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 嵐山に接触したあの日から、リョウの機嫌は頗る悪かった。その上迷惑なことに、嵐山は何かとアタリの周りに現れるようになり、その出現率に比例してアタリに対するリョウの風当たりはどんどん強くなっていた。

「おいリョウ。あんまりアタリを虐め過ぎるなよ」

 見兼ねたユウキが咎める。

「あれは嵐山が一方的に言い寄ってんだ。アタリは向こうに付く気は無いって、ハッキリ言ってたぜ?」
「ちっ、うるせーな。テメェは小姑かよ」

 アタリがLynxに、自分以外に付く気が無い事はリョウも本当は分かっている。だがしかし、だ。今までどの相手にも冷たくあしらって来たアタリが、あんなにしつこく現れる嵐山の事をあまり邪険に扱わないのだ。それが酷くリョウの癇に障った。
 
「さっさと嵐山を遠ざけねぇアイツが悪ぃんだよ、あの阿呆がっ」
「まぁ、確かに本気で嫌がってはいないかもね」
「………」
「ちょっと、自分から言ったのに怒るのやめてよ」

 いつもは数人で組んで行うリョウの遊びの始末も、ここのところアタリが一人でこなしている。

「気持ちは分からんでも無いけど、兎に角最近のお前はやり過ぎだ。アタリに関しても、遊びもな」

 このままではアタリが壊れるぞ、と含みを持たせて言えば、もうこれ以上小言を聞く気がないとばかりに、リョウは舌打ちをして部屋を出て行った。



 ◇


「おいワンコ。最近お前の飼い主の周りをチョロチョロしてるちっこいの、気を付けろよ?」

 まぁ、彼奴が陥落するとは思えねぇけどな。と、煙草に火をつけながら嵐山は呟いた。彼が言う通り、最近リョウの周りを媚びてウロつく者が現れた。
 小柄で一見女の子の様に見えるそれは、最近急激に名前を轟かせ始めたTEAM『Succubus (サキュバス)』のNo.2、イオリだ。歴とした男である。
 しかしSuccubusのメンバーは皆小柄で、男でありながら女のような容姿を持ち、身体を使って敵対するチームを陥落させると悪名高い。そのチームのNo.2が、ここのところリョウに頻りと接触するようになったのだ。

 何てことはない、いつも通り喧嘩を吹っかけて来たチームの相手をしている時だった。そのチームは既にSuccubusに落とされていたのだが、女(男)に良い様に使われる姿は正直哀れだった。そんなチームにLynxが負けるはずはなく、簡単に話は片付いたのだが…。
 問題は、その時居合わせたイオリがリョウに惚れたことだった。

 本気か嘘か分からないが、イオリはリョウに惚れた。更に、イオリがリョウに惚れたのはもっと前の話で、不自然に起きた抗争自体がリョウと面識を持つ為に裏でSuccubusが手を引いていたのでは? という話も出ていた。
 アタリは最大限に警戒心を露わにし、片時もリョウの側を離れないと決意するものの、最近リョウ自身がそれを許さない。以前なら、離れる事を許さなかったと言うのに。

 アタリは、無意識にギリッと奥歯を鳴らした。





「アタリさんっ!」

 漸くリョウから言いつけられた仕事を終わらせ戻ると、バーに入るなりヒロが半泣きで飛びついた。

「ヒロ?」
「どうしようアタリさんっ、アイツが来てます!」
「…アイツ?」

 尋常じゃない程青ざめたヒロの顔色に、足を早めフロアのドアを開ける。

「っ!?」

 目に入ったのは、ソファにで煙草を吸うリョウと、その腕に絡みつくイオリの姿だった。

「遅かったな」
「……すみません」

 目も合わせず言われた言葉に、答えられたのはそれだけだった。それよりもリョウがイオリを隣に置いている事実に、イオリの勝ち誇った目で見てくる様子に、アタリは視界が赤く染まる程に腑が煮えくり返っていた。

