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【SIDE:楢崎】
「入るぞ」
溜まりに溜まった書類を手に持って風紀室へと入る。しかし、そこに目的の人物は居なかった。
「あれ? 楢崎会長?」
「ん?」
部屋に居たのは委員長である藤原では無く、藤原の右腕である副委員長だけだった。
「藤原はどうした?」
「え、会いませんでした? 今さっき、生徒会室に行くと言って出て行きましたけど…」
ちッ、あの野郎また三澤にちょっかい出しに行きやがったな…。
幼馴染である藤原の好みくらいはもう嫌でもわかる。だから三澤を見た時は、一発でアイツの好みドストライクだと思った。その上あの性格だから、藤原には堪らない存在だろう。
その予想した結果が、これだ。
「あんの野郎…」
藤原机の上へ無造作に書類を放れば、掻き集めるのに面倒な程度は散らばった。へ、ざまぁみろ。
「じゃあな」
早く部屋へ戻らなければ、三澤が藤原にセクハラされる。俺はそれを阻止せねばならない。足早に去ろうと扉へ向かったその時だった。
「マー君! マー君おるか!? 弥ちゃんは一緒か!?」
バンっ、と勢いよく、今し方考えていた相手が目の前に飛び込んで来る。そしてまた、親友のその顔から非常事態だと察知した。
「藤原、どうした」
「弥ちゃんは、弥ちゃんは何処やっ!?」
「ん? 三澤なら生徒会室に…」
「今行ったけどおらんのや! 床に、書類が散らばっとったッ!」
最近は防犯の為、必ずどちらかが生徒会室に残ることにしている。アイツは口は悪いが、決まり事を破る様なことは決してしたりしない。
俺の顔色が変わったことに、藤原も気付いたのだろう。青い顔をした藤原が口を開いた。
「ボクッ、マー君に話さなあかんことが」
「早く言え」
自分の声で、空気が震えたのが分かった。
楢崎SIDE:END
◇
「止せ」
再び振り上げた宮部の腕は、楢崎会長に止められ振り下ろされる事はなかった。けど、既に一度殴られた俺の左の頬はジンジンと熱を持って痛んでいる。
「どうして言わなかった! 僕が口止めしたからかっ!? 会長様の事を想ってか!? どっちにしたって間違ってる!」
「宮部」
「お前は自分のことを何だと思ってんだッ!!」
「宮部!」
破られたワイシャツ。引き摺り下ろされたスラックスと下着のせいで尻は半ケツぎみ。情けないったらありゃしない。けど、やられたのはそこまで。
凄い速さで俺の居場所を突き止めた藤原さんと会長、そして宮部の乱入によって、俺は危機から逃れることが出来たのだ。
俺を押さえ付けていた奴らは、藤原さんと会長に伸ばされ今は床に転がっている。
「宮部、お前は藤原と一緒に風紀室までこいつらを運んでやってくれ。俺は三澤を生徒会室に連れて行く」
「……はい」
「え、弥ちゃんは」
「藤原、こいつの事はひとまず俺に任せてくれ。後から風紀室に連れて行くから」
「………分かった。ほな、弥ちゃんの事、頼んだで」
そのまま藤原さんは、転がって居る男二人の足を一本ずつ掴んで引きずっていく。何故か宮部までそれに習い、残りの男の足を掴んで引きずり部屋を出て行った。
「ええっと…」
「これ、羽織っとけ」
バサリと頭からかけられたのは楢崎会長のブレザーだった。俺のブレザーは汚れた床の上でぐしゃぐしゃになっており、シャツはボタンが飛び散ってどうにもならない。俺は黙って会長のブレザーに腕を通した。
「早く下着とズボンも上げろ。目のやり場に困るから」
「っ!? ひぎゃあっ!!」
怪我もないし腰も抜けたりしてない俺は、生徒会室までは自分の足で歩いて行った。前を歩く会長の背中を見ながら、お姫様抱っこで連れて行かれるのもネタとしては面白かったかな、なんて思って思わず頭を振る。
(俺、何考えてんだ…)
生徒会室に辿り着くと、すかさず会長は鍵をかける。俺にソファに座ってろ、とだけ声をかけると、そのまま給湯室へと姿を消した。
自慢じゃないが、不細工とは言え御曹司な俺は、過去に誘拐をされかけたことも有るし、ショタコン野郎にイタズラされかけた経験もあった。けど、それはどちらも未遂で終わったし軽いものだった。
だが、今回は正直びびった。
