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悠也編***


 スヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠る慎也の顔には、存分に癒しの効果がある。
 少し前に起きた腹立たしい事件によって慎也は少なからず心に傷を負っていて、未だに一人で暗闇を歩くことも、眠る事も出来無いでいる。

 事件が起きた原因は単純明快。
 塁に想いを寄せていた奴が、その塁に愛されている慎也を逆恨みしたことが原因だ。
 そんな下らない事で俺の、いや俺たちの大切なものが壊されかけたことは非常に遺憾だ。
 まぁ、報いと言うには行き過ぎた制裁を加えたことで多少スッキリはしたが。

 それでも慎也にトラウマが出来たことは間違いようが無く、暗闇を怖がるこの子を見ると胸が締め付けられる思いだ。
 一人暮らしを解除させ、慎也が落ち着くまでは店を兼ねた俺のこの自宅に住ませる事になった。こう言うときは隣に居る理由になる血の繋がりに感謝する。

「慎也」

 乾かし足りない髪は少しばかりしっとりとしていて冷たい。
 艶やかで柔らかい髪に指を差し込み撫でてやると、気持ち良かったのか慎也は無意識に擦り寄って来た。その姿に思わず顔が緩む。
 額にかかった前髪をかき上げてやりながら、今は閉じて見えない柔らかい色を持つ瞳に、自分の唇をそっと落とした。


 ◇

 血の繋がり。何度その運命を呪ったか分から無い。逃れようの無い呪縛だった。
 けど、そんな呪縛に押しつぶされそうな時、それをぶち壊してくれる奴らが現れた。血の繋がりがあること、そして男同士であることを幼馴染の二人は「それが何?」の一言で片付けてしまったのだ。
 それが俺にとっては最大の救いだったと思う。

 コンコン、と抑え気味に叩かれた扉の向こうへ返事する。開かれたそこには、切れ長で意思の強そうな目を持つ男が立っていた。
 この目で睨まれただけで腰を抜かす人間は少なくないのではないだろうか。

「悠也、下の片付け終わったぞ」
「あぁ」

 視線をベッドで眠る慎也に戻すと、入り口に立っていた竜二が寄ってくる。

「魘されずに寝れる様になったか」

 見た目に反して出た竜二の優しい声に、俺の肩の力が少し抜ける。この男からこんな声が向けられるのは、後にも先にも慎也だけだ。

「何処かに触れててやらないと、まだダメだな。夜中に起きて泣き出す」

 その言葉に一瞬顔を顰めた竜二は、俺の手を握り安らかに眠る慎也の頬をそっと撫でた。

「殺しときゃ良かったか」

 慎也に触れる優しげな手付きとは似てもにつかないセリフに、ついに俺は噴き出した。

「ほんと、怖い奴らだなぁお前ら」
「はっ、お前に言われたくないぜ」

 仲間意識は互いに強い。けれど慎也に向けられる感情はそれとは全くの別物なのだ。
 例え仲間だとしても、もしもあの子に害なす事になる様ならその時は容赦無く潰されるだろう。

「若菜は」
「今日は大人しく帰った。まぁ、少しは反省してんじゃねぇ?」

 慎也を陥れようとした犯人を誘き出す為に、キレると一番ヤバイ若菜を慎也のお目付役にしたのだが…それが不味かった。いや、店に残しても結果的に不味いことには変わりは無いのだが…。

 慎也に対しての気持ちが重過ぎて暴走した若菜は、与えられた甘美な褒美をなんと三日も貪り食った。幾ら若菜が慎也の合意を得たとは言え、三日三晩、行き過ぎた快楽を与えられ続ければ苦痛に変わってしまう。
 若菜のやり方を考えると下手したら腹上死なんて事にもなり兼ねず…それこそ洒落にならない。

 何とか落ち着いた彼奴から慎也を救出し、結局若菜には暫くの間“慎也接触禁止令”が出された。初めの内こそ抵抗を見せた若菜だが、慎也の為だと言えばその一言で簡単に大人しくなった。
 全く慎也の存在と言うものは凄い。

「こいつの側に居続ける為なら何だって出来るし、我慢もするさ」

 そう言って慎也を見る竜二の目は、やっぱり優しかった。




 慎也が生まれたのは、俺たちが十一歳の時だ。
 父の弟である叔父の家は自宅から近く幼い足でも直ぐに行ける距離だったので、幼稚園からの腐れ縁(世間では幼馴染と言うらしい)だった竜二と若菜を引き連れ慎也を見に行った。
 それが、俺の運命が決まる日となった。

 まだ何も認識出来ないであろうその瞳に、俺は吸い込まれたのだ。性別は男だし、何より赤ん坊だ。だが、あの瞳を見た瞬間に俺は…。
 あぁ、俺はこいつの為に生まれたんだ。そう思った。

 後にそれが俺だけの感覚では無く、一緒に見に行っていた竜二と若菜も同じことを感じていたと知ることになる。


「慎也…な、」

 俺の声は案外重く部屋の中に響いた。

「ここに来て直ぐ、『次は悠くんの番? 悠くんも、お礼は若菜さんと同じもので良いの?』って言ったんだ」

 そう言って自分の服にかけた慎也の手は、僅かに震えていた。

「今回の騒ぎに関しても、自分が原因だって気付いてる。俺たちを独占してるからだって自分を責めてる。それに、若菜の要求に応じたことも、多分…」

 慎也はきっと、自分には拒否権など無いと思っている。
 例え求められたものが自分自身の躰であったとしても、忌わしき男を彷彿とさせる行為であったとしても。
 誰の手も離さないでいる為の見返りであるなら、躊躇わずに引き換えるべきだと思っているのだ。

 だが、そう思うようにしてしまったのは間違いなく俺で、いつか慎也を追い詰めると分かって居たのに止まらなかったのも俺だ。
 あの綺麗な瞳が人や物を認識し、立って歩くようになり物心が付き始めたころ。慎也は“いじめられっ子”になった。

 今でこそ身長も高く男の子らしい姿になっているが、昔の慎也は平均よりも体は小さく引っ込み思案だった。そんな性格とは真逆な、生意気そうな目付き。

 何時も何かを睨んでいるような雰囲気の子供を縁もゆかりも無い人間が一目で気に入る訳が無く、忌むべき物として目を向けられる事が多かった様に思う。しかし、慎也が疎まれる様になった理由はそれが全てではなかった。寧ろ、それはほんの少しの切っ掛けに過ぎない。


 慎也の周りに居る人間は、何故か見た目の良い者が多かった。
 俺と慎也の両親は共に美形で、歳を重ねた今でもその美しさは損なわれていない。認めるのは癪だが若菜や竜二、慎也の幼馴染の塁。そして自分で言うのも何だが、例にもれず俺自身も人から好まれやすい容姿をしている。

 そんなものは単なる偶然。だがそれを羨む周りの者はそう割り切れなかったのだろう。不運としか言いようが無いが、そんな煌びやかな容姿の者たちから無条件で溺愛される“慎也”と言う存在は余程疎ましく思えたらしい。
 俺たちの存在が、人間の醜い感情に火をつけてしまったのだ。

 慎也を苛めた者たちは、大人から子供まで漏れなく制裁が加えられた。俺の両親も慎也を我が子の様に溺愛していたので、手が多い分処理は容易かった。
 そうして不憫な思いをする慎也はますます俺たちから溺愛されるようになったのだが、溺愛しすぎたが故に…俺たちに縋るしか無い慎也の立場を利用して自らの欲望を混ぜ込んでしまった。

『俺たち以外の人間を受け付けられなくなったらいい』
『求めなくなったらいい』
『俺たちだけを見たらいい』

 そうして裏からも手を回し、必要以上の人間が周りをうろつかない様に仕向けた。護っていると見せかけて、知らぬものから遠ざけ慎也の世界を狭くしていた。

「自惚れてんじゃねぇよ」

 俯いたままの俺に、竜二の声が降ってくる。
 一際温度の下がった声音に思わず顔を上げると、そこには想像したものとは違う、複雑そうな顔をした男が立っていた。

「お前だけの責任だと思ってんのか? お前だけの罪だとでも? ふざけんな。こいつを“そう”させたのは計画的なもんだ、“俺たち”のな」

 今更マトモぶって後悔してんじゃねぇよ。そんな竜二のセリフに、俺は思わず笑ってしまった。
 そうさ、分かってた。

 慎也に寄って来る全ての人間に悪意がある訳では無かったと。
 本気で慎也を想っている者も居た。けど、そんな人間こそ近寄らせたくなかった。

「どんだけ考えたって答えは一つしか無ぇよ。俺たちは、こいつが居なきゃ生きていけねぇんだから」

 俺から視線を外した竜二は、未だ静かに眠る慎也の額にキスを落とした。いつも堂々とした俺様な竜二からは想像出来ない程に優しく、そして甘いキスだった。




 電気を付けない暗闇の中、竜二が帰った後の静寂に独り身を委ねていた。
 あまり長く離れていると慎也が起きてしまう。そろそろ戻るか、と腰を上げかけた時だった。

「わっ!!」

 突然後ろから抱き締められ、反射で体が飛び跳ねた。

「慎也!?」
「………」

 今この場所に居るのは、自分と慎也のみ。眠っていたはずの慎也に驚き声をかけるが、後ろから抱きついたまま動かないし返事も無い。

「どうした、怖くて起きたか?」

 前に回っている腕にそっと手を重ねると、腕に少し力が籠った。

「慎也?」
「悠くんは…後悔してるの?」
「え?」
「僕を側に置いたこと、後悔してるの?」

 背中に感じる温もりに喜ぶ反面、耳元で囁かれた言葉に衝撃を受ける。

「…もしかして、ずっと起きてた?」
「………」

 無言は肯定。
 返事をせず更に力の籠った腕に慎也の不安を読み取り、安心させるように優しくさすってやる。

「後悔はね…少しだけ、してる。でもそれはお前を側に置いた事にじゃ無くて、お前を俺たちに縛り付けてることに、だよ」

 本当に慎也のことを考えるなら、もっと多くの人と関わらせてやるべきなのだろう。

「思ったこと…無い」
「ん?」
「他の人が欲しいと思ったことなんて、無いっ! 僕は悠くん達以外いらない!」

 完全にしがみ付く大勢になった慎也を宥めながら、背後にあった体をソファへと移動させる。

「慎也、落ち着いて」
「だって、だって悠くんがっ」

 えぐえぐと泣きはじめた慎也を抱き締めながら、背中をさすってやる。

「慎也はそれで良いの? 今のままで、本当に良いの?」
「そんなのっ、当たり前だよっ」

 泣きながら胸元に縋る姿に、思わず口角が上がった。

「そんなこと言ってそんなことしたら…俺ももう我慢出来ないよ?」

 イタズラ地味たニュアンスで言えば、慎也は潤んだ瞳を闇夜の中で光らせた。

「シてよ…。悠くんが求めてくれるなら、僕はシて欲しい」






「あっ、ぁ…ゃ、」
「怖い?」
「んっ、…ぁく、ない」

 少しの震えを隠しながら、否定を示して首を振る姿がいじらしい。

「はぁっ、ぁう…んっ、んんっ」

 俺の熱を奥の奥まで咥え込んだ慎也の中は、互いの境目が分からなくなる程に熱く蕩け、よく馴染む。
 腰を引けば引きとめようと蠢き、突き入れれば留めようと締まる。若菜に散々教え込まれた躰は快楽を忘れておらず、喜々として男を受け入れた。
 そんな躰にしたのが自分では無いことに些か悔しさが滲んだ。

「ぁンっ…あっ、あッぅあっ」
「はっ、はっ、慎也…気持ち良いか?」
「ンっ、きもち…ぁあうっ、ンあっ、あんッ」

 似た様な真似はしたく無いと、敢えて若菜とは全く違う“俺らしい”抱き方を意識する。そんな滑稽な自分にシラけながらも、慎也の痴態に際限無く欲情は煽られる。
 今抱いているのは自分なのだと認識して欲しい欲求が強くなった。

「慎也、慎也…」
「はぁっ、あっ、ゆ…くんっ、悠くっ、あ! あ! あぁあっ!」

 良いところばかりを突くグラインドに耐え切れず慎也が絶頂を迎え、その締め付けで俺も間も無く達した。
 慎也の中で硬度を取り戻した自身を再び動かそうとすると、まだ荒い呼吸を繰り返す慎也がストップをかける。

「もう、嫌か?」

 辞めて欲しいのだと思った俺は、慎也の中から抜け出そうとした。

「ダメっ! ぁうッ」

 けれど慎也の制止の声と、腰にガッチリと回された足によってそれは阻止される。慎也は自分の動きで感じてしまったのか出た声に、顔を真っ赤に染めた。

「なに、どうした?」

 何か言いたそうにもじもじとする愛おしい子の髪を撫でながら促してやると、

「……ちゃんと、キスして?」

 と、潤んだ瞳で上目使いに言われて思わずクラっと来た。

「悠くん、いっつも口にしてくれない」

 少し拗ねた様に顔を背けられ、何かがフツリと切れた。
 少しだけ乱暴に顔を此方に向かせると、しっとりと濡れそぼった唇をねっとり食む。
 ずっと避けて来たその場所に触れることは、俺にとっては有る意味セックスするよりも甘美なことだった。大事にし過ぎて躰も唇も他の奴らに先越されていたが、それでも俺は、俺だけは慎也から強請られてからしたかった。

 一度最後まで躰を重ねておいて唇にだけは愛撫を与えなかったのも、そんな自分の欲求を満たすため。
 見事嵌められた慎也からは、求めたものが与えられて甘い吐息が漏れる。緩く柔く、しかし的確に腰を動かせば、吐息は甘い啼き声へと変化した。
 今宵だけは、慎也は俺のもの。


 長い長い夜は、
 まだ始まったばかりだ。


END


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