うね。間違いなく、これが起爆剤」

 伏せっていた俺を仰向けにすると、歩はニヤリと笑って俺の首筋をトントンと触った。
 先ほど同じように雨宮先輩にも触れられたその場所には、昨日歩が付けた赤い花弁が一枚散っている。

「昨日お前の部屋に行く前に、後ろからお前を追って来てた雨宮先輩に会った」
「え!?」
「お前頭真っ白だったろ、先輩に呼ばれてたのに気付いてねんだもん」

 そう言えば確かに昨日、部屋に猛ダッシュで戻る際誰かに呼び止められた気がする。

「お前が生徒会室に戻らないから、心配して寮まで探しに来たんじゃないか? で、俺が先輩に言ってやったワケ。“コレからまだ続きするので邪魔しないで下さい”って」
「歩っ!!!」

 俺はソファを思い切り殴った。

「何でそんなこと言ったんだよ! あんなに、あんなにクタクタになるまで仕事してたのにっ、俺は先輩にエロい事してサボってたと思われたんだぞ!?」

 生徒会の仕事には責任も、誇りもやり甲斐も感じてるのに、あんな侮辱はあんまりだった。

「まぁそれは悪かったと思ってるよ、先輩の反応見る為のちょっとした悪戯のつもりだったんだ。でもさ、よく考えてみろよ。あの雨宮先輩だぞ? あの人が今まで自分の事棚に上げて怒ったことが有るか?」

 言われてみればそうだった。
 良くも悪くも他人に興味がなく、例え軽蔑してもそれを口には出したりしない。笑顔で相手も気付かない内に切り離してしまうタイプだ。けど昨日、俺は先輩にはハッキリと嫌悪感を露わにされたのだ。

「普段仕事の時間に浅尾先輩とナニしてる人が、自分の事を棚に上げてキレる訳がねんだ。つまりは、だ。雨宮先輩がお前にキレた本当の理由は、そんな正当な理由なんかじゃ無いってことだ」

 普段穏やかな先輩があんなにも激昂した理由が、生徒会室に戻らなかったことでも、まして仕事をせず遊んでいたこと(誤解だけど)でも無いとすると、他に一体どんな理由があると言うのか。
 歩は先輩の反応に何か分かった様な顔をしているけど、俺の頭の上には大量のハテナが飛んでいる。そんな俺を無視したまま歩はうーん、と何事かを思い悩んでいたかと思うと、突然「お前、風紀に入らないか?」なんてとんでもない提案をして来た。

「は!? え、なに、急に…」
「いや、急な話でも無いんだよ。前々から藤村さんに頼まれてた事でもあるし」
「藤村さん? 風紀の?」
「他に誰が居るんだよ」
「だってさ…」

 昨日も俺は風紀の藤村委員長に捕まり、ボロボロのヨレヨレになるまで一緒に働かされたが、特にそんな話を持ちかけられなどはしなかった。

「俺から誘う様に言われてたんだ。いきなり藤村さんから勧誘が来ても、お前驚くだけだろ?」
「今だって十分驚いてるよ」
「そりゃそーだ。でもよ、いい機会だと思うんだよな」
「…何が?」
「お前は一回、雨宮先輩から離れるべきだって言ってんだよ」

 歩の言葉に、俺はゴクリと唾を飲んだ。

「風紀は前からお前が欲しかったんだ。中々頭もキレるし、運動神経も良い。それに俺も藤村さんもお前を信用してる。今まではお前の気持ちを尊重してたから言わなかったけど、そろそろ決断するべき時だと俺は思ってる」

 それに雨宮先輩は、お前が居ることを当たり前だと思い過ぎてる。そう歩は言うが、それってどう言うことだ? 俺は更に頭上のハテナを増やしたが、歩は何の説明もしてくれなかった。