成長した身体ですら抵抗は無に返され、強い力で押さえ付けられた。基本楽観的で強がりな俺でも、本気で強姦されるかと流石に身体が震えた。
見慣れた部屋に来て俺は、漸く深く息を吐いた。
「腫れてきたな」
「え?」
ソファに深く腰掛け足元に視線を落としていると、ジャラジャラと音を立てながら会長が戻って来た。
目線を前に戻した途端に入る、癖のない美麗な顔。それを認めた時には既に冷たい指が、俺の熱を持った左頬に触れていた。
「っ、嫌だッ!」
自分でもビックリする程、会長に触れられ過剰に反応してしまう。でも…
「怖がるな。俺は何もしねぇから」
「ぁ…」
振り払おうとした手はやんわりと下に降ろされる。そしてそのまま、再び会長の手は俺の頬をそっと撫でた。
「痛いか?」
「……ちょっと。痛いより、何か熱い」
「熱持ってるからな」
「宮部の馬鹿力」
「そりゃアイツも一応男だからな」
会長が困った様に笑う。そのまま手を離して、もう片方に持っていた氷嚢を俺に渡した。
「会長…」
「ん?」
「何でなんも、言わないんすか」
きっともう、会長は知っているはずだ。
俺が酷い嫌がらせを受けていたことも、“楢崎会長の親衛隊長”である宮部が襲われたことも。そして、それを庇った事で今回俺が襲われたことも。
けど、会長は何も言わない。責めたりも、怒ったりもしない。
結果あれだけ迷惑をかけたのだから、宮部みたいに俺を殴る権利だって会長にはあるはずなのに。
「まぁ、もう大体知ってるからな」
「だったら尚更、怒るべきでしょ」
「何で?」
「はッ!?」
何でってなんだよ!? 俺が黙ってたから、余計に話がややこしくなったんだぞ!? 早く相談してたら、きっと、もっとずっと楽に対処出来たに違いないって……今ならわかるから。
「うん、分かった、じゃあ聞く。何で俺に話さなかった?」
え、そこ聞くの? 墓穴を掘った俺は、一番聞かれたくないことを聞き返された。
「あ、いや…」
「宮部の為?」
「………それ……も、ある」
「“も”?」
こんにゃろぉ…目聡いな。いや、耳聡い?
左の頬だけだった熱が、段々と顔全体に広がっていく。そんな状態を気付かれたくなくて、俺は前髪をくしゃりと掴んだ。けど、
「隠すな」
「なっ、」
また手を会長に捕まれ、俺は奴の目の前に赤く染まった顔を晒すことになった。
「教えて」
「う…」
「宮部以外の理由」
「だっ…」
「だ?」
「だって!!」
だって、言えなかったんだ…
「アンタ、死ぬほど忙しいじゃんかっ」
「うん」
「飯だって抜いてばっかだし!」
「あぁ」
「最近は寝る時間まで割いてるだろ!?」
「そうだな」
けど、俺には三食きちんと食べさせるだろ? 俺には寝ろって寮に帰すだろ? 居眠りしてたら毛布かけるし、こん詰めてると気晴らしに提出へ行かせたりする。
会長は一歩も外に出られない時があんのに!
「俺だってアンタに休んで欲しいんだよッ。でも、俺が出来ることなんてたかが知れてるだろ!? だったら、だったら迷惑かけない様にっ、するしか俺にはっ、ッ!!」
ぎゅっと、抱き締められた。
大嫌いな男の腕の中なのに。男同士で何やってんだって思うのに。それでも、どうしようもなく安心できて、思わずじんわりと滲む目元を隠そうとその腕の中に顔を潜らせた。
「うぅ…」
「よしよし、怖かったな。ほら泣くなって」
「泣いて、ねぇしっ」
「ははっ! ……気付けなくて悪かった。嫌がらせ、酷かったんだって?」
「うっ、別に…ンなもんっ、平気だしっ」
俺がそう言うと会長は「この強がり」と言って笑った。
「ありがとな、三澤。俺はな、お前が居てくれるから今、頑張れてんだ」
「俺、何もしてねぇんですけどっ」
「そんな事無いって。いつも気を使ってくれてんの知ってる。それに、お前が居ると何か気が抜けるし」
何だよそれ、って怒れば会長はまた笑って、俺の髪をくしゃくしゃに交ぜた。
「今度からはちゃんと言えよ? 今日は心臓が止まるかと思った」
「……すんません」
「ま、無事でよかった」
さて、風紀室行くか。
会長が離れると、ふたりの間に冷たい空気が流れ込む。さっきまで感じてた体温を失うことに、少しだけ心臓がぎゅっと縮んだ気がした。
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