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 とんでも無く高そうなマンションの最上階。モデルの様にスタイルの良い長身を携えた、如何にも水商売風の美青年は僕の顔を見てこう言った。

「あれ、オッサンじゃん」


 ◇


「ねぇ、何で男が来たの」

 持ち込んだ道具を広げ早速掃除に取り掛かろうとすると、僕の後ろで派手な青年が壁にもたれ掛かりながら話しかけてきた。

「何故、と言われましても…」
「もらった書類には女の名前が書いてあったけど?」

 そこまで聞いて、ああ、と納得した。

「それは誤解です、きっと」
「はぁ?」
「私の名前は、カシイ・ヨシノリです」
「それはさっき聞いたけど」
「ええ、そうですね。ただ、ヨシノリは美しいに糸偏の紀すと書いて、ヨシノリと読むのです」
「………ミキじゃないの」
「ヨシノリです。男性宅へ女性を一人で向かわせる事は、様々なトラブルを避けるためにも行っておりません」

 週三回の通い家政婦を雇った、目の前の派手な男…松原伊織(まつばらいおり)は、一瞬だけ驚いた顔をしてから直ぐに眉間に皺を寄せた。

「あっそ、まぁそれはどーでもいーけど掃除だけはちゃんとやってよね」

 そのままサッサと立ち去る彼の後ろ姿に、僕は心の中で“勝った!”とガッツポーズを決めた。まぁ、何に勝ったのかは謎だけど。





 香椎美紀(かしいよしのり)、28歳。
 身長は173とそこそこ伸びたのだが、顔面に関しては細く腫れぼったい目が仇となり、人からは避けられる事が非常に多い。
 つまり、容姿に関しては得をする事が何一つ無いという事だ。

 そんな容姿は人生の妨げにばかりなり、学生時代は常に孤独だったし、バイト時代から正社員になるまでの面接では容姿を元に落とされること数十件。
 そうして漸く入社した会社でも…

『君ねぇ、顧客側からの評判が悪いんだよねぇ…』

 雰囲気が陰気臭いと言われ、しかし笑えば“気味が悪い”と言われ散々だ。
 結局仕事は半年でクビになり、その後幾つか職を転々としてから、今は親戚の経営する家政婦派遣の会社へと落ち着いた。

 家政婦としての仕事は基本的に掃除が多いため、それを理由に常にマスクを着用している。そのせいなのか余り以前の様な容姿に関しての苦情は受け無くなった。
 料理も苦手では無いし、一人で黙々と行う掃除も割りと好きだ。案外、向いているのかもしれない。

 このスウィートルームの様なお宅へは、平日の間に週三回通うことになっている。指定された時間は朝八時から十三時まで。

 朝食は不要で、到着後直ぐに掃除に取り掛かり昼食を用意したらそこで終わりだ。
 初の出勤を果たした今日も例外なく、軽い自己紹介をした後直ぐに掃除に取り掛かった。
 背中に、刺すような視線を感じながら…


 ◇


 僕には夜な夜な通う店がある。それは、男が男の肌を求め相手を探す場所だ。

「あ、美紀さんだ!」
「久弥(ひさや)くん」

 いつもの店で、いつもの馴染みに出会う。
 僕よりもカナリ若いであろう久弥くんは、見た目は物凄く可愛らしいのに中身は超ド級の肉食男子。しかもタチだ。

「今日はまだ相手見つかって無い感じ?」
「あ、うん…」
「ふふ、可愛い。じゃあ今日も僕でどう?」
「また僕で…良いの?」
「当たり前じゃなーい! だから誘ってるんでしょう?」

 にっこりと微笑まれ、僕はその甘さに呑み込まれた。

 使い慣れたホテルに向かい、また、いつもの夜が始まる。
 心の伴わない、快楽だけを追った夜だ。









「家政婦のお仕事はまだ続いてる?」

 その可愛らしい見た目に似合わぬ慣れた手つきで、久弥くんが煙草を咥える。

「ああ、うん。苦情が無いわけじゃないけど、案外掃除と家事の腕以外には興味無い人が多いから…」
「えーっ! 勿体無い! こぉ〜んな魅力的なお尻が来たら、ボクなら即行で襲うけど」

 そう言って久弥くんは、まだ使ったばかりで敏感になっている僕のお尻を撫で上げた。

「あッ、」
「ふふふ、びーんかん」
「も、もうっ!」

 久弥くんの手は僕をからかっただけでまた直ぐに煙草に戻る。僕は枕に顔を埋めながら、ふと昼間のことを思い出した。

「美紀さん? どうかしたの? 眉間にシワが寄ってるよ」
「うーーん、今日のお客のこと思い出して」
「なぁに、タイプだったの?」
「まさか! あんなチャラ男嫌だよ!」
「チャラ男だったんだ」

 光沢の入ったスーツに、シルク生地の派手なシャツ。品は良いけど、少し強めに付けた香水。明るく染め抜かれた長めの髪。

「どう見てもお水系なのに、全くお酒の匂いがしないんだよね」
「仕事、知らないの?」
「プライベートな事は聞いちゃダメなんだ」
「まぁそうだよね」

 平日の昼間に家にいるのだから、やっぱり夜の仕事だと考えるのが妥当だ。でも、夜の仕事であれ程お酒の匂いのしない人は初めてだった。

「あの人…何してる人なんだろ?」

 まだ随分と若そうなのに、あれ程良い部屋に住んでいるのだから金回りも良いはずだ。
 考え付く仕事はホスト位しかないのに、どこかしっくりこないその雰囲気。
 滅多と他人に興味を持たない僕の頭の中は、珍しく他人のことでいっぱいになっていた。










「ねぇ、どうしたの?」
「………」
「やだぁ、ホテル街なんて見て! もしかしてお誘い〜? アタシ全然イケるけどぉ?」
「バァカ、誘ってねぇよ。行くぞ」

 残念そうに項垂れる派手な女を腕に絡ませ、一際煌びやかな男がホテル街から目を逸らした。


「へぇ、あいつ援交野郎なんだ」

 形の良い唇が、軽薄そうに歪んだ。


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