×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -



「三澤」
「………」
「おいって」
「チッ、何ですか!?」

 しまった! 舌打ちしちゃった!

「おまっ、今チッて…」
「そんな事どうでもいーでしょ? で、何ですか、俺も忙しいんですけど」

 朝起きた時までは、いつも通り何事も無かったかのように振る舞うつもりだった。なのに、何だこれは。

「お前、昨日から何怒ってんの?」
「別に怒ってませんけど!?」
「いや、明らかに怒ってんだろ。何に怒ってんのか分からねぇけど、謝るから普通に戻ってくれないか?」

 ごちゃごちゃ考えている間に言われた会長の言葉で、更に俺の怒りは爆発した。

「理由も分かんねぇのに謝るとか意味あるわけ!?」
「いや…その、」
「俺、風紀室に書類持ってきます!」
「あ、三澤っ!」

 片手で出来る限り思い切りドアを閉めれば、予想通りの音が廊下に響いた。きっと部屋の中にも響いたに違いない。

 ダメだ、ダメなんだ。こんなつもりじゃ無かったのに、会長本人を目の前にするとどうしてもイライラしちゃうんだよ!
 気不味すぎるぜ、ちくしょーー!!



 ◇



 おかしな事になってから、早くも今日で五日目。
 話しかけられればシカトする。例え返事をしたとしても、つっけんどんで感じの悪い返事になってしまう。
 ここまで来ると引っ込みが付かないと言うかなんと言うか…。自分で言うのも何だが、会長だっていい加減キレたって良いと思う。寧ろそうなった方が解決も早い気がする。俺、直ぐ謝る気満々だし。
 だが、予想に反して会長は怒るどころか困惑した顔ばかりするのだ。

「はぁ…」

 最近ではあの空気を避けたいが為に、夜に自室で仕事を済ませては昼の間は職員室や風紀室に書類を届けたり、資料室に足を運んだりと逃げ歩く日々。
 そろそろこんな生活にもお役御免したい気持ちでいっぱいだが、その為には会長特集と言う最近では忘れがちな本来の目的を果たさなくてはならない。
 細々とした記事は発行しているのだが、岩佐部長はまだ続けていくつもりでいるらしく、ちっとも戻って来いと言ってくれない。

「はぁ…」

 今日も何度目か分からない溜息をついた俺は、どうしても生徒会室に戻る気になれず…
学園の裏庭にあるベンチに一人腰掛け頭を抱えた。
 そもそも、何でこんなことになったのか。正直、冷静になって考えてみれば非常に下らない話だ。ただ単に、会長にも不細工だと思われていたってだけなのに。俺は何をそんなに怒っているのだろうか。

「そんな! 全然ブサイクなんかじゃないよぉ〜」なんて心にもない事を言う奴は、今も昔も腐るほど周りに居たではないか。ただそれが今回は楢崎会長だっただけのこと。
 でも、分かっているのに…そこまで考えると何故か目頭が熱くなりかけるのだ。

「あ〜…も、やだ。訳ワカンネ」

 ベンチの背もたれに目一杯背を預けて、腕を伸ばし反り返る。

「……ぎゃっ!!」
「弥ちゃん、みぃーつけたぁー!」

 誰もいないと思っていたはずのそこに、最近顔を覚えたばかりの男が立っていた。

「えっ、藤原さん!?」
「藤原さんやなんて他人行儀な呼び方やめてやぁ。円ちゃん☆て呼んで?」
「………で、委員長はここで何を」
「名前ですらあらへんッ!!」



 何故か藤原さんは、俺の隣へと腰掛けて黄昏ている。

「あの…本当にどうしてここに?」

 ここ数日で今の学園の状況を知った藤原さんは、大変大きな声で絶叫した。
 それからは俺や会長の様に風紀室へ缶詰め状態なはずなのに、こんな所で油を売ってる暇など有るのだろうか…。