「ヒロ、ユウキさんは…」
「それが、今日は大事な用事が有るとかで連絡取れなくて…」

 ヒロを筆頭にフロアに居合わせたメンバーの顔色は皆、死人に近い。まさかリョウが取り込まれるはずは無いとは思っても、この様な姿を見せられては不安は拭いきれない。
 あれ程哀れんで来た他所のチームのように、LynxもSuccubusに陥落するのかと気が気ではなかった。

「テメェら…何だ? その顔。何か気に入らねぇことでもあんのか?」

 まさかリョウが、皆の危惧する原因に気付かないはずがない。分かっていて、わざとイオリを連れているのだ。一体、何の為にこんなことを…。
 黙ったままのアタリにイラついたのか、乱暴にタバコを押し潰し消すとイオリを腕に付けたまま立ち上がった。
 リョウの向かう先にある一つの扉。その部屋の中には、ベッドと簡易のテーブルしか無い。何をするかなど考えるまでもなく、フロアには皆の息を飲む音が響いた。

「リョウさん」

 部屋に消えて行こうとするその腕を掴んだのはアタリだった。

「……ぁ"?」

 小さな声だったが、アタリで無ければきっと誰もが竦み上がっていた。

「やめて下さい」


 ―――ゴッ!!!


 何を、とは言わなくても伝わったのか、それとも否定する言葉が気に障ったのか。言い切った直ぐにアタリはリョウに殴られ吹っ飛んだ。

「テメェ、誰に口聞いてる。あ"?」

 吹っ飛ばされ、立ち上がりかけたところを更に蹴り飛ばされ、ソファの前のローテーブルにぶつかる。その衝撃でテーブルの上の花瓶が落ちて割れ、鮮やかに咲き誇る一輪の薔薇の花が落ちた。そのままアタリを殴り続けるリョウに痺れを切らしたヒロは思わず飛び出した。

「アタリさんっ! うぐっ!!」
「ヒ…ロッ!」

 だが、ヒロはアタリに辿り着く前に蹴り飛ばされ、横たわったヒロの横っ面を、リョウが踏み潰す。

「テメェも、誰の許可得て首突っ込んでんだ」

 余りの恐怖に、誰も動けなかった。
 ヒロがピクリとも動か無くなるまで制裁は続き、そのままアタリへと戻ると、次は無抵抗のアタリに殴る蹴るの暴行が繰り返される。初めは笑って見ていたSuccubusのイオリも、次第に顔色を失わせていった。

「で? まだ何か言いたいこと、あるか?」

 満足に動くことの出来ないアタリの髪を掴み上げ、顔を上げさせる。

「やめ…て、下さい。彼奴だけ…は、やめて下さっ、…っ!」

 バシッ! と激しく頬を叩き飛ばす。

「……俺が陥落するとでも?」
「思って、ませ…んっ…けど、彼奴のバックは…ヤバイ。嵐…やま、からも…ひうッ!」

 もう一度アタリを叩き飛ばした所で、今までなど比では無いほどにリョウの声音が変わった。

「嵐山嵐山嵐山嵐山嵐山ぁぁあっ!!」
「リョっ…」
「躾が足りなかったみてぇだなぁアタリ? お前が一体誰のものなのか……キチンと身体に教えてやるよ」

 腫れ上がり殆んど開かなくなったアタリの目に、僅かに映ったリョウ顔。その顔には、何の表情も浮かんでは居なかった。



 ◇



「何だよ……コレ…」

 用事が予定よりもかなり早く済んだことは本当に幸運だったが、それでも既に手遅れとしか言いようが無かった。溜まり場へ戻れば、絶句するしか無いほどにフロアは荒れ果て、メンバーは泣き崩れている者が殆んどだった。

 異常な数の着信履歴に、非常事態だと直ぐにわかった。
 直ちにヒロへ掛け直すも、何時もならワンコールで出るあいつが何度かけても出ない。それはまた、アタリにも当てはまり嫌な予感は膨らみ、そして現実となる。

「ユウキさん!!」
「ヨウスケっ、何だよこれ! リョウは!?」
「リョウさんは…今は居ません…」
「……ヒロ? おいっ、どうした! ヒロ!! …ヒロ!?」

 ソファに寝かされ、手当を受けながらもまだ意識の戻って居なかったヒロが、薄っすらと瞳を開けた。

「ユウ…キ…さん?」
「ヒロっ! どうした!?アタリは!?」

靄のかかった頭も、“アタリ”の名前には敏感に反応する。

「は…あ、あっ! 助っ、けてっ! ユ…ウキさんっ、アタリ…さんがっ!!」
「アタリは……何処にいるの…?」

 先ほどからアタリの姿が見当たらない。リョウと共に出て行ってるのかと思ったが、どうも様子がおかしい。

「ヨウスケ……アタリ、は?」

 嫌な予感程、よく当たる。外れて欲しいと願えば願うほどに、期待は裏切られる。ヨウスケが無言で見つめる視線の先には、硬く閉ざされた扉があった。

「リョウ…さんから、伝言で……ユウキさんに、中の始末を、しておけ、と…」

 ユウキは強烈な目眩に倒れそうになった。あの部屋の使い道など、一つしか思い浮かばない。例えその相手が、アタリだとしても。

 警鐘が鳴っている。

 身体は酷く重く、足は上手く動かない。それでも、彼を助ける為には現実を受け止める必要があった。
 ふらふらとした足取りで扉へ向かうユウキを見たヒロは、ふと、床の上で粉々に砕けた花瓶が目に止まった。そこには花瓶と共に、薔薇…だったものが落ちていた。
 花の好きなアタリが、苦労して育てた綺麗な薔薇の花。あれ程綺麗に咲き誇っていたあの花が。蹴散らされ、踏み潰され、血に塗れたその姿は、ヒロには今のアタリそのものに思えた。

「ヨウスケ…、ひっ…、俺…は、うっく、結局…アタリさんの、気持ちを…守れなかった…」
「ヒロ…」
「何も…出来なかった…あ…う、うああぁぁぁ」

 泣き崩れるヒロに、ヨウスケも、ただ見守ることしか出来なかった。誰かのために何かをすることが、これ程難しいこととは知らなかった。これ程自分が情けない奴だとは知らなかった。
 皆が皆、自分の無力さにただ、黙って俯くことしか出来なかった。




 背後でヒロの叫び声が聞こえた。しっかりと鍵をかけられた扉を開けると、鉄臭さに混じって独特の臭いが漂う。手探りで付けた明かりに照らされたものに、ユウキは息をすることを忘れた。

 “悲惨”としか表しようが無かった。

 ポツリと置かれた質素なベッドの上に、うつ伏せで横たわるアタリ“らしき”もの。
 全裸で横たわるそれは、両手をヘッドの部分に拘束され全身に打撲痕を付けていた。下半身を中心に濡らしているものは血だけではなく、それが何か分からない程阿呆でも無い。

「ア…タリ……?」

 側に寄り、崩れ落ちるように膝を着く。腫れ上がった顔に落ちる、長い睫毛の影が微かに揺れた。

「ユ…キさ……」

 何でだよ、リョウ。お前には、こいつしか居ないだろう? こいつにも、お前しか居なかっただろう? お前が大切にしたかったものじゃなかったのか…。

「ごめん…ごめんなアタリ。気付いてたのに…彼奴がおかしかったこと、分かってたのに…」

 少し動かすこともキツイだろう身体に鞭を打ち、アタリはゆっくりと顔を振って否定の素振りを見せた。

「今、外してやるから…」

 拘束を解く手が震えた。どんなに危ない相手と喧嘩する時も、一度だって震えたことなんて無かったのに。自分にとって、アタリの存在がどれ程大きかったのか…今更気付かされていた。
 痛むであろう身体を気遣いながら、そっとタオルケットをかけてやる。

「…ヒ…ロは…」
「大丈夫、ヨウスケが見てる。意識も戻ったよ」
「リョウ…さんは……?」
「……ごめん、分からない。イオリも消えたみたいだし、どうなってんのか…」

 そうですか、と呟いたアタリの声は、表情こそ分からないものの。ユウキには何処か寂しそうに、切なそうに聞こえた。


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