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「話があります」

 ユウキがアタリから電話を受けたのは、あの日から一週間後の事だった。
 あの後直ぐにヒロもアタリも病院に行った。危うく怪我の度合いから警察沙汰になりかけたが、何とかそれだけは凌ぐ事が出来たのは幸運だった。
 互いに骨折はしていなかったものの打撲が酷く、アタリに至っては在らぬ処に裂傷も有った為、十日間ほど入院となった。それでも若さ故か回復は早く、アタリもヒロも五日程で退院し自宅療養となっていた。

「すみません、急に来たりして」
「いや、そろそろ来る頃だと思ってたんだ」

 退院はしたものの、アタリもヒロもまだLynxの溜まり場には戻れていなかった。今日も連絡をもらった時に敢えて自宅を指定したのも、アタリの事を思っての事だ。

「退院、二人とも早まったんだね。良かったよ」
「二人とも、カナリ手加減されてましたから…」

 ユウキは思わず苦笑した。リョウが本気なら、確かに十日の入院などでは済まされない。
 
「それで……話って? 何となく、もう分かる…けどね」

 本当は聞きたくないが、アタリの話をこれ以上延ばしても仕方がない。少しの時間で決意が変わる筈が無いのだから。


「俺、Lynxを抜けます」


 やっぱりか、とユウキは溜息をついた。あんな事があった後にチームに戻る奴などそうそういないだろう。だが、あのアタリだ。また前の様に、リョウの側に戻ってくれるのではないかという期待も少なからず有った。

「やっぱり、リョウを許せない…?」

 そう問うと、アタリはクスッと笑った。

「許すも何も…俺は初めから怒ってなどいませんよ」
「え……どう、して?」

 ユウキの疑問はおかしくない。あそこまで自分を痛めつけたリョウを、何故恨まずに居られるのだろうか。

「ユウキさん。俺がリョウさんに拾われた日を、覚えてますか」
「忘れるわけないよ、あの日の二人は、凄かった」

 目付きのあまり良くないアタリは、よく街で絡まれることがあった。その日も何時ものように絡まれてしまったのだが、この日は人数が多く珍しく危機感を覚えた。
 元からケンカは強かったアタリも、7対1は流石にキツイ。Lynxの二人が現れたのは、裏路地に連れ込まれギリギリの状態で相手をしているそんな時だった。

「ギリギリでも、一人で相手に出来たことが凄いよ。彼奴があんな一瞬で他人を気に入ったことなんて、後にも先にもあれだけだ」

 そこを通りかかったのは偶然だった。
 普段から誰かしら連れ込まれているその道に、その日もまた喧騒が聞こえた。いつもならチラリとも見ないリョウが、何故かあの日だけは立ち止まったのだ。
 暫くジッと見ていたかと思うとリョウは不気味にニヤリと笑い、そちらへ足を向けた。

「リョウっ!」
 
 呼ぶのが早いか走り出したリョウは、ケラケラと笑いながらあっという間に七人を沈めた。あの光景は今思い出してもゾッとする。そうして残されたアタリも例外なくリョウによってボコボコにされたのだが…、気を失ったアタリだけリョウは連れ帰ったのだ。
 あれは拾ったと言うより拉致だった、とユウキは今でも思っている。

「あの日から、俺はあの人のモノです。あの頃は側に居られればそれだけで良かったのに…。俺、分かってました。あの時リョウさんがイオリを抱くつもりなんて無かったこと、ちゃんと、分かってました」
「アタリ…」
「だけど無理でした。あの人の腕に絡むイオリを見て、イオリを隣に置く彼を見て、俺は正気を飛ばした。イオリを……殺したいと思いました」
「なぁ、でもリョウだってお前をっ「ユウキさん」」

 目で、その先の言葉を牽制されてしまう。

「俺の気持ちは余りに重すぎる。だからこそ、あの人の本気を知りたい…」

 想いの重さを知っても、自分を必要としてくれるだろうか。
 綺麗な想いだけではなくても、受け止めてくれるだろうか。
 こんな、卑怯な試し方をする自分を……

「ユウキさん…リョウさんを、頼みます」



 ◇



「やっと来たね」

 あの悲劇の日から十日が経って、漸くバーにリョウが現れた。少しフロアを見渡した目線は、きっとアタリを探している。

「リョウ、話がある」

 そう声をかければリョウは珍しく黙ってソファへ座った。

「久しぶりだね」
「………」
「アタリが来てないと思ったから来なかったんでしょ? 一応、十日は来れない様な事したって自覚は有るんだ?」

 ユウキの容赦ない問いに、リョウは眉を顰めるものの反論はしてこない。

「アタリは」
「どうしたと思う?」
「……まだ来れないのか」
「死んだよ」
「っ!?」

 ガタッ、と思わず立ち上がったリョウに、ユウキは嘲笑した。

「はははっ! 疑えない程酷い事した自覚もあるんだね? 良かったよ」
「っ! テメェっ!!」
「生きてるよ、ちゃんとね。けど、もうここには二度と来ないよ」
「……は?」

 ユウキの言葉に動揺したのは、リョウだけでは無かった。チーム全体がざわつく。

「どういう…ことだ」
「アタリはチームを抜けた。もう、Lynxのメンバーじゃない」
「誰が許可したっ!!」
「俺だよ。俺が許可した」
「なっ、なん…で」

 まさかあのアタリが、自分に何も言わず何処かへ消えてしまうなどあり得ないと思っていたのだろう。リョウの精神的ダメージは相当だった。
 頭が上手く働かず放心していると、そこへ近付く者があった。

「失礼します」
「…ヒロ?」
「……何で、お前がいる」

 ヒロは他の誰でもない、アタリに憧れてLynxに入った。そのアタリが抜けた今、ヒロがここに残る意味がリョウには分からなかった。

「リョウさんに、見てもらいたいものが有って…。自分の立場は、ちゃんと弁えてます…図々しいことも、わかってます。罰もちゃんと受けますので…」
「…良い、何だ」

 何時ものリョウらしくない、生気の抜け落ちた声に虚ろな瞳。その前に、一冊のアルバムが置かれた。

「それを、見てもらえますか」

 真っ白でシンプルな表紙のそれは中々に分厚い。少々訝しみながらページを開けると、そこには写真などでは無く綺麗に処理を施され、ハガキにされた押し花が入っていた。

「花……?」
「ヒロ、これ…」
「いつもアタリさんが、ここやリョウさんの部屋に飾っていた花です。捨てる前に俺が貰って、今まで残して来ました。途中からなので全てでは無いですが、いつか…リョウさんに渡すつもりで作ってました」
「俺…に?」

 いつも、アタリは花を飾っていた。
 花束程の時もあれば、一輪だけの時もあったけど、どれも何時も厳選して持ってきていた。花屋で買うものもあれば、時には自分で育てたものもあった。だけどそれは、どれも…

「全て、リョウさんに向けた花でした」

 その事に気付いたその日から、ヒロは花を残すことにした。

「これは菫、花言葉は『小さな幸せ』。これはイチゴ、花言葉は『尊敬と愛』」

 ワスレナグサ、誠の愛
 桔梗、変わらぬ愛
 オシロイバナ、あなたを想う
 ヒマワリ、私はあなただけを見つめる
 秋桜、愛情
 シザンカス、あなたと一緒に
 ナズナ、すべてを捧げます

「そしてこれは…」

 そうしてリョウの目の前に差し出されたものは。

「あの日、アタリさんが飾った薔薇です。あんな事になって、こんなになってしまいましたけど…本当はとても綺麗な紅色の薔薇でした」
「………」
「紅色? 赤じゃなくて?」

 花に詳しくない者になど、違いはあまり分からない。だけど、アタリにはその違いが重要だった。

「これはアタリさんが育てた物です。敢えて赤ではなく、紅色を選んで育てていました。花言葉は…」



 ――――死ぬほど恋い焦がれています



 ヒロに差し出された薔薇を、リョウは手に取った。踏まれ、潰されてしまったその花には既に命などなく。色褪せて今にも砕けてしまいそうなその姿が、あの日のアタリと重なる。
 自分へと向けられた花たちは、何時だって愛に溢れていた。こんな身近で些細な場所に、いつだって疑いようの無い心を示していたのだ。

 受け取った薔薇を手に握りしめ、あの部屋へと足を向ける。扉を開ければ、あの悲惨な部屋はもう何処にも無く、無惨な姿のアタリも何処にも無く…。彼の跡など一つも残っていないベッドがぽつりと置かれていた。
 暫くジッとその場に佇んで居ると、ベッドの上に何か有る事に気付く。ゆっくりと近寄ったその真っ白で清潔なシーツの上には、綺麗に咲き誇った紫色の花が一輪、そっと置かれていた。


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