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2-2***



 数馬さんが見下ろす床の上で下半身だけ衣服を剥がされ、オムツ替えの子供の様な格好で尻にユッキーの指を銜え込んでいた。
 言われた通りローションを使えば指一本などスムーズに入り、違和感はあっても痛みは無かった。
 抜き差しされる度にんっ、んっ、と訳のわからない声が漏れる。だが決して気持ちが良いとは思えなかった。

 俺の横顔にずっと数馬さんの視線が突き刺さってる。

 手を差し伸べられたあの日、俺は数馬さんのモノになった。世の中の人間がどんな感覚を快楽と呼ぶのか知らないが、心を鷲掴みにされたあの時の感覚を表すなら、俺にはそれこそが“快楽”だったと言える。

 テレビから響き渡る甲高い男の喘ぎ声の合間に、にちゅにちゅと粘着質な音が耳に届く。ユッキーは数馬さんの存在に少し緊張している様だったけど、どこか濡れた様な目で俺を見ていた。
 けど、何も感じない。

 先ほどユッキーに触れられ上げた声は、驚いたから漏れたものだ。
 この世に生まれ落ちてからというもの痛みしか与えられなかった俺に、耳を甘噛みされ首にキスをされるそんな感覚は未知なるものだった。
 驚き思わず力が抜けた。でも、こうして慣れてこれば何てことは無く、ただの作業の様だと思った。

 指が増やされる。
 恐る恐る動いていたそれが急に積極性を持ち、グニグニと曲げたり伸ばしたりし始めた。そして掠めた“変なところ”に、俺のカラダが一気に飛び跳ねる。

「ンあっ!」

 ユッキーの息が荒くなった。
 明確にそこを狙って擦られ、激しく動く指でローションが泡立つ音が聞こえる。あっ、あっあっと堪えられず自身の口から声が漏れても、それすら俺には別世界のものに思えた。

 だって、俺に快楽を与えるのは数馬さんだけだ。俺にとって、こんなものは快楽じゃない。

 ユッキーがスカートを捲り下着を下ろし苦しげに天を仰ぐソレを取り出した。女の様な見た目に似合わない、赤黒いグロテスクな物を持ってる。
 それが俺の尻に入るのか…
 それすらも他人事に考えながら、俺はそっと手を伸ばした。

「あっ、あっ、数馬さん…」

 数馬さんと目があった。まだ、冷たい目をしている。
 伸ばした手は床に着く数馬さんの足を捉え、そっとその足首に触れた。それだけで、俺の鳩尾の辺りがギュッとする。

「数馬さんは、俺がユッキーとセックスしたら…嬉しいの?」
「……あ?」

 数馬さんの眉間にシワが寄る。

「っぉれは、あっ…数馬さんに喜んで、欲しい。数馬さんが喜ぶなら…俺も、喜んでユッキーとする…でも、喜ばないなら…俺はしたくない」
「…………」

 ユッキーの手が止まった。
 今の俺の世界は、数馬さんを中心に回ってる。
 言い付けを守らず部屋を出たことは反省してる。俺が全て悪い。お仕置きだって覚悟してる。けど…

「殴ったって良い、閉じ込めたって良い、犯したって良いから…怒ってんなら、お仕置きは数馬さんがして欲しい。俺を…別の誰かに任せないで、数馬さん…」

 俺には、アンタしかいないから。

「ひっ、ぃ…」
「何でユキに触らせたか言え」

 相変わらずくるんくるんと波打つ赤毛を、前髪から加減無しに掴み上げられた。頭皮からツンとした痛みが走る。
 ユッキーは突き飛ばされたのか、ポカンとしながら床に尻餅をついていた。

「あっ、……教えて貰っ…てた」
「何を」
「尻に…数馬さんのを挿れる、ほうほ…ッ」

 ハッとした時には視界がぐるっと一回転して、カラダがベッドに沈む。
 鼻の先がくっ付く程に近づいた数馬さんの顔はやっぱり綺麗で、どこにも熱なんて持って無いように思えた。でも、さっきまで凍てついていた氷の様なあの瞳の奥に、今は青い炎が揺らめくのが見えた。

「何でそうしようと思った?」

 未だ髪は掴まれたままだが、その手の力が緩み少しだけホッとする。

「俺は頭悪いし、こんな見た目だから客も取れねぇし、役に立たない。けど、数馬さんは…その、」
「ん?」
「夜…俺を抱えて寝るから、あの…俺とヤりたいのかと、思って」

 俺がそう言うと、真ん前にある数馬さんの顔がきょとんとする。いつも無表情な顔がそれ以外をするのは珍しい事なのに、

「っ、く……くくっ」

 何かを堪える様に喉を震わせたかと思うと、なんとその後すぐ、数馬さんは声を上げて笑い始めた。
 まだ付き合いの短い俺にだってこれが異常事態だと分かるんだ、ユッキーなんて目ん玉が飛び出るほど目を見開いていた。

「お前はバカでアホでどうしようもないが、勘だけは鋭いな」
「え?」
「ヤりてぇよ、糸ん中に入りてぇ…つったらお前、俺を中に入れんのか?」

 俺は聞かれた事を頭の中で復唱すると、一回だけ首を縦に振る。そうしながら数馬さんの俺への呼び方が“テメェ”から“お前”に変わった事を嬉しく思った。
 数馬さんの機嫌が少しだけ直ってる。彼は、キレてる時だけ俺を“テメェ”と呼ぶから。

「あっそ。じゃあ俺を見ただけで勃起する様なド淫乱にしたいっつっても、お前はそうなろうとすんのか?」
「……どうすれば“そう”なるのか分かんねぇけど、それで数馬さんが喜ぶなら、俺はそうなる努力をするよ」

 数馬さんがまた笑った。
 親指を口の端から差し込まれたかと思うと、そのまま数馬さんの唇が俺に重なった。
 その瞬間、あの日感じた衝撃が全身に走り波紋を広げる。

 口内に侵入してきたぬるりとしたものが数馬さんの舌だと気付いた時には、既に俺の舌は絡みとられ遊ばれていた。
 それは俺が酸欠でぐったりするまで続けられ、漸く唇が離れた時にはもう、俺の意識は有って無い様なものだった。
 数馬さんが俺から目を離すことなく言葉を紡ぐ。

「ユキ、減給も謹慎も免除してやる。その代わり終わるまでそこで見てろ。あと、それを直ぐに消せ」

 聞こえねぇ、と言う数馬さんに、何が、と聞き返すことなくユッキーはテレビを消した。
 それと同時に動き始めた数馬さんに再び口内を蹂躙されたあと、それは首筋を通り鎖骨を噛み、点々と赤い痕を残していった。

「ぁ…あっ、や、あ…数馬さっ、ぁ」

 全身に広がった波紋は治まることなく拡がり続け、僅かに触れられるだけでもイッてしまうかと思った。
 数馬さんが俺に与えるものはすべて特別だ。
 それは“快楽”だって同じことで、先程の機械的に感じていたものとは雲泥の差だった。

「あっ、あ…んっ、ぅあっ、あ、」

 着たままのシャツの下で男らしい指が胸の突起を捏ねては押し潰しを繰り返し、もう片方の手は厭らしく脇腹と腰骨を滑ったかと思うと、あっという間に指を尻の間に差し込んだ。

「ぃあ"ッ!!」
「ぐっちゅぐちゅだな」
「あぐっ! あっぃやだっ、あ! へんっ、変ッ!」
「何が」

 数馬さんの指が入っただけで、頭が可笑しくなるかと思う程の痺れが全身に走った。
指だけでそうなったのだ。
 数馬さんの昂りが差し込まれた瞬間、俺は痛みよりも先にその熱さで眩暈を起こし、気付けば絶頂していた。
 それを見た数馬さんが楽しげに声を漏らす。
 素質が有るとか、とんでもない淫乱だとか、耳元で沢山詰られた。
 でも、ドロドロに溶かされた頭の中はそれすらも快楽へと摩り替えてしまう。

 揺さぶられながら口の中も遊ばれて、痛いのに気持ちよくてどうしようもなかった。
 痛みしか知らない俺はそれが怖くて仕方ないのに、目の前にある細身に見えるがその実逞しい数馬さんの体にしがみ付けば、そんな恐怖も簡単にどこかへ飛んだ。

 もうダメだ。
 俺はもうアンタ無しでは生きられない。
 親すら見向きもし無い、不出来な容姿を小汚く雨に濡らした俺に、アンタは躊躇いも無く綺麗なその手を差し出した。
 あの日のあの瞬間、俺は二度と出られぬ檻に捕まってしまったんだ。

 口から飲み込めなかった唾液を溢れさせ永遠に喘ぐ。その声が女の様には可愛く無いとか、顔を隠さないと萎えるんじゃないかとか、そんな細かいことを考えていられなかった。

 目の前の仕立ての良いスーツに皺をつけたい。
 ただ、乱れさせたい。

「数馬さっ…ことしか、考えっ、らんねっ、あっ、あ! ぁあッ!」

 中で更に容量を増した数馬さんを、絶対に逃すまいとばかりに締め付け、俺はそれを気を失うまで永遠と貪った。




 その後、俺は再び数馬さんよりプラス一週間の謹慎を言い渡され、その間、今度こそ本当に誰も俺の部屋に近寄る事は無かった。
 来るのは食事を用意したマネージャーが日に3回と、夜中にやって来る数馬さんのみ。
 数馬さんは謹慎で有ろうが無かろうが、この日を境に俺のカラダを好きなだけ喰う様になった。前は週に2、3回ほどだった来訪も今ではほぼ毎日だ。その都度俺を喰うのだから、喰われるのもほぼ毎日って事だ。
 そのせいなのか何なのか、最近では数馬さんを見ただけでカラダの奥が疼いてしまう。

 だが、そこに不満は一つもない。
 数馬さんが望むものこそが、俺の望みだからだ。








 後にユキは、この日のことを『地獄だった』と同僚に語る。
 それを聞いた同僚たちは皆一様にユキを憐れんだが、その中の誰一人としてユキの言う本当の“地獄”を理解してはいなかった。

「どうしよう……僕、糸くんであんなにイッちゃった…ううぅ…」

 数馬の取ったユキへの仕置きは、減給や謹慎以上に重いものとなった様だ。



 第二章:END

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