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「………」
「………」
「…………ぬあっ!?」

 ウトウトしてハッと目を覚ましたら、何故か目の前に好青年美形が居ました。

 ―――ガンッッッ!!!

「ったぁぁあ…」

 驚いた俺は、ソファの手置き部分に思い切り頭をぶつけた。

「何やってんだ」

 はぁ、と心底呆れた顔を見せた美形こと楢崎会長が溜息をつく。

「アンタがそんな近いとこに居るからっ、驚いたんでしょう!?」

 ――バサリ

「ん?」

 怒って飛び起きた俺から何かが落ちる。それは、仮眠室にあったはずのタオルケットだった。

「疲れてんだろ? 一時間やるから寝とけ」

 ソファの側から立ち上がった会長は、踵を返して自身の机に戻る。その間、俺はバカみたいにポカンと口を開けていた。

(このタオルケット、会長が…?)

 俺はここ数週間の忙しさ、もちろん生徒会の仕事であるのだが、その忙しさに目を回していた。正直目的であったはずの新聞部としての仕事、会長の記事作りでさえも今やってられるか! と後回しにしてしまうほどに忙しかった。

「いや…アンタのが寝てないでしょ」

 会長がここで寝泊まりして、夜中まで仕事をしていることは知っている。俺がそれに付き合い始めたのはまだ最近で、会長はもっと前から睡眠時間を削っているのだ。

「俺はもう慣れてる、お前は少しでも寝とけ。急に慣れないことをすると体調壊すぞ」

 誰だろうか…、この男を『俺様何様楢崎会長様』なんて言ったのは。
 俺が止めろと言ったからなのか、ここ最近生徒会室で会長の息抜きに遭遇する事が無くなった。前はあんなにアンアンやってたっつーのに。
 そんな会長の態度に、最近の俺は妙に居心地の悪い思いをしているのだった。


 ◇


「ああ言う変化球マジやめて欲しい。変化球っつか、むしろ魔球」

 会長に言われた通り慣れない仕事に疲れていた俺は、俺よりさらに疲れているであろう会長をほっぽいて…寝た。そう、あのまま本当に一時間貰って寝たのだ。
 気付けば携帯から設定した覚えのないアラーム音が聞こえて、目覚めた時には会長の姿が無かった。
 辺りを見回すと山積みになっていた風紀への提出書類と、生徒会顧問への提出書類が無かったことから、きっと纏めて持って行ったのだろうと推測した。
 一時間眠ったことで、漸く頭の中がスッキリとしている。そうして俺は、自身の頬をパンッと張って、使用済みの資料を手に取った。



 参考資料を戻すために、生徒会室とは別棟の資料室へと足を向けている時だった。

『……ッ、…、! ……ッ!』

 資料室がある別棟に生徒のクラスは入っていない。自ずと人の足は遠のき、少し埃臭くて薄暗い。そんな人気が殆んど無いはずの別棟の中から、微かに聞こえる声に俺は足を止めた。

「うっわぁ…すっげー嫌な予感」

 閉鎖的な男子校。人気のない場所。荒れた学園内の状態。

「これ、絶対制裁系でしょう…」

 正直面倒臭いし、関わりたくない。マジ勘弁な気持ちで一杯だが、正義感なんて殆んど持ち合わせて居ないにしても犯罪らしきものを見逃す訳にもいかず…。俺は声のする部屋を探すことにした。
 そうして近付けば近付くほど、嫌な予感は当たりを確信して。

 バァーーンッ!!

「なにやってんだーーぁ」

 しまった、棒読み過ぎた。

「ッッ!?」
「な、何だテメェ!!」
「んぅッ! んんんッ」

 予想通り、薄暗い埃臭い部屋の中では小柄な生徒が床に押さえつけられていた。口には何かの布が詰められていて話せない様だ。
 制服のジャケットは脱がされているが、乱されているにしろシャツとスラックスは身に纏っていることがまだ救いか。

「いや、こっちのセリフでしょ。こんなとこで何してんすか? 立ち入り禁止区域のはずっスよ、ここ」

 加害者側の生徒のネクタイは臙脂色…一年は青、二年は深緑、てことは三年なので一応敬語は使っておく。

「はぁ!? 見てわかんだろっ、お楽しみ中だよ! ボコられたくなきゃさっさと出てけ!」
「いやいや、出てくのはアンタらですよ。これでも俺、今一応生徒会の補佐なんでね」

