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- ナノ -
前編*
 


 真っ白なシャツに腰からの黒いエプロン。たったそれだけの格好でオシャレ度MAX。
 僕のバイト先『Men's Cafe Gloss』は男の店員しか居ないオシャレなカフェだ。決して如何わしい店ではない。
 自分で言うのも何だけど店員にはイケメンしか居なくて、勿論店長も凄くイケメン。だからお客さんは女の子が圧倒的に多い。

 けど、最近では男性の客も増えてきた。
 店の内装は白、黒、グレーがメインだから結構カッコイイ感じで纏まっているのだけど、そんな空間に居ると自分までもが何割り増しかでイケメンに見えるんだとか…。

「おはよー悠くん!」

 大学から直でバイト先へ向かえば大抵一番乗り。お店はまだ休憩時間中。後半戦まであと一時間ある。

「おはよう慎也」

 今日も相変わらずイケメンな店長の悠くんは、僕の従兄弟だったりする。自慢のお兄ちゃんだ。
 制服に着替えようとバックヤードへ向かうと、そこには早番メンツが。

「慎ちゃんおはよー」
「おはよう慎也」

 早番で入っていたのは若菜さんと竜二さん。二人は悠くんの幼馴染で、正社員としてこのカフェで働いている。当然イケメンだ。しかも相当の。

「おはよー! 若菜さん、竜二さん」

 元気良く挨拶すれば二人はわしゃわしゃと僕の髪を掻き混ぜる。

「わわわっ! ちょ、それ止めてって何回も言ってるのにぃ!」
 
 僕が毎日時間をかけて整えている髪を、この二人はいつもワザとぐしゃぐしゃにするんだ。若菜さんと竜二さんは見た目から服の好みから正反対なのに、行動が物凄く似ている。まるで双子だ。

「キメキメ感バリバリより、無造作のが女の子ウケいーんだよぉー?」
「鳥の巣のがお前に似合ってる」

 若菜さんの言葉に一瞬心が揺らいだが、竜二さんの言葉で思い止まった。

「鳥の巣なんてヤダっ!!」

 僕の叫びに二人がゲラゲラと笑っていると、今日の遅番メンバーが続々とやって来た。

「おはようございます」

 先に入って来たのが大学の後輩であるアオ。名前の通り髪も真っ青でいつも青色の変な飲食物を持ってる。今日手に持ってるのは多分パンだ。勿論青色の。

「ッス」

 次に入って来たのが幼馴染の塁。

「慎也、襟曲がってる」
「え? どこ?」
「直してやるからジッとして」

 塁はとんでもなく僕に甘くて過保護だ。ここのバイトだって、僕の事が心配だからって理由で始めた。
 他にもまだ数名店員は居るけど、今日のメンツはこの店でも最強と言われている。正直その中に僕が居て良いのかと少々気後れしてしまう程、今日のメンツは皆容姿が整っている。




「みんなちょっと良いか?」

 悠くんがバックヤードに現れ、その後ろに誰か連れていた。

「今日からバイトに加わる三木晴斗くん。塁、お前が指導してやってくれるか?」
「え、俺ですか」

 確かに塁はバイトの中でも古株だ。でも、それを言ったら僕の方が上。基本的にいつも僕が新人の面倒をみている。

「ほら、挨拶しな」

 悠くんに背中を押されて飛び出して来たのは“少年”と呼ぶに相応しい見た目で。

「あ、あの…三木です。塁先輩とは大学が同じで、あの、その…」

 もじもじとする姿に見ていた皆が「かーわーいーいー」と茶化すから、その子、三木くんは茹でダコみたいに真っ赤になった。
 
「本人が塁をご指名なんだよ。大学が同じよしみだ、面倒みてやってくれ」

 悠くんに言われてしまえば誰も逆らえない。塁が「よろしく」と言えば三木くんはあからさまに頬を朱に染めた。

(この子…)

 僕は何だか少しもやもやとした感覚を覚えた。けれどみんなは小動物の様な三木くんが気に入ったのか、あれこれ質問攻めでさっそく構い倒している。

「さぁさぁ皆、おしゃべりはそこまで! 開店準備するぞぉ〜」

 午後からの営業時間三十分前で、既に店の前で待つ客がちらほら現れた。今日も忙しくなりそうだ。



 ◇


 ビクッ

(この人まただ…)

