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 世界ってのは本当に広いもので、必ずと言っていい程どんな物にも需要はあるものだ。そう、こんな不細工な俺にも…ね。


 ◇


 楢崎会長の様子がおかしくなったのは、暦ではもう冬と呼べる様になった頃だった。

「書類だいぶ溜まりましたね。俺持ってってきま「待った!!」」

 手に取りかけた書類を、脇から会長に奪われる。せっかく忙しそうな会長に変わって、風紀室へ書類を届けようと思ったのに。奪い取るような形で書類を取られればカチンときてしまう。

「……何すんですか」
「風紀室へは俺が行く、お前はここに居ろ」
「はぁ? アンタ今忙しいでしょ? 俺が持ってく間に残りの書類を」
「平気だ、このくらいなんともない。兎に角、お前はこれからなるべく風紀室へは近づくな。良いな?」

 五分の休憩すら惜しむ会長が、行って帰るだけで十分はかかる雑務をやるなんて。
 全くもって意味がわからないが、何となく鬼気迫る会長の雰囲気に呑まれ、俺は首を縦に振ってしまう。
 そんな俺に満足したのか、会長は俺の頭をポンとひとつ叩いてから、この生徒会室を後にした。

 それから同じようなことが、三日ほど続いた。会長がしつこいくらいに繰り返すセリフは、『兎に角風紀室へは近づくな』、その一点張りだ。何故そんなに風紀室へ行くことを止めるのかは分からないが、何か有るのは間違いない。

 ………気になる。
 ひっじょ〜に、気になる。

 生徒会の仕事が忙しすぎて俺も、きっとみんなも忘れてると思うが、俺、新聞部なんだよね。なんか事件が起きそうなニオイとかしたらさ、放って置けないのが新聞部の性って言うの?
 俺はその内、絶対に楢崎会長の目を盗んで風紀室へ行ってやると決意した。だが、そんな決意は直ぐに無駄になる。
 事件が向こうから、進んで、それも激しくやって来たのだから…。


 ◇


「あれ?」

 資料室へと行っている間に、出て行く前は居たはずの会長の姿が見当たらない。テーブルの上に山積みになっていたはずの書類が無いことから、会長が職員室と風紀室へ書類提出に出たことは明らかだった。

「俺が行っちゃマズイなにかって、本当なんだろな?」

 会長は兎に角俺が行くことを阻止する。でも、会長は行ってもいい。どれだけ考えても一向に答えは出ないので、俺は一先ず仕事の続きをしようとソファに腰を下ろした、その時。

「邪魔するで〜ん!!」

 バァアン!!と凄い音を立てて開く生徒会室の扉。
 例の編入生が来たのかと思い、鍵を閉め忘れたことを後悔しながら慌てて立ち上がる。けど、その入り口に立っていたのは、見知った顔でも無ければ、まして予測した相手でも無かった。

「……………」
「……………」

 入り口で何故か立ち尽くす男の身長は高く、細身に見えるが肩幅は広いし、雑に捲りあげられたシャツとカーディガンから出る腕も細いが筋肉質だ。
 如何にも染めた風な金髪は割と長く、後ろで一つに結んでいる。色の白い小さめの顔の中には、少し垂れ気味な大きな瞳とスッと通った鼻すじ。
 そこに引っかかる銀色の細いフレームの眼鏡が、嫌味な程自然に似合っていた。

 はい、紛れもなくイケメンだ。俺の大嫌いなイケメンである。

「あの……ここに何か用っスか」

 入ってきた時の威勢など何処へやら。未だ形の良い口をポカンと開けたまま立ち尽くす男に痺れを切らして話しかけた。
 するとその男は垂れた目をパチパチと何度か瞬いてから、ボソリとこう言った。

「ボクのお姫さんや……」


 ………は?


「ぎゃあぁああっ! 何スかアンタぁ!!」
「キミ、名前は何て言うん? 生徒会の子ぉか? 何年生? ん、ネクタイが深緑やから二年生やね」
「ちょっ! だから何なんスか! おいっ! 腰を撫でるなぁあ!!」