「風紀はそろそろ、生徒会役員のリコールに踏み切るつもりでいる。旬、お前今のままだと何も変えられないぜ。先輩との事も、生徒会の事も」
「………」
「まぁ返事を今日明日で出せとは言わないから、ゆっくり考えてみてくれ」

 ポンと肩に置かれた歩の手が、俺には妙に重く思えて憂鬱になった。
 取り敢えず俺は雨宮先輩の誤解を解いてきてやる、そう言って歩は風紀室を出ていった。
 

 ◇

 
「わぁお、こりゃまた派手にやったなぁ」

 親友の汚名を返上すべく生徒会室に向かった俺だが、目に飛び込んできたのは凄まじい光景だった。
 ただでさえ山のように積み上げらた書類の束があり悲惨だったのに、今では割れた陶器の破片は床に散らばっているし、何故か文房具やファンシーなぬいぐるみまで転がっている。普段大人しい奴ほど、キレると怖いものなのだ。

「で、何時まで呆けてるつもりですか? 雨宮先輩」
「松嶋……旬なら今居ないけど」
「知ってますよ、今風紀室に居ますから」

 そう言った途端、雨宮先輩の目に不穏な光が宿る。

(お〜怖っ、この人これ無自覚なんだろうなぁ)

「先輩、旬を責めたそうですね」
「……」
「彼奴は昨日藤村さんにこき使われて、へとへとになるまで仕事してましたよ」
「お前……何であんな嘘ついた?」
 
 俺は少しだけ考える振りをして、「単なるジョークです」と言った。
 そう言い切ったところで、俺の目の前でカッと火花が散る。殴られた、と気付くのに少し時間を要した。

「イったァ…」

 指で痛む口端を触れば、じわりと血が滲んだ。
 
「まぁ、旬まで傷つけてしまったのは事実ですから、この痛みは甘んじて受けますよ。でもね…俺の言ったことを真に受けたにしても、先輩が怒るのはお門違いじゃないですか? 彼奴が何処で何してようと、貴方が言える立場じゃ無いでしょう」

 雨宮先輩が奥歯を噛み締め、ギリ、と音を立てた。

「それと風紀の立場から言わせて頂きますが、この部屋は確かに生徒会所有のものだけど、何しても良いって訳じゃない。今後そういったことをここでやるのは控えて下さい」
「あぁ…分かってる」

 雨宮先輩の瞳が揺れた。あぁ、この人は心の奥底で旬の気持ちに気づいてる。そう思った。自分の行動で旬を傷付けていると気付いているのだ。
 だけど、そのことを先輩自身がイマイチ自覚していないと言う不思議な現象を起こしていた。灯台下暗し、とはよく言ったもんだ。端から見れば一目瞭然なことも、近すぎると全く見えなくなる。

「さて、そろそろ行かないと彼奴が泣き死んでしまいます」
 
 風紀室で泣いてるお姫様を迎えに行きますよ。生徒会室の扉を開けて促してやれば、黙ってそれに従う雨宮先輩。
 
(オイオイ、姫の部分否定しないのかよ)
 
 アンタの姫は、(まだ)旬じゃないだろう…と喉まで出かかったのを何とか止めた。
 現実にはもっと厄介な姫様を抱えているんだ、一時だけでも夢を見させてやるのも良いだろう。
 最終的に旬さえ泣かなければそれでいい。先輩の後ろを歩きながら、自分でも悪いことを考えているなと思わず口角を上げた。



 先輩を連れて戻れば旬は物凄く驚いた顔をして、やがて俺の切れた口端をみて顔を青ざめさせた。けど、そんな事もほんの一瞬の話。
 現金なあいつは、「旬、戻るよ」と雨宮先輩に手を差し出され、その手をとった時にはもう俺の存在などすっかり遥か彼方に飛ばしてしまっていた。
 それでもまぁ、やっぱり彼奴が泣かないのであれば俺は、それで良いのだ。

 泣かなくて良い様に、俺がしっかり見張っててやるよ。
 馬鹿で可愛い、俺の親友。


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