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「眞耶(まや)ちゃん、ポテトとトマトサラダお願い」
「分かった」

 冷凍庫からポテトを取り出し網に入れると、網ごと油の中に放り込む。直ぐさまタイマーをセットして、その間にサラダの準備に取り掛かった。
 トマトと一緒に乗せるのはモッツァレラチーズだ。

「昔の手つきは見る影も無いね」

 ウエイターをする麻美ちゃんが、カウンター越しに厨房を覗き込み笑った。

「ポテトは揚げるだけだし、トマトは切るだけだからね」
「何言ってんの。前はそれすら出来なかったじゃない」
「……そりゃ、もう半年経ってるから、流石にね」
「もう半年も経ったんだ? 早いなぁ〜」

 麻美ちゃんはカウンターに頬杖をついて、懐かしそうに目を細めた。


 ◇


 今から半年前。忙しない時間からまるで隔離されたようなこの街の境目に、俺はずぶ濡れになりながらポツンと立っていた。人生に絶望していたのだ。
 社会人になって一年。漸く仕事にも慣れ心に余裕が出来た頃、俺は何度目かの恋をした。
 相手は職場の同期で、男だった。

 今までひた隠しにして見て見ぬ振りしてきた自分の性癖に、この時やっと諦めがついた。だからと言って彼に付き合って下さいなんて言えるはずもなく、ただひっそりと…そう、ひっそりと恋をしていた。なのに…。

『眞耶! これは一体なんなの!?』

 母親が手に持つのはゲイ雑誌。同僚に向けるわけにはいかない欲求を逃がすために、生まれて初めて勇気を出して購入したものだった。
 甲高い叫び声のような怒声が今も耳に蘇る。
 父親にまでバラされ、家を追い出されたのはその日のうちの事だった。その日以降、両親から連絡は無い。

 何とか一人暮らしを始めてみたものの、余りにショックが大きかったのか、それとも。
悪いことは続くもので、俺は職場でやってはいけないミスを犯した。

 仕事に関してではない。

 想いを寄せる同僚の手に触れ、思わず不自然な程に手を引いてしまったのだ。まだそれだけなら誤魔化しようがある。でも、その時の俺は鏡で見なくても分かるほどに赤面していた。
 同僚は何も言わなかった。いつも通りに、何事も無かったかのように時を流してくれた。

 人間とは不思議なものだ。

 俺にはそれが耐えられなかった。罵られるよりも、蔑まれるよりも、何よりも。無かったことにされた事が辛かった。
 結局俺は、次の日辞表を出し会社を辞めた。そして気付けば、雨の中でこの世界への入り口に立っていた。

「何やってんの?」

 俺の頭上に傘を差し出し声をかけてきたのは、とても綺麗な女性…の様な背の高い男性だった。

「アンタ、“こっち”の子?」

 それがどういう意味なのか直ぐに分かってしまう。俺は黙ったまま首を縦に振った。

「一緒にいらっしゃい。そんな所にそんな格好でいたんじゃ格好の餌食よ」





 マスターに拾われた時の事を思い出していると、店の奥でワッと歓声が上がった。

「まるで砂糖に群がる蟻よね」

 歓声の上がった方を見た麻美ちゃんが呟いた。
 そこには一際目立つバーテンダー、志津竜馬(しづりょうまが)、我も我もと群がる客に自慢の腕をふるっていた。
 俺が無言で目を逸らすと麻美ちゃんは鼻で笑う。

「なぁに? まだ仲悪いの?」
「……まだも何も、アイツとは合う気がしない。人種が違うんだよ」

 人を惹きつける華やかな容姿に、スラリとしたスタイル。緩くパーマをかけられた明るい髪は、俺の硬く短い黒髪とは正反対に柔らかそうだ。

「ふふっ、初対面でお尻揉まれたんだっけ?」
「ッ、はい! ポテトとサラダ!!」

 ダンっ!! と音を立てた皿をカウンターに置けば、麻美ちゃんはケタケタと笑いながら客の元へと運んで行った。その背を見送り、俺はカウンターに突っ伏す。

 土砂降りの雨の中、綺麗な女性の様な男性に連れられやって来た一軒のカフェバー。
 目に付く殆んどの客が自分と同じ性癖であることは見て直ぐに分かったが、不思議なことにそこには所謂【ノーマル】と言われる普通のカップル達も居た。

「私の趣味で、ノーマルの人たちもお客として受け入れてるの。たまに冷やかしで来るタチの悪いのもいるけど……まぁ、それはそれで面白いのよ」

 そのバーのマスターで有るらしき男性は、そのままカウンターの奥へと姿を消す。そうしてポツンと立たされてから数分後、彼は俺に被せるバスタオルを一枚と一人の青年を連れて戻って来た。

「うわっ、マジか!」

 何が“マジ”なのか分からず俺は首を傾げる。
 すると青年は瞳を輝かせておもむろに近づいて来たかと思うと、突然俺に抱きつき…。

「最高のプリケツ!! 何かスポーツやってんの?」

 そう言って奴は俺の尻を鷲掴み……揉んだのだ。

「ひゃああっ!!」


 ◇


「ごめんなさいね、殆んどお店任せちゃって」
「大丈夫です、今日はそれ程混まなかったし」

 野暮用で抜けていた、マスターこと静(しずか)さんが掃除をする俺の肩に手を置く。
 お店は朝の三時半に閉店する。
 三時半から掃除を始めて、一時間から一時間半後に解散するのがいつもの流れ。

「混まないのも困りものだけど」
「まぁ、今日は月曜日ですから」

 はぁ、と溜息をつく静さんに俺は肩を側めた。

「じゃあ、掃除終わったので上がります」
「え? リョウちゃん待っててあげないの?」

 静さんがまだグラスを拭いている志津に視線を投げる。

「俺たち一緒に帰ったことなんて有りませんよ。手伝える事も無いですし」
「全く…あんた達は…」

 麻美ちゃんと似たような反応を示した静さんを無視して、俺はロッカーから荷物を引っ張り出した。

「今日も行くの?」
「もちろん」
「元気ねぇ…ジェシーにヨロシク伝えてね」
「はい。じゃあ、また休み明けに」
「えぇ、お疲れ様」

 お気に入りのキャップを深く被ると、勢いよく店から飛び出した。その後ろ姿を志津が見送っていたことに、俺は気付かなかった。


 ◇


「おはよう眞耶ちゃん」
「ジェシーさん、おはようございます」

 店から少しだけ離れた場所にある、川沿いの土手。目的の場所に着けば既に先客があった。
 顔には剃っても消えない髭の青い跡。目にも鮮やかなショッキングピンクのスカートからは、ムダ毛こそ処理してあるものの格闘家もビックリなゴツイ足が曝け出されている。

 それでも。
 それでも彼は、【彼】では無く【彼女】なのだ。

「また仕事からそのまま来たの?」
「はい、帰り道の途中ですから」

 俺は荷物の中からグローブを取り出し左手に嵌めると、同じようにグローブを嵌めたジェシーさんと準備運動を兼ねたキャッチボールを始める。
 これは、毎週月曜日の朝の日課だ。これからまだまだ人が集まり、やがて野球チームになる。
 月曜日の早朝から野球をやれるのは特殊な職業の人が多く、ジェシーさんもその一人だ。そして、俺も。

「ジェシーさん、静さんがヨロシクって」
「あら静が? またお店に顔出さなきゃね」

 にっこり笑うジェシーさんにつられて、俺もふっと笑う。

「あの子は元気?」
「あの子…ですか?」
「ほら、綺麗な顔したバーテンの子よ」
「ああ…志津ですか。元気、だと思いますよ」
「あらやだ、まだ仲が悪いの?」

 バシッ、と自身のグローブに球が入る。それを弄びながら、俺はムスッと口を突き出した。
 みんながみんな、志津と仲良くしろと言うのだ。初対面の俺の尻を揉むような、男も女も関係なく、誰にでも見境なく手を出すロクデナシだと言うのに…。
 見た目の華やかさも、友好的な性格も、俺とは正反対の人間志津。

「俺とアイツは合わないです、っよ!」

 合わない。あんなチャラチャラした男とは合わない。
 嫌い。
 大嫌い。





 嘘。


 本当は、好き…




 力一杯投げた球が、今度はジェシーさんのグローブの中でバシリと音を立てた。


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