 突然襲いかかり、俺をソファに押さえ込んできた金髪のイケメン。何故か質問攻めに合う上に、先ほどからこの金髪野郎は俺の身体を撫で回している。

「あっ! ちょっやめ…ひぁっ」
「くはぁ〜、なんちゅうエロい声出すん滾るわぁ」
「はぁ!? ふざけっ、」
「ゴガァアッ!!」

 本気でブチ切れてぶっ飛ばそうとした時、その相手は勝手に俺の上から転げ落ちて悶え打ち出した。

「え……って、会長!」

 そう、この変態金髪野郎を伸したのは他でもない、何処かへ行っていたはずの楢崎会長だった。そしてその後ろには、何故か会長の親衛隊隊長の宮部アキがくっ付いている。

「やっぱりここに向かってやがったか」
「予想通りでしたね!」

 どうやら変態金髪野郎は、会長の長い足で蹴り飛ばされた様だ。会長は走って来たのか肩で息をしている。

「いったぁ……もう、マー君たら相変わらず乱暴なんやからぁ」
「その呼び方止めろって言ったろ」
「あだだだだっ! やめてっ! 耳引っ張るんやめて!!」

 ギャアギャアと騒ぐ男を冷たく見ていると、他所から視線を感じてそちらを見る。宮部アキがこっちを見ていた。

「なに」
「………」
「何だよ」
「……別に」

 何だこいつ。ちょっと前に資料室で会った日から、どこか宮部の様子はおかしかった。以前より俺に対して大人しいと言うか何と言うか。
 だがまぁ、無視だ。気味は悪いが触らぬ神に祟りなしってこった。

「で、お前ここに何しに来た」
「冷たッ!! 一年ぶりに会うた親友になんて言い草なんっ!?」
「誰が親友だ、誰が」
「酷いっ、マー君のいけず!!」

 会長に蹴られたで有ろう脇腹をさすりながら、金髪野郎が起き上がる。何かこの男、ずっと煩い。そして一体誰なんだ?
 訝しんだ顔で金髪男を見ていると、離れた場所に居たはずの宮部がいつの間にか隣に来ていた。

「アンタ、この方が誰か分かってないんでしょ」
「は? 何だよ、お前は知ってるワケ?」

 宮部はジトっとした目で俺の顔を見て、そうかと思うと大きな溜息を吐いた。

「彼は『藤原円(フジワラ マドカ)』様。アンタも新聞部なんだから、名前くらい聞いたことあるでしょ?」
「藤原……円」

 勿論聞いたことがある。いろんな意味で、カナリ有名な人だ。俺たちが入学すると共に海外へ留学した為、まだ一度も本物は見たことが無かったが…名前だけなら知らぬ者は居ない。俺の様な人種なら、特に。

「悪食の藤原………またの名を、風紀委員長の藤原」
「それ、言う順番逆でしょ」

 彼は、入学して半年で風紀委員長に任命された伝説の男だった。
 二年に上がってから直ぐに留学した為、委員長として仕事をしたのは実質数ヶ月しかないと言うのに、未だその席は彼の為に空けられている。だが有名な理由ははそれだけではなかった。
 何よりもそう、不細工好きの悪食としてもカナリ有名だったのだ。

「何でマー君はボクがおること知っとるん?」
「顧問からお前がそろそろ戻るって聞いてたからな」
「何やぁ、そうなん? びっくりさせよう思うとったのに残念や」

 金髪野郎…もとい、風紀委員長の藤原さんは、制服の汚れた部分をパンパンと手で払うと未だソファで呆然としている俺に向き直った。

「まぁそれはええねん。で、この別嬪さんは何処のどなたなん?」

 キラキラした目で俺の顔を覗き込む藤原さんを見た会長が、額に手を当て大きく息を吐く。

「はぁ…だから嫌だったんだ、お前にこいつを会わせるのは」

 その言葉に、俺は会長の顔を見上げた。

「それ、どういう意味ですか」
「あ? あぁ、三澤は多分こいつの好み、どストライクだと思ったんだ。会わせれば絶対面倒なことになると思ってな…」

 だから、会長は俺を風紀室から遠ざけた。藤原さんの、好みど真ん中だから。そう、不細工好きで悪食な、藤原さんの好みだから。
 ふと、会長の言葉が蘇る。

『俺は別に、お前のこと不細工とか思わねんだけどな』

「おい、三澤? 大丈夫か? 藤原に何かされたか?」

 そう言って伸ばされた会長の手を、俺は思い切り振り払った。

「ッた、……おい?」
「俺、今日は帰ります」
「は? え、おい三澤!!」

 未だ嘗てない素早い動きでソファから立ち上がり、優勝出来るんじゃって速さの競歩で生徒会室を出た。




「あんのっ、嘘つき野郎!! 口から出まかせ野郎!!」

 あんな奴の言ったことを間に受けてた自分にも腹が立つわ! そんでもって、若干ショックを受けてる自分にショックだわ!!
 俺は不細工であって、不細工で無い訳がないのに。もしかしたら俺、会長の言葉がうれし………まで考えて、考えることを止めた。

「ナイナイナイ! そんな訳ない! 絶対なぁーーい!! あ〜くそっ、色んなことに腹が立つ!!」

 そこでふと思い出す。怒りに任せて生徒会室を出てきたが、明日から一体どうすんだ、と。

「やべ、気不味いじゃん俺…」

 俺が変な風に出て行ったのは間違い無いのだから、変な空気になってるのも間違いない。暫くは気不味いなぁと思いながら、先ほどから鳴り続ける携帯の電源を落とし、ポケットに突っ込んだ。
 その時にはもう、藤原さんの事など俺の頭からスッカリ抜け落ちていたのだった。


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