「ん〜。どちらか言うと、ボクが聞きたいかなぁ? こんなとこで何しとるん? 長いこと外おると、身体冷えてまうよ?」

 どうやら藤原さんは、俺が随分前からここに居ることを知っているようだ。

「生徒会室、戻りた無いん?」
「えっ、いや………その、」
「別に怒ったりせぇへんから、正直に言うて?」
「うぅ……はい…、戻り辛くて、俺…」

 あの日から、藤原さんも随分とギクシャクする俺たちを心配してくれていた。

「悩んどる言うことは、和解したい気は有る、言うことやね」

 ふむふむ、と藤原さんは顎に手を当てると何やら頷いている。

「ほな、一切合切ボクに話してみ? 大丈夫、マー君には絶対言わへんから」

 初めて見る真剣な顔に、俺は黙って頷いた。本当は惨めで恥ずかしい話だから言いたくないが、このままでは何も進まない気がした。


 ◇


「なるほどなぁ」

 俺の話を聞いた藤原さんは、特に俺を笑うでもなく同情するでもなく、表情を変えずに顎に手を当てた。

「弥ちゃん、こりゃあ偉い簡単な話やで。キミが迷子になっとる理由は『矛盾』や」
「え?」
「弥ちゃんがイケメン嫌いな事も、その理由も良ぉ分かった。ボクかてその気持ち分からんでもないよ。けどな、大事なんはここからや。弥ちゃん、何でマー君の事嫌いなん? マー君がイケメンやから信用出来へんのと違う?」
「ぐっ…」
「そこや。そこから矛盾が生まれるんやで、弥ちゃん」

 藤原さんが目を逸らしてしまった俺の顔を、クイと上げさせて目を合わせる。

「キミは、見た目だけで判断して見下す奴が多いからイケメンが嫌いや言うとる。けどな? それ、イケメンやからマー君が嫌いや言うキミと、どう違うん。同じ話やない?」
「っ、ぁ…」

 瞳を揺らした俺に、藤原さんが優しく笑った。

「金持ちで、面の出来がえぇ奴は確かに傲慢なんが多い。けど、弥ちゃんは知っとるはずや。見た目だけが全てやないって言うこと」

 俺はぐっと息を呑む。
 楢崎斗真は口調が大雑把なところと、見た目の美しさからくる威圧感からよく『俺様』と言われることが多い。だが、その実彼は相当お人好しな人間だった。
 人見知りなところが少しあるが、一度心を開けば基本的に殆んどの事を許容出来てしまう、懐の広い男でもある。短い期間だが、共に時間を過ごして分かったことだ。

「マー君がボクの好みを熟知しとるんは確かやし、弥ちゃんを見て直ぐピンと来たんも間違いないわ。でもな、勘違いしんといて欲しいねん。あの子は決して、弥ちゃんの容姿を馬鹿にした訳や無いんよ」

 藤原さんが可笑しそうに笑った。

「マー君な、今までボクから誰かを遠ざけようとしたことなんか、いっぺんもあらへん。せやから直ぐに分かってしもたわ。弥ちゃん、マー君のお気に入りなんやな」

 クスクスと笑う藤原さんに、俺は顔を真っ赤にして立ち上がって叫んだ。

「おっ、お気にっ!? んなっ、んなワケないじゃないっすか! 何言ってんすか!?」
「どうしてそう思うん?」
「え!? だ、だって、あんなイケメンが、俺…を、お気に入り…だなんて………あ、あれ?」

 それもまた、見た目だけから判断したことじゃないのか? 訳が分からなくなってパニクった俺の前に、藤原さんが立つ。

「マー君は、自分の顔を基準に付き合いを選ぶ様な子やないよ? 友人代表で保証する。楢崎斗真は、ほんまにえぇ男やで。不器用やから分かり辛いとこ有るけど、やからこそ、あの子を見た目だけで判断して欲しないねん。ちゃんと、中身を見てやって欲しい」
「藤原さん…」
「生徒会室、戻ったって? マー君、弥ちゃんが戻って来ん言うてずっと部屋ん中彷徨いとるで。仕事、全く進んでへんよ」

 ………はぁぁああっ!?