 取っ捕まえる義務があるんです。そう言うと一人の顔色がサッと変わった。

「はぁ!? だから何だっつーんだこのブサイクが! 口出せねぇ様にボコってやるっ!!」
「や、やめろ! アイツ、新聞部の三澤だっ」

『新聞部の三澤』。それを聞いた残りの一人も漸く立場を理解したようだ。

「チッ! 行くぞっ」
「ッ、」

 二人は唾を吐き捨てる様にして走り去って行った。こんな時、つくづく思い知らされる。この学園で俺が無事で居られるのは、間違いなくバック(実家)のお陰であると。
 さっきの二人も、間違いなく『三澤』の名前に反応していた。自身のバックと比べ、俺のバックの方がランクが上だと判断したから逃げ出したのだ。
 あれがもしも俺の実家よりも力の有る家の子息だったとしたら…俺も無事では済まなかっただろう。

「立てる?」

 未だに床に転がっている子に手を貸して、俺は思わず声を漏らした。

「げっ」

 転がっていたのは他の誰でもない、会長の親衛隊隊長、宮部アキだったからだ。そう、以前俺の両頬をパンパンに腫れ上がらせた張本人である。

「むぐぐっ、ぷはっ! ちょっと! げっ、は無いでしょう!? さっさとコレ解いてよっ!!」

 アンタは女王様か? 襲われてたってのに目に涙さえ溜めちゃあいない宮部には、こっちが恐怖を覚えるっつーの。

「ハイハイ…」

 縛り上げられていた両腕を解放してやれば、助けてくれた相手に向けるものとは思えぬ目を向ける宮部。殴りてぇ〜。

 宮部アキは、親衛隊隊長の名を持ちながらも学年は俺と同じ二年だ。一番人数が多い楢崎会長の親衛隊の中で、更に人数が一番多い三年を差し置いて隊長の座を手に入れた男、それが宮部アキだ。

 ………男、だよな?

 こいつ程男という性別が似合わない奴も居ない。それくらい宮部は女顔で小柄だった。
こんな華奢な身体じゃ、あんなガチなスポースマン二人相手に歯など立つはずが無い。

「……なに?」

 不機嫌に聞き返す宮部。どうやら、俺は声に出していた様だ。

「卑怯だなって話。はい、さっさと本館に戻れよ?」

 宮部の拘束を解けば、もうここに用はない。脇に避けておいた資料の束が入った袋を手に取り、俺は再び資料室へと足を踏み出した。





「で、何で宮部までここに来るわけ?」

 資料室の中、それも資料を戻す俺の後ろをずっと付いてくる宮部。何だこいつ、キモいな。そんな気持ちが顔に出たのだろう、俺の背中に宮部の足の裏がヒットした。

「はぁあっ!? おまっ、何すんだこの野郎!!」
「ウルサイこの不細工三澤! あんなとこに置き去りにしようとするなんて、アンタ馬鹿じゃないの!? 僕はこんなに可愛いんだからっ、また襲われるに決まってる! 教室まで護衛するのが普通でしょ!?」

 ………はぁああぁあ!?

 え、なに? 何なの? え? こいつまじで何なの、え?? 助けて貰ったお礼も無しにっ、も、このっ、このクソ野r……

「って、ぇぇえ…何で泣いてんだよぉ」

 アレだけの暴言を吐きながら、宮部はその大きな瞳からポロポロと涙をこぼし始めた。

「ひっ、ぅく…ひっ」
「あーーもーーぉ、分かった、わかったから泣くなよ天下の宮部様がよぉ〜」
「クソッ! クソ三澤っ!」

 まっ! 本当なんて口の悪い子でしょ!
 でもまぁ強気に見えたこの宮部も、実際強姦未遂はかなり怖かったのだろう。虚勢の仮面は遂にボロボロと剥がれ落ちた。
 仕方ないので、俺はそのまま宮部を好きにさせることにした。


 淡々と資料の片付けをしていると、いつの間にか泣き止んだ宮部が膝を抱えて座っていた。それも、俺をジッと見て。

「……アンタ、さ」
「んぁ?」
「何で、美形が嫌いなの」

 唐突な質問に、俺は思わず手を止める。

「何だそれ」
「だって…アンタ有名だもん。美形嫌いの三澤って」

 それはその通りなんだけども。でも、何で俺なんかの話が出回るワケ? 不細工のネタなんか、誰が好んで拾うと言うのだろうか。

「どんな美形にも落ちない。絶対宇宙人だって言われてるよ、アンタ」

 あ……ナルホドね!

