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「弥ちゃんっ!!」
――ガショッ
名前を呼ばれた、と思った瞬間に視界が揺れた。誰かの体と一緒に後ろに尻餅をついたその先には、植木鉢が砕け散っていた。
オイオイ…これ当たってたら死んでんだろ。
そう冷静に考える頭とは別に、俺の体は恐怖に固まって動かなかった。
◇
最近、俺への嫌がらせが増えている。
会長の手伝いを始めた頃からそういった類のものは多少なりともあったが、最近ではその頻度も、嫌がらせの規模も大きくなりつつある。そしてついに今日の植木鉢事件が起きたのだ。
「どこも怪我しとらへんか!?」
「あ、はい。ありがとうございます」
校舎の影へ避難する、俺と藤原さん。藤原さんの顔色は俺よりも酷い気がする。
「その指…それもやられたんか?」
藤原さんの視線が指す先には、俺の指の上で真新しく血が滲む傷テープが。
「……上履きに剃刀の刃が仕込まれてて。下駄箱から出した時に切ったんです」
「クソがっ!」
嫌がらせが酷くなったのは、多分宮部を助けた辺りからだと思う。巧妙に仕組まれたそれは、お陰で犯人の顔を見ることが何時も出来ないでいるが、まぁ、まず間違いなく奴らだろう。
以前は『三澤』の名前に阻まれて大きく出てこれなかったそれも、最近ではあまり関係なくなりつつあった。
「弥ちゃん」
「俺は言うつもり、無いっす」
「弥ちゃんっ!」
楢崎会長へ相談しろと言う藤原さん。でも、俺は絶対に言うつもりは無い。
「それは、宮部君の為なんか?」
「………」
宮部は、以前襲われたことを会長には報告したくないと言った。
宮部曰く、奴らは“宮部”を襲ったのではなくて、“会長の親衛隊長である宮部”を襲ったのだと言う。だから、迷惑を掛けたくないと、心配を掛けたくないと言う思いから楢崎会長への口止めをされていた。
藤原さんは、俺の現状を話すことで宮部の事まで話さなくてはならないから相談しないのだと思っているのだ。だが、俺が楢崎会長に相談しないのは別に、宮部の為だけを思ってのことじゃない。
最近の俺は少し変なのだ。
だって、まさか俺が。この俺が、宮部と同じようにあの人に迷惑かけたくないとか思うなんて。
楢崎会長の忙しさは殺人的だ。俺が手伝える範囲なんてたかが知れていて、猫の手を借りた程度のもの。結局あの人は殆んど一人で仕事をこなしている。
只でさえ忙しいそんな中で、こんな下らない嫌がらせを相談してどうする? 睡眠さえも削って仕事をこなすあの人の時間を、これ以上裂く訳にはいかないのだ。
こんな俺にでも、一応『三澤』と言う大きな後ろ盾がある。そうそう簡単に手を出せはしないだろう。
宮部に関しては同じ親衛隊仲間が常に側に居る様だし、風紀にも相談はしてある。保護対象として監視が厳しくなっているはずだ。
俺の問題は俺自身が気を付ければ良い事。念のために、同室である瀬野にだけは少しだけ相談しておいた。全て正しく話した訳では無いけど、俺の防衛壁などその程度で大丈夫。
今思えば、随分と軽く見ていたと思う。
鉢植えが落ちてくるなんて、藤原さんが心配するように結構重大な事だったのだ。俺の考えが凄く甘いものだと思い知らされる事件は、案外直ぐに起きた。
ひと気のない別棟の一室。俺は無様に転がされていた。
書類を提出しに出た会長と入れ替わる様に現れた、覆面三人組。出がけの会長に「鍵を閉めろよ」と言われたにも関わらず、直ぐにそうしなかった俺のミスだ。マジでしくじった。
背中で腕を縛られた自分に、記憶の中の誰かが重なる。
(なんか前にもこんな事なかったっけ…)
あの時はもっと目線が違ったような。
「おい、何考え事してんだよ」
「随分余裕じゃん。今から何されるか分かってんの?」
「お前のせいでちっとも制裁が完了しねぇんだよ」
あぁ、そうか。これは宮部の位置だ。と言うことは、やっぱりあの時宮部を襲った奴らが首謀者か。
顔さえばれなきゃ『三澤』なんか怖くねぇ。そう言った奴らに、やっと今の状況に納得がいった。
成るほど。誰かバレなきゃ何やっても逃げ切れると思ってた訳だ。
やっとそこまで認識した時、上半身に冷たい空気が直接触れる。ジャケットを着たままで、ワイシャツを破られたのだ。
「アレ! 何驚いた顔してんの?」
「やっぱ何されるか分かってなかったんだ」
厭らしい笑い声に、俺は漸く何をされるのか確信した。
「アンタら…ちゃんと俺の顔見えてる?」
「はぁ? あぁ、顔? 顔ね。まぁねぇ、布でも被せる?」
「けどよぉ、この身体は案外そそるもんがあるぜ? イケるんじゃね?」
確かに、と後の二人も声を合わせて笑う。
「これに懲りたら、今度から出しゃばるんじゃねぇぞ」
言い切るが早いか、男たちの手が一斉に俺の肌へと伸びた。
あぁ、何でだろうな。
こんな時に思い浮かぶのはどうしてか…アンタのことばかりだよ、
ねぇ、楢崎会長―――――
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