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斎藤くんに腕を引かれるままに辿り着いたのは、使われてない空き教室。さっきまでの騒ぎが嘘のように周りはとても静かだ。
「斎藤くん、こっち向いて?」
背を向けられたままは寂しい。僕も泣き腫らした顔を見せるのは恥ずかしいけど、ちゃんと向き合って話したい。
恥ずかしそうにこちらを向いた斎藤くんは、手の甲で顔を隠して少し俯く。その耳は、真っ赤に染まっていた。
「あの…「さっき言ったこと、嘘じゃねぇから」」
僕が何か言う前に重ねられた言葉は嬉しいものだった。けど。
――信じられ無いか?
そう問う斎藤くんの言葉に、僕は何も返せなかった。
言われた言葉は嬉しい。今すぐ大声で叫びたいほど嬉しいんだ。でも…
「お前が俺の言うことを信じられねぇって言う気持ちは分かる。自分でも…急激な変化に戸惑ってんだ。その上お前の純粋な好意を俺は一度…。本当はもっと時間をかけてお前に伝えられたら良かったけど、でもそんな余裕無かった」
「時間…一ヶ月の約束?」
斎藤くんは首を横に振った。今度はしっかり僕の目を見つめる。
「それも有るけど、違う。チンタラしてたら、お前がどっかに攫われちまうから…」
盗られてしまう前に。手が届かなくなってしまう前に。例え信頼性に欠けたとしも。あの場で、直ぐにでも決着をつける必要があった。
【SIDE:斎藤】
昼休み、売店に行った筈の中田が息を切らせて戻ってきた。
「コウ! ヤバイ!! 高須にあの平凡取られる!!!」
阿呆みたいに端的な伝言ではあったけど、理解はした。そして聞いた瞬間全身の毛が逆立つほどに焦りを感じた。
頭に浮かぶのは“誰にも奪われたくない”、ただそれだけだった。
ガムシャラに走って向かうのはアイツの教室。教室の前には人だかりが出来ていて、聞こえたのは…
“僕と付き合って?”
何かが弾けた音がした。自分の鈍い感性のせいで、今度こそ大切なものを失うかもしれない。焦った俺は高須にも、優にも、自分勝手で都合のいい理屈を捏ねた。
それでも優は、俺を、好きだと言ってくれた。好き過ぎて辛いから、助けて欲しいと泣いた。
俺の心に生まれた気持ち。それが“愛”だとか“恋”だとか、そんな事はもうどうでもいい。ただ泣き崩れる優を見て、俺は…
「一緒に過ごしたのが僅かでも、そんなの関係ねぇよ。俺はお前に…幸せそうに笑ってて欲しいんだよ。俺と一緒にいて幸せそうに笑うお前が、愛おしい」
目の前でこれでもかって程見開く視界を遮る様に、軽く口付けた。まだ放心したままポカンとしている優の頬を両手で固定して、もう一度口付けると、驚いた拍子に少し隙間が出来たので舌を滑り込ます。
「っ、ぁむ、ん、んぁっ」
ちゅっ、くちゅ、くちゅり
密かな水音と、優の苦しげな喘ぎが静かな空間に響く。たまらなく愛おしい。
これは、
この可愛い男は、
俺のもの。
確認するように唇を離し、プツリと切れた銀糸を追って優の下唇をペロリと舐める。そのままじっと優を見つめると、恥ずかしそうに目線を彷徨わせた。
「俺を男にしたのはお前だ。責任は取ってもらう。今までのなんか比べものにならねぇくらいに愛してやるから、覚悟しとけよ?」
そう告げると、目を見開いてこちらを見る。けれど直ぐに蕩けた様な笑みを見せ、俺の首元に顔を埋めてぎゅっと抱きついた。
そっとその背をだき返せば、互いの熱は溶け合う様だった。
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