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※ウリ専デリヘルオーナー×受付
男前美形×不細工寄り/歳の差/暴力あり
美男美女な両親が離婚したのは、俺が幼稚園の頃。
くるんくるんの赤毛に腫れぼったい目、低い鼻、まだ幼くて肌理細かいそこに点々と浮かぶソバカス。
『俺の子じゃない』と言い張った父親は、簡単に母親も俺も捨て家を出て行った。
当然母親の怒りは俺に向いて、殴る蹴るの暴力が当たり前になった。だが、それでも生きる為にはその母親の側を離れるわけにはいかなかった。
そんな母親とは案外長い付き合いになったが、2ヶ月程前。遂にその関係が切れた。母は漸く極貧生活から連れ出してくれるナイトを見つけた様だ。
それは俺が二十歳になって、数ヶ月が過ぎた日の事だった。
中卒。
それは例え未成年を脱していたとしても職にあり付くには厳しい学歴だ。
その上俺は中学すらマトモに通ってなかったもんだから、学がなくても受け容れてくれる寛大な場所さえも俺を弾き出した。
簡単な足し算ですら躓くからバイトは直ぐにクビになるし、仕事が無いから当然金は無く、よれよれと家に戻れば家賃滞納で既に追い出された後だった。
借金が無かったのが唯一の救いか。
しかしそれでも生きていくには不十分で…このご時世に行き倒れなんてものを経験したのは、今から1ヶ月前のことだった。
そんな俺は今、何故かそのままくたばる事もなく小さめのマンション一棟を貸し切った一室にて、良く分からない仕事をしている。
「ジンくんは18時inで2時間コース山中様。その後23時から朝までコース松田様。上の203号室と204号室使って」
「へぇ〜い」
「ユッキー今から出れる?」
「大丈夫でぇす」
「ユッキーの相手は赤塚様。いつものラブホ前で合流、今日は女装プレイ希望だから衣装持ってってね。糸(いと)、Sサイズのセーラー服持って来て」
俺はこの店の“マネージャー”である芳哉(よしや)さんの声に反応してのっそりと隣から立ち上がると、衣装部屋へと入り沢山ぶら下がる衣装の中からセーラー服を取った。
(これを男が着るのかよ、まぢキメェ)
手に持ったセーラー服を掲げながら振り向くと、部屋の入り口に小綺麗な男ことユッキーが立っていた。
「糸くんそれMサイズ。僕はSサイズね」
「…………」
無言で元に戻しもう少し小さめの物に取り替えると、俺はユッキーにソレを押し付けた。
「……自分で取れよ」
「もぅ〜、それ位は働きなよ! アレ、本当は糸くんの仕事でしょう?」
言われてみた先には、パソコンでネット予約を確認しながら電話に出るマネージャーの姿が。
「電話番は糸くんの仕事でしょ? 数馬(かずま)さんにバレたらまた怒られるよぉ?」
「バレねぇもん」
「またそんな適当なこと言って!」
隣で頬を膨らます姿は矢張りボーイッシュな少女の様で、こいつを抱きたがる男がいるのも多少は頷ける。
だが矢張り、男は男だ。
男が男を抱きたいなんて感覚、正直間近で1ヶ月見てきた今でも理解し難い話だった。
そう、俺は今、ゲイ専用のデリヘル店で電話番の仕事をしている。
と言っても、あまりに頭の悪過ぎる(態度も悪過ぎる)俺の仕事ぶりを見兼ねたマネージャーが、殆んど俺の分まで働いているんだけど。
「退いてよこの役立たず」
「いつ見てもキモい」
「早く辞めろよバーカ」
マネージャーに指示を受けて外へと出て行く売り子達が、仕事の様に俺へ暴言を吐いて行く。
「ほぉら、また言われた」
「…………」
ユッキーが意地悪く肘で突いてくるが何も言い返せない。だって、この店の大抵の奴は俺のことが嫌いだから。
そりゃそうだ。全くもって使えない癖に、飼い主が“オーナー”ってだけで無条件でここに置いてもらってんだから。
その上そのオーナーってのが…
「糸っ!!」
先程まで電話に出ていたマネージャーに叫ぶ様に呼ばれて振り向けば、その顔は驚く程真っ青だった。異常を察知する。
「ま、マネージ「糸、ヤバイ逃げろ。オーナーにバレたっ」」
「げぇッ!!」
「ほら! 言わんこっちゃない!!」
ユッキーに背中を押され、俺は慌てて着の身着のままって状態で玄関へと走り出した、が。
「オーイオイオイオイ、どこ行くんだぁ? テメェコラァ」
「うぐッ!!」
スニーカーを爪先に突っかけて外に飛び出した瞬間、高い位置から首根っこを掴まれた。
「あ…と………買い出し?」
「手ぶらでかぁ?」
「あ"」
「…………」
無言になったなった相手を見上げれば、そこにはウルトラ不機嫌な顔をした美形が俺を見下ろしていた。
「あ! 数馬さん!!」
「お疲れ様でぇす!」
「おう、行ってらっしゃい」
「「はぁ〜い!」」
どいつもこいつも俺たちの隣を擦り抜ける時に、オーナーこと数馬さんを見て目をハートにして行きやがