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アオ編

 目の前を見知った人物が通り過ぎる。知りすぎているはずのその人は、俺の事なんて知らない様な顔だ。

「慎也さん」

 そんな相手の態度を気にせず声をかければ、相手は驚いた顔をしてこちらを振り向いた。

「…アオ」

 思った以上に小さな声。まるで誰かに聞かれることを、知り合いだと知れることを恐れている様な声。

「もう今日は講義無いんですか?」

 相手の態度を全く無視した俺の対応に、目の前の彼は些か戸惑って、チラリと俺の横を伺う。その間も視線を外さずジッと返事を待つ俺に、彼は少しだけ困ったように眉尻を下げた後遠慮気味にコクリと頷いた。

「一人で大丈夫ですか? よかったら俺、一緒に行きますよ」

 俺がそう言うと、慎也さんはさっきより更に驚いた顔になって、今度は首をブンブンと横に勢いよく振った。

「いっ、いいよいいよ! まだ明るいし、ホント最近は結構平気になって来たからっ」
「え、本当に? 遠慮してませんか?」
「大丈夫! ホントにっ!」

 それ、首がモゲるんじゃ…と言う程に首を振るから、思わず俺は笑いながら「だったら良いんですけど」と見切りをつけて引き下がった。
 じゃあまたね、とこれもまた遠慮気味に挨拶の言葉を落とした後、俺の隣の存在に小さく会釈して去って行く背中。
 先ほどから痛いほどに送られてくる隣からの視線に、背中が見えなくなってから漸く振り向いた。

「なぁ、前から気になってたんだけどさ、お前ってあの人と知り合いなんだっけか?」
「慎也さん? うん、友達だよ?」
「友達ぃ?」

 慎也さんに負けず劣らず男前な友人の柾斗は、納得のいかない顔で首を傾げた。

「なに、その不満顔」

 理由なんてわかりきっているけど、ちょっと笑える顔なので突っ込みを入れてみれば柾斗の眉間は更に皺を増した。

「だってさ、あの人さっき、お前の事スルーしただろ」

 増した皺が自分を思ってなのだと分かると、胸がふんわり暖かくなる。でも、それと共に痛みも感じた。
 あの人は、こんな温かみを知らないのかもしれない。

「仕方ないよ、あの人は俺を友達だと思って無いからね」

 そんな俺の言葉に柾斗はあからさまに嫌な顔をした。

「あ〜ごめんごめん、違うんだよ。悪い意味で取らないで? 慎也さんはさ…、『自分には友達を作る資格が無い』って思っちゃってるんだ」

 なんだよそれ、と言った柾斗はおかしくない。
 友達を作るのに資格が有るとか無いとか考える人間が、この世の中にどれ程居るのだろうか。

「あの人には何があっても絶対に手放したくないって人達がいて、それを守る為にならなんだって犠牲にしちゃうんだ」

 そう、それが例え自分の体であっても。きっと、命であっても。 

「だからあの人……いつも一人なのか?」

 柾斗は基本すごく優しい。先ほどは俺の事を知らない振りをした慎也さんを許せなかったのだろう、とても怖い顔をしていた。友達である俺のために。けれど今の柾斗の表情は逆に悲しげに歪んでいた。

「あの人の大切にしたい人達は、それを望んでるって言うのか?」
「さぁ、どうなんだろうね」

 実際のところよく分からなかった。

「慎也さんを“ああ”したのは間違いなくあの人達だと思うんだ。けどさ、やっぱり一緒に居ると…たまに後悔が見える時がある」

 自分たちだけを見るように仕向けいているのに、それに従順に動く慎也さんを見て辛そうな顔を見せたりする。

「純粋に友達として側に居たいんだ。慎也さんにも、こんな温かみを教えてあげたい」

 そう言って柾斗の肩を組めば、ちょっと嫌そうに見せながらも、困ったように笑った。





「何してんの」

 疑問符を使わないのは、何をしているか知っているから。

「あっ、あんたは!」
「何だよ! お前には関係無いだろ!?」

 俺を知らない振りして通り過ぎて帰っていく背中の後を、今日は黙って追いかけた。

「醜いことしてんなよ。アンタら、これがあの人たちにバレたらどうなるか……分かってんだろうね」
 
 匂わす程度に言葉を吐けば、見事にそいつらは顔色を俺の色に変えた。笑える。何の覚悟も無くこの人にちょっかいかけるなんて、本当に馬鹿としか思えない愚行だ。

「分かったらさっさと消えなよ。あんまりしつこいと、まずは俺から行かせて貰うけど?」

 自慢じゃないけど俺だって中々の腕を持ってる。あの人たちと比べると劣るけど、ちょっとやそっとじゃ負けたりしない程度には自信がある。まぁ、今取り囲まれてる人も強いんだけどね。
蜘蛛の子を散らすように去って行った雑魚たちを視線だけで見送って、取り残された被害者に目を向ける。

「で、何やってるんです、慎也さん」

 自分でも分かるくらい不機嫌な声が出た。見事にそれを感じ取った慎也さんの体がビクリと揺れる。
 細かく震える身体を薄暗い場所から引っ張りだすと、そのまま逃げられないように壁に押し付けた。

「今日が初めてじゃないでしょ、何時からですか」

 確信を持っているからここでも疑問符は使わない。それが余計に怖かったみたいだ。慎也さんはギュッと唇を噛んで俯いてしまった。

「黙ってれば逃れれるとでも? 言わないなら、今の事を悠也さん達に言いますよ」
「ッ!?」
「言ったら今の奴ら、どうなるでしょうね」

 我ながらあくどいやり方だと思う。けれどこうでもしないと彼は絶対に口を開かないだろう。例え自分に危害を加えようとした人間であっても庇おうとする。
酷く臆病で、愚かで…とても優しい人。

「アオ…アオ、お願い、言わないでっ」
「だったら話してください、何時からですか」

 目に涙をいっぱい溜めながら、慎也さんは「一ヶ月くらい前から…」と小さく呟いた。

「暴力は」
「な、無い…」
「でしょうね」

 体に傷を付ければすぐにあの人たちにバレてしまう。そんなことくらいは、あの馬鹿野郎たちも分かっているらしかった。だから、この人の苦手な暗がりにワザと連れ込んだ上で目には見えない場所へ傷を沢山沢山付けたんだ。

「何を言われてきたか…まぁ大体想像はつきますよ。嫉妬に狂った奴らの言うことなんてどうせ下らない事だ、気にしなければ良い。でも、慎也さんはそういうの全部受け止めちゃうでしょ? どうして黙ってたんです」

 こんな問いの答えだって分かりきってる。あの人達にも、俺にも、迷惑をかけたくなかったからだ。

「俺…気にしてないから……」
「嘘。いっぱい血が出てる。もう直ぐ出血多量で死んじゃうくらい出てるじゃないですか」

 少し強めに慎也さんの胸を拳で叩く。

「アオ」
「確かにあの人たちには相談できないですよね、それは理解しているつもりです」

 俺が何を言いたいのか分かった慎也さんは、困ったように眉尻を下げた。
 慎也さんを溺愛しすぎるあの人たちに、もしもこのことがバレればどんな手を下すか分かったもんじゃない。間違いなくやり過ぎる。犯罪級の罰を下すに決まっている。

「そんな時の為の俺でしょ? 俺はそんなに頼りないですか」

 慎也さんはびっくりした顔をして首をぶんぶんと横に振った。

「そ、そんな訳ない! あの時だってアオが居なかったら、俺っ」
「だったらもっと頼ってください、信用してください。だって友達でしょう? 俺たち」

 今までに見たことが無いくらい、目の前の優しくて気弱な男は目を見開いた。

「あれ、友達だと思ってたのは俺だけですか? うわぁ、悲しいなぁ…」

 オヨヨ…とわざとらしく泣き真似をすれば、慎也さんはあわあわと俺の周りで慌てる。そんな彼の様子にクスリと笑みを零し、俺は慎也さんの頭を撫でた。

「俺、友達作ってもいいのかな…」
 
 予想通りのセリフに、俺は自信満々の顔で答える。
 
「俺だったら絶対オッケーでしょ!」
 
 信頼も厚いし? なんて厚かましい事を堂々と言えば、漸く彼に少しだけ笑顔が戻った。



「ねぇちょっと慎也さんっ!! 蓮斗がぁあっ」
「え、どうしたの!?」
「俺いま浮気してると思われてるんですよぉ!」
「ぇええっ!?」
「もうホントどうしよぉ〜! 蓮斗ったら全然俺の話聞いてくれないんだもぉんっ!」

 ワァワァと泣き叫ぶみっともない俺の背中をポン、と叩いた慎也さんは「よし! 任せといて!! 友達のピンチは俺が救う!!」と嬉しそうに笑った。
 うん、浮気相手、慎也さんだと思われてるんだけどね…。

END


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