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「#エロ」のBL小説を読む
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「俺、人の趣味にとやかく言うつもりは無いけどさ、犯罪者を家に入れたくはないんだよね」

 通い始めて二度目にして、僕は謎の危機に陥っていた。

 来てすぐに掃除を行い、昼食を用意した。その間刺すような視線に晒されながらも何とか用事を済ませ「では私はこれで失礼致します」、そう口にした時だった。
 無言を貫いていた彼が漸く口を開いたかと思ったら…何なんだ、この人は。

「あの、おっしゃる意味がよく…」
「一昨日の夜、俺、S町のホテル街に居たんだよね」
「えっ、」

 物覚えが悪くなってきたとは言え、数日前の事を忘れるほどまだ呆けてはいない。自分の身に起きていることを悟って僕は体を震わせた。
 犯罪って…何なんだよ。

「あれってさぁ、違法なんじゃないの? いや、そう言う趣向の奴が居るのは分かんだけどね」

 僕は、人を好きになっただけで犯罪だと言われなくちゃ、違法な行為だと言われなくちゃいけないの?

「でもさ、やっぱそれは家でエロ本でも読んでさ」
「……て……か」
「は?」
「ゲイは……家の中でエロ本だけ相手にしてろって言うんですかッ!!!」

 僕は震える手に力を込め握りしめた。






 ゼェ、ゼェ、ゼェ

 初めての他人に切った啖呵は想像以上に僕の体力を削り…思わず玄関に座り込む。

「ね、ねぇ…ちょっと」
「僕がゲイだからって、何か貴方に迷惑をかけましたか」
「ゲ!? い、いや、そうじゃなくて…俺が言いたかったのはさぁ、」
「ゲイは人を好きになっちゃダメなんですかっ!」

 あ、不味い。少しだけ泣けてきた…。

「じゃなくてさ! 俺はただ、未成年を相手にするのはどうかって思っただけで…て言うか、ゲイって…」
「ぐすっ、未成年て、何のことですか? 僕も彼も、立派に成人してますけど?」
「か、彼……え、あれ成人した男なの!?」

 どう考えても僕を例のネタで脅そうとしていた男、松原伊織は、突然呆気にとられた顔で僕を見下ろしていた。

「そ、そうですけど…」
「何だよ…あれで二十歳超えてるとかマジかよ…俺、てっきり未成年の女の子かと思って」
「女の子?」

 言われたことを考えて、少しして久弥くんの顔を思い出して、そしたら急に笑いが込み上げてきた。

「ふふっ、もしかして松原さん、僕が援助交際か何かやっていると思ったんですか?」

 思い当たったことを切り出してみると、彼は顔を赤く染めて目を逸らしてしまった。

「大丈夫ですよ、警察に捕まるようなことは僕、やってませんから」

 貴方にご迷惑はおかけしません。
 僕がそう言うと、松原くんは僕と同じ位置に座り込んだ。

「何だよもぉ……俺ってダセぇ…」
「???」 

 僕は首を捻る。

「どうしてダサいんですか? 犯罪を止めろと言うことは別に、何も可笑しくないと思いますけど」

 そう言って目の前で蹲っている彼の顔を覗き込むと、彼はまだ赤味の引かない顔を片手で隠しながら、チラリと僕を見た。

「違うんだよ…」
「ん?」
「そんな正義的な話じゃなくて…俺、ただアンタを少し困らせたかっただけで…」

 ――んん!?

 僕はますます首を捻った。

「僕…そんなに嫌われる様な事をしましたか?」

 たった数時間掃除をしに来ただけの、あの間に?
 やっぱり僕のこの見た目のせいだろうか…そう思って自身の顔に手を当てた時だった。

「アンタの事が羨ましくて、ちょっと困れば良いのにって…思って…」
「羨ましい?」
「一人でここに来るんだから、仕事だってちゃんと任されてるんだろ? 見た目だってキチンとしてるから、馬鹿にされたことなんて無いんだろ? そう思ったら、何か凄いムカついて」

 ホテル街で見かけたとき、悪魔が囁いた。“あの苦労知らずを苦しめてやろうぜ”と。

「あの…」
「アンタは俺に無い物いっぱい持ってんだろうな、とか」
「ちょ、ちょっと」
「俺なんかと違って、嫌な思いなんてする事も無いんだろうな、とか」
「ちょっと待って下さい!!」

 この人、一体何を言ってるんだろう!?

「僕、今まで生きて来て一度も良い思いなんてした事無いですよ!?」

 殆んど叫ぶみたいに言えば、松原くんは目の色を変えて僕に掴みかかってきた。

「嘘つくなよ!」
「うっ、嘘なんかじゃありませんっ! この顔のせいでどれだけ苦労してきたか!! それこそ貴方の方が得ばかりでしょう!?」
「ンな訳無いっつの! 俺の容姿に寄ってくる奴なんて碌な奴いねーし!」
「え!?」
「仕事でだって必要とされねーし!」
「ぇえ!?」
「俺なんか、俺なんかどうせッ」



 ―――生きてる意味なんか無いんだッ!!






 これは一体何事なのか…?

 出会った時から威圧的で、どう考えたって上から目線だったはずの彼が…どういう事か今は僕の胸にしがみ付いてポロポロ涙を零し泣いている。
 あの誰にも媚びなさそうな、煌びやかな青年が、だ。

 その姿はまるで、親に置いてけぼりにされた小さな子供の様に見えた。訳のわからない状況に翻弄されながらも、僕は彼の震える背中を摩る。
 そうするべきだと思った。なぜか彼は今、人の温もりを求めている様な…そんな気がしたのだ。


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