「何でだぁああっ!!!」

 俺は“仕事が進んで無い”の一言でモヤモヤしていたものが全部一気に吹っ飛んだ。今日溜まっていた仕事が進まないと、間違いなく泊まり込みになるからだ。
 藤原さんと話していたことまでぶっ飛んで、俺は挨拶も無しに駆け出した。だから藤原さんが笑ってたことも知らない。

「ほんま可愛いわぁ。あーぁ、マー君のお気に入りやなかったら即行でぐちゃぐちゃに食うて可愛いがったるのになぁ…ざーんねん」

 こんな悍ましいセリフも、俺は知らない!!




 ―――バァアンッ!!

「会長っ!」
「お、みさ「何やってんだアンタはぁ!………て、あれ?」」

 山積みのままの書類……が有るはずの会長の机は綺麗なものだった。しかも、俺の机まで綺麗だ。

「仕事か? 今日の分なら終わったぞ。何だ、もしかして本当に『仕事が進んでない』の言葉に吊られて戻って来たのか?」

 そう言って会長がニタリと笑う。

「クソ! 騙しやがったな!?」
「サッサと戻らずほっつき歩いてるお前が悪い。あー! 疲れたなー! 誰かさんの分の仕事までやったから、肩と腰がガチガチだなぁー!」
「ぬぐぐっ……つーか、そもそも俺は生徒会役員じゃねーんですけど!?」
「へぇ、一度引き受けた癖に、そうやって逃げるんだ」

 こ、こ、こ…この野郎っっ!!







「あ、良い……そこ、もっと強く」
「ぅ、くっ、ふっ!」
「もっと。……ん、そうそこ」
「キミら、何やっとるん」

 俺は現在、ソファにうつ伏せで寝そべる会長の上に乗っかり、マッサージをさせられている。腕力も、握力も無い俺にはマジで拷問だ。キツイ…。

「ふ、藤原さん! アンタ騙しましたね!? 仕事終わってるじゃないっすか!!」

 マッサージをしながら叫べば、藤原さんは「えへへ〜だって弥ちゃんおらんとつまらへんもーん」とのたまった。

「でも、マー君の落ち着きも元気も無かったのはホンマやで?」
「やかましいわ、余計なこと言うな。オラ、手ぇ止まってんぞ三澤」

 なんちゅー奴らだ! 俺は泣きながら会長の腰を揉む。

「オイ、お前の尻の弾力気持ちいいからもっと腰振って擦り付けろ」

 藤原さんよぉ! これのどこが良い男なんだよ唯の変態だろ!?

「えっろ。弥ちゃんえっろ。泣きながら腰振るてどーなん!? それ、ボクにも頼めるやろか」

 やめろ! 財布から金を出すな!

「アンタらなんか嫌いだぁ! この変態! 横暴っ! 嘘つきぃ〜」

 変態の渦に飲み込まれて絶望する俺は、嫌いな理由に「イケメン」が入って無いことにも、俺の言葉を聞いた二人が密かに目わ合わせて笑ったことにも気付かなかった。
 会長がどんなつもりで俺を藤原さんから遠ざけたのかは定かでないし、お気に入りだなんて藤原さんの予想を信じることも出来ない。
 けれど、会長が俺を馬鹿にしていたのか…と考えると、それは違う気がした。そこだけは藤原さんの言う通り、そんなことをする男ではないと思ったのだ。でも、

「泣いてねぇでもっと腰振れ三澤」
「早よマー君の終わらせて、ボクの上にも乗ってや」
「わぁあぁあんっ」

 好きになんかなれねぇけどな!!


次へ



戻る