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「はぁ…」
本日何度目か分から無い自分の溜め息に気分は降下して行くばかり。
一週間ほど前から既に数回受けたヨシくんからのあの行為。流石にバカな俺でも何か可笑しいと気付いてりっくんに相談したところ…、りっくんは飲んでいたココアを全部俺の顔にぶっ掛けた。
そうして漸く落ち着きを取り戻したりっくんは、何か走り書きでメモをするとその紙を千切って俺に渡す。
「これ、ネットで調べてよーく考えな」
見た瞬間から嫌な予感はしていた。
だってその走り書きの一部には“セックス”と言う言葉が入っていたから。前に付いてる三文字は何のことか分からなかったけど…。
案の定すぐスマホで検索すると出てくる恐ろしい解答。俺がヨシくんに与えられたものが、“治療”ではなく“快楽”だったと知った。それも、男と男が愛し合う為の行為であると。
そこまで見た時は、正直嬉しかったのが本音。
だってそのまま解答を当てはめれば、ヨシくんは俺のことが好きなのだと言うことになる。だけどその後に見た別のサイトに書いてあったものを見て、俺はそんなふわふわした甘い感覚など一気に吹っ飛んだ。
『所詮性欲の捌け口』
『愛なんて無くても出来る』
『男相手なら妊娠の心配が無い』
『男同士の純愛なんてフィクション』
結局男同士と言うものはそんなものだ、とそこには載っていた。それを載せた人の偏った意見かもしれ無い。けど、俺にはそれが重くのしかかってしまっていた。
◇
「あれ? 柏木さん!」
ヨシくんから逃げ帰ったあの日から、パタリと来なくなった柏木さん。
「やぁ」
罰悪そうに片手を挙げた柏木さんに俺は駆け寄った。
「どうしたの!? 何にも連絡くれないから心配してたんだよ!?」
柏木さんがヨシくんから逃げたあの日の内に俺のアドレス帳から柏木さんの名前は消されてしまい、こちらから連絡を取りたくても取れ無い状況だった。
「ごめんねぇ〜、美樹の監視が厳しくてさぁ」
どうやら柏木さんの携帯からも俺のアドレスは抹消された様だ。男前の柏木さんが眉尻を下げて謝るその姿に、何となく毒気を抜かれて肩の力が抜けた。
「ん? どうした?」
柏木さんの顔をジッと見つめたまま動かない俺を不審に思ったのか、覗き込む様に目を合わされる。
「柏木さん…、今から時間ある? 仕事、戻る?」
「……いや、今日は外回りのまま直帰だから戻ら無いよ、何かあったの?」
声音が心配げだった事にホッとした。
「ちょっと、話がしたいんだけど…」
カチャリ、とソーサーに戻されたカップが音を立てた。
「で、そんな深刻な顔してどーしたの?」
こうして優しげな雰囲気を纏う柏木さんは、やっぱり男前で格好良いと思う。
ヨシくんに見つかっては事だからと場所を変えたのだが、やって来た落ち着きのあるこのカフェの店員、そしてお客の女性陣は皆柏木さんに釘付けになっている。
「あの……柏木さんは、男同士の恋愛って、どう思う?」
置かれた目の前の紅茶を睨みながら恐る恐る口にすると、柏木さんはガションッ、とカップを手から滑らせた。
「わっ、大丈夫!?」
「……平気、零れなかったから。それより、急にどうしたの?」
そりゃそうかと、思う。何か無ければそんな思考には、まして口に出して質問したりしない。
「いや、ちょっと…相談受けてて」
「友達から?」
自分の事だとは言えないからそのままコクコクと頷くと、柏木さんは「ふぅん」と少し興味無さげに返事する。
「まぁ、有る意味人選は間違ってないけどね」
「え?」
「俺、ゲイだからさ」
「え!?」
ニンマリと笑った顔は、妙に色っぽくて思わずゴクリと喉が鳴った。
「で、どんなこと相談受けたの?」
「あっ、えと……その、エッチ…な事をする理由が、知りたいって」
今度こそ柏木さんはブッ! と紅茶を吹き出した。もうこれで一体何度人から顔に飲み物を吹きかけられたか分からない。自分の発言は人から吹き出させる威力が有ることを今ここで理解し、今度から防げる何かを持参しようと心に誓った。
柏木さんは口元と俺の顔を拭いながら、「詳しく教えて」と言った。
「あのね、その…エッチはするんだけど、相手が何でエッチなことするのか分からないんだって」
「エッチて…それ、最後までしてるの?」
「最後?」
あーー、えーー、と言いながら悩んだ末に柏木さんが俺の耳元でもにょもにょと小声で話す。その内容に思わずカッ! と顔に血が上った。
「そ、そうだね、最後まで…してるね」
そう言うと柏木さんは顎に手を当てて考え込んだ。
「こう言っちゃ何だけど、そう言うのは本当に人によるからな」
「柏木さんは、好きな人以外でも…出来る?」
その問いに今度は何のためらいもなく答えた。
―――出来るよ。
その答えに俺は、何故か目の前が真っ暗になった気がした。
その日の夜は、ヨシくんの顔がまともに見られなかった。俺に触れてこようとした彼の手を、初めてやんわりと拒否して自室に篭る。
自分が何にそこまで落ち込んでいるのか分からない。嫌だと拒めばヨシくんは無理に触れてこなかったし、行為の最中だって嫌な思いをしたことは無い。
エッチなことだと隠されていたことはショックだったけど、それを気持ち悪いとは思えなかった。けど、今日柏木さんと話して、好きで無くても行えると聞いてからは何かが急激に変わってしまった。
「その日限り、性欲処理の為に抱いた事も有るし、好きな人の代わりに抱いた事もある。もちろん好きで抱くこともあったけど、男同士の恋愛にあまり夢を見ない方が身の為かな」
そんな言葉に酷く傷付いてる自分が居た。
ヨシくんが自分を触る理由が俺を好きだからとは限らないと思ったら、胸が張り裂けそうな程に痛くなった。
朝起きて、俺は死んでしまいたくなった。
「また…だ」
ヨシくんを拒否し始めてから数日、朝になると俺の中心部は再び濡れる様になった。
朝からパンツを洗う惨めさは本当に嫌だけど、ヨシくんに性欲の捌け口にされるのも、まして誰かの代わりにされるのはもっと嫌だった。
情けなさと悔しさと妙な切なさに…俺は朝から声を殺して泣いた。
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