 少し前から常連となったとある男性客。この人が今、僕の中でカナリの要注意人物となっていた。
 こっちはバイト中にも関わらず、店の中で通りすがりざまに身体に触れてくるのだ。特に触られる事が多いのがお尻。
 気持ち悪いとは思うけど、自分も男で相手も男。痴漢にあっているなど中々人に言えることでは無い。

 新しいメンバーが増えてまだ間もなくバタバタしているし、今は余計な心配をさせたくない。何より、最近みんな三木くん三木くんと彼を構ってばかりで実は少し拗ねていたりする。
 ま、暫く様子を見てみるか。と今の所は問題を放置することにした。

 だが最近なんとなく、帰り道でも執拗な人の視線を感じる様になってきた。もしかしたらあの痴漢野郎かもしれない。そう思うと気色悪くて気味が悪かったけど、大抵いつも塁が家まで送ってくれるのでひとまず安心だ。
 また今日も塁に家まで送って貰おう。そう思えば自然と安心感が湧いて来た。



「塁、お前今日の帰り三木くんを家まで送ってやってくれないか?」

 閉店時間を過ぎ、もう店内にお客さんは誰も居ない。閉店作業をしていたラストメンバーは、 悠くんの言葉に思わず手を止めた。

「え?」

 困惑する塁。悠くんの隣で三木くんがもじもじとしている。

「どうやら三木くん、男の客がストーカーになってるみたいでな。接客中にセクハラを受けてるらしいんだ」

 その場にいた全員の眉間にシワがよる。

(三木くんもだったんだ…)

 どんな客かなど具体的なことは言わなかったが、もしかしたら同じ男かもしれない。目付きの悪い顔の僕でもお尻を撫でられるんだ、大人しそうな三木くんはそれ以上の何かをされているかもしれない。
 他人事ではないから気持ちがよく分かり怒りが湧く。塁も戸惑っていたが理由が理由なので断れる訳もなく。

「…分かりました」
「悪いな塁。今日はどうしても都合が悪いんだ」

 了解の言葉を聞いた三木くんはホッとした顔を見せた。正直一人で帰るのは不安だが、俺はまぁまぁ背も高いし喧嘩も強い。明らかに襲われて危ないのは三木くんの方。
 今日もしも何か怖い思いをしたら、その時は俺も悠くんに相談しよう。そう思った。


 ◇


 居る。絶対居る。

 今はまだ人気の多い明るい道を歩いているから良いが、もう少しすると電灯の数も人気もカナリ減る。幾ら自分が男の身であっても相手も男だ、恐怖を感じる。
 早くあの暗い道を抜けて駅に辿り着きたい。
 自然と歩く速度は早くなり、暗闇に差し掛かった時は殆んど走っていた。
 暫くして後ろを確認すると、もう例の人影は着いて来ていない様で気配を感じなかった。
 ホッと胸を撫で下ろし、再び歩き始める。一人と言う不安な状況に妙な緊張感が生まれ、心臓はバクバクと脈を打っていた。
 あと少し、あと少しで駅だ、そう思ったその時…。

「逃がすわけ、無いでしょ」

 真後ろから耳元に囁かれたその声に全身がフリーズした。
 鼻に押し付けられた布に何とか抵抗するが少し吸い込んでしまい、中途半端に身体の自由が奪われる。

「ぅぐ…」

 力を失った僕の身体は膝から崩れ落ちた。




 ズッ…ズズッ…ズズズ

 抜けかけた闇の中へと再び引きずられて戻される。
 建物と建物の影は、入ってしまえば例え人が通ってもこっちが叫ばない限り気付いて貰えなさそうな程暗い。
 声も出ない、身体も動かない、けど朦朧としつつも意識が有ることは酷く恐ろしい。

「はは、震えているね…」

 暗くて男の姿はよく見えないが、聞き覚えの有る声だった。

(やっぱ、アイツだったんだ)

 相手が分かったからと言って何の対処も出来ない。先程から好き勝手に身体中を撫で回され、この男が自分に何をしたいか分かってしまっている。
 このまま好き放題オモチャにされて、最後は殺されるのかもしれない。

「あぁ、怖いんだね…大丈夫、優しくしてあげるから。一緒に気持ち良くなろうね」

 首元をべろりと舐められ、情けなくも目には涙が滲んだ。






 パンツを下げあらぬ処まで舐め上げるその男。
 そんな恐怖に涙腺も崩壊した頃、突然男が倒れ掛かって来た。その衝撃に恐怖はMAXに振り切れ、衝動的に動かないはずの身体をめちゃくちゃに捩った。

「っーー!! ーーーッ!!!」

 ――ガゴッ!!

「っ!?」

 すると突然その不自然な重さがスッと無くなりドサリと横に落ちる。何が起きたかよく分からず、未だ涙が止まらない目を瞬いた。

「ハッ…ハァ、大丈夫ですか、慎也さん…」

 そこに響いた声にも聞き覚えがあった。今は闇に隠れて分からないけど、きっと彼は真っ青な髪をしているはずだ。
 その影はもう一度横に横たわる身体をゴギャッと踏みつけ、僕を抱き起こす。

「大丈夫、もう大丈夫ですよ。怖かったですね」

 よしよしと撫でてくれるアオの手が優しくて、僕は未だ出ない声でわぁわぁと泣いた。

「これでは電車にも乗れませんし、Glossに戻りましょう。恥ずかしいかもしれませんが、抱っこしますよ」

 うんともすんとも言えない上に身体も動かないから仕方ないのだが、アオは返事も待たずに僕をお姫様抱っこした。そうして僕は闇を抜けて、あれ程逃げたかった光の元に凄まじい羞恥心とともに曝け出されたのだった。




「慎也っ!!!」

 店に辿り着けば、アオから連絡を受けた悠くんが凄い形相で駆け寄って来た。

「ゅ…く…」

 少しだけ声を取り戻せた僕が話せたのはそれだけ。その状況に余計痛ましさを感じたのか、悠くんの目には涙が溜まっていた。

「くそッ、俺のせいだ!! 俺が慎也から塁を離したからっ! おい慎也、お前…何された? なぁ、慎也ぁ」

 この世の終わりみたいに泣き崩れる悠くんを見て、僕も悲しくなった。
 
「悠也さん大丈夫です、最悪の事態は避けられました」

 アオの言葉に一瞬悠くんの瞳に希望が揺らめいたが、

「でも、酷い事をされたのは間違いありません。全身…洗浄する必要があります」

 悠くんは顔を歪ませ唇を噛んだ。シャツは破かれズボンもぐちゃぐちゃだ、何事も無かった訳がない。

「慎也、風呂に行こう」

 店の二階に有る悠くんの部屋に行く為、アオの腕の中から悠くんの腕の中に移る。

「悠也さん、アイツ、置いて来ちゃいましたけど…」
「大丈夫、さっき若菜と竜二から押さえたって連絡が来た」

 安心した様に無言で頷いたアオ。でも僕は、逆にぶるりと身体を震わせた。
 きっと押さえられたのはあの男に違いない。散々な目に合わされて、結果最後まではされずに済んだものの怖かったし気持ち悪かった。けど、それを捕らえに行ったのはあの若菜さんと竜二さんだ。
 あの男……無事では帰れないぞ。

 まるで硝子細工を扱うみたいにゆっくり丁寧に抱きかかえられ、僕は二階へ続く階段へと向かう。

「悠也さん、後で大事な話があります」

 アオの真剣な声に悠くんはゆっくり顔だけ振り向き頷いた。

「分かった。待っててくれ」

 僕たちは、そのまま部屋を後にした。





「ぁっ、っ、…ハァ」

 温めのシャワーでかけ流しながら、向かい合った形で悠くんにしがみ付いたまま全身くまなく洗われる。

「ここも…触られたか?」

 薬の効き目は悪いようで妙に良く、未だに上手く声が出ないし身体も自由にならない。普段人に見せる機会など絶対的に無い場所を指で撫でられ身体が反射でビクリと跳ねる。
 問いに何とか首を縦に振ると、悠くんはギリッと歯を鳴らした。

「ぁっ…ァッん、ぅッ」
「ごめんな、ちょっと我慢してくれ」

 清潔な香りを漂わせるボディソープでその窄まりを重点的に洗われ、どうしても掠れた喘ぎ声が出てしまう。
 上手く話せないのにこんな声だけは出てしまう情けなさに目頭がカッと熱くなった。

「慎也、泣かなくて良い。声も我慢するな、お前は何も悪くない」

 ぬぢゅっ、くぢゅ、ぬプッ

 風呂の中に卑猥な音が響き、しかもそれを身内に聞かれる居た堪れない状況。悠くんの指は思った以上に深くまで入り込んでいたが、でもそうして欲しかった。
 あの男に舐められた箇所の中でも一番気持ち悪かったそこ。舌を入れられたあの感覚を忘れさせて欲しい。

「ひぁっ、ん…ぁっ、ぁぅ」
「慎也」

 ちゅっちゅ、顔中にキスを落とされ慰められる。悠くんはいつも僕が泣くと顔にキスをして宥める。昔から変わらないその慰め方にホッとして、今はもう安心出来る場所に居るのだと実感出来た。
 窄まりを弄られれば前も自ずと反応してしまい、そっちもボディソープを取った悠くんの手に包まれる。

「はぁうッ!! ぁっ! あぁッ…いぁあぁっ」

 びゅるるッ ビュクッびゅくッ

 快楽だけを追わせる様な悠くんのテクにはひとたまりもなく、僕のソコは呆気なく弾けた。
 丁寧に丁寧にその他の肌も洗われて、風呂から出たのは入ってから一時間も経ってからだった。



「慎也ッ」
「塁…」

 抱きかかえられて寝室へ向かう途中で塁に出くわした。顔面蒼白とはこういうことを言うんだな、とどうでも良いことを考える。

「三木くんの方は何も無かったか」
「あ…はい、後をつけられてる様子も無かったです」
「そうか。塁、俺は今からアオと話が有るから慎也を頼めるか」

 塁は黙ってこくりと頷き、今度は塁の腕の中に収まった。

「じゃあ頼んだ。今夜はお前も泊まっていけ」

 そう言って悠くんは階段を下りて行った。

「ごめん、ごめん慎也。俺がついてなかったから…お前を守れなかった」

 僕を抱く塁の腕は細かく震えている。なんで皆自分のせいだと言うのだろう。一番の原因はあの変態野郎が変態だったことで、その次は僕が誰にも相談しなかったことだ。
 若くてか弱い女の子でもないんだし、何も無いところから心配など生まれはしないだろ。
 でも、みんな自分の事を責めてる。みんな、僕のせいで傷ついてる。
 声がまだ上手く出ないから、よれよれと力なく手を差し出し塁の頬を撫でてやった。

「慎也…慎也……」
「ふぅッ、ん…」

 塁の冷たい唇が、僕の唇に触れる。
 緩く開いた隙間をぬって、中に舌が滑り込んでくる。久し振りに与えられる塁からの熱は、何時もよりだいぶ冷えてしまっていた。
 きっと、怖かったんだろうな。

 何時もならもっともっと深くなって行くそれは、今日は程なくして離れていった。多少物足りなく感じてしまったがこんな状況では言えるわけもなく。
 ダラリと力なくベッドへ寝かされ、優しく頭を撫でる塁の手の感触に瞳はとろりと自然に重くなる。

「これからは何があっても離れない。絶対に側に居るから」

 懺悔の様なその呟きの後、子守唄の様なキスが額に落とされた。



 ◇


「結果論から話しますが、まず間違いなく裏で手を引いた人間がいます。それも、この店の内部事情に詳しい人間です」

 アオの言葉に悠也の顔が歪む。

「何で分かる」

 悠也の氷の様に冷たい声が響くが、それにアオが臆することは無い。

「これ、何かわかります?」

 アオの手のひらに乗せられた小さなキューブ型の機械。悠也はそれを指で摘み上げる。

「盗聴器か」
「あの男のポケットに入ってました。店に戻ってから怪しいところを重点的に調べてみたら…」

 再び出された手から、ゴロゴロと大量のキューブが転がり落ちる。

「なんだこの量」
「店内はもちろん、休憩室、厨房、更衣室に数個ずつ付けられてました。流石にトイレには有りませんでしたけどね」
「…笑えねぇよ」
「すいません」

 悠也は忌ま忌ましそうにその一つを握り潰した。

「内部の人間でないと無理って訳か」
「内通者なのか、それとも首謀者かのか。どちらにしても腹立たしいですね」

 二人がキューブと睨み合っているところに、悠也の携帯の着信音が響く。

「何か吐いたか」

 相手はどうやら例の男を捉えている若菜か竜二の様だ。

「………そうか。そっちは任せる」

 悠也は手短に話を終わらせるとさっさと通話を切り、ドサリとソファに座り込む。

「首謀者が分かった」
「流石あの二人、早いですね」
「じゃあいっちょ、嵌めてやるか」

 にんまりと笑った顔は、普段の面倒見が良い男の物とは思えぬほど悪どいものだった。


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