「あんなに綺麗な岩佐様が側に居てもまるで見てないし、あの楢崎会長様にですら暴言吐くし。最初は、会長様に近付く為に嘘ついてるんだと思ってた」

 でも、ずっと見ていたら分かったらしい。俺が楢崎会長に本当に興味が無いことを。つか、そんなん当たり前だっつの。どうしてこうこの学園の奴らは簡単に男同士をくっ付けたがるのか。

「あんたら的には、俺が美形嫌いのが都合良いんだろ? だったら気にする必要無いじゃん」

 正直余計なお世話だと思うし、放っておいて欲しい。だが、意外と宮部はしつこかった。

「有るよ!」
「なにがぁ?」
「美形が嫌いってのもおかしいと思うけど、会長様を嫌いだなんて、絶対おかしいもん!」

 なにそれ〜。この世の中に、絶対なんて無いんだぜ? 宮部くん?

「おかしくない。嫌いなもんは嫌いなんだよ。お前の意見押し付けんな」
「だったら、どうして嫌いなの!?」

 興奮した宮部は、遂に俺の制服を握ってあちこちに振り回し始めた。

「やめっ、止めろって!」
「どうして!? ねぇどうして!?」
「あーーーっ、もう!! 簡単な話だよっ! 俺の好きな人が、楢崎会長を好きだったからだ!!」

 あんまりしつこくて、思わず誰にも言った事のなかった話を零してしまった。宮部はきょとんとした顔を見せた後、思い切り怒りで顔を歪ませる。

「何だよ、それ……会長様は何も悪くないじゃないか!」
「あーそーだな、お前には分からねぇよな! 不細工の気持ちなんか、少しもさ!」



 まだ幼い頃だった。
 その子は凄く、凄く綺麗な女の子だった。色素の薄い髪は、光を浴びると亜麻色に輝いた。大きな瞳は潤んで綺麗で、瞬きをする度に長い睫毛が揺れた。
 幼いながらに魅了され、整わない容姿を必死でまともに見せようと頑張った。恥をかかぬ様、引けを取らぬよう難しい勉強も進んでこなした。でも…

「ごめんなさい? わたし、うつくしいものにしかきょうみがないの」

 そう言って彼女が駆けて行ったのは、他でもない、楢崎斗真の元だった。
 深く話すことも叶わなかった。ほんの一瞬俺の顔を見ただけで、不純物として彼女の世界から外に避けられたのだ。
 確かに、楢崎斗真は何も悪くない。けど、当たり前の様な顔をして彼女と話す彼が許せなかった。努力も無しに認められる彼が、どうしても許せなかったのだ。

 子供に測れるものなどたかが知れている。彼女が楢崎斗真を選んだのは、その見た目の煌びやかさだけだと分かりきっていた。
 幼い子供の言ったことだ。今考えれば下らない事だと思える。でも、あの時の俺は、あの世界が全てだったのだ。
 あの日俺の中で、その煌びやかな世界が嫌悪の対象になった。

「見た目の作りだけで、世界に仕切りを作るんだよアンタらは。現に、ずっと俺を不細工だと蔑んできたろ?」

 勉強が出来ようが、スポーツが出来ようが、まして性格が良かろうが関係ない。見た目の作りがイマイチと言うだけで、見目の麗しい奴らは俺を下等な生き物だと蔑む。
 宮部は顔を複雑に歪ませ、固唾を飲んだ。

「まぁ安心してよ。楢崎会長は嫌いだけど、邪魔とか嫌がらせとかする気は一切ないから。今後、会長特集の仕事が終わったら関わる気も無いし」

 残りの資料を棚に戻す間、宮部は何も言わなかった。結局宮部は、教室に送り届ける間も一言も言葉を発しずに終わった。

 
 男も女も、美形は嫌いだ。彼奴らは世界が自分を中心に回っていると思っている。美しいもの全てが、自分の物だと思っている。見劣りするもは直ぐに上から抑え付け、従わせようとする。

 嫌いだ。
 美形なんて、大っ嫌いだ。

 俺の心は幼いまま、成長していないのかもしれない。だから気付けない。
 本当に中身を見ようとしていないのは、誰?

 俺は自身の矛盾に、まだ、気付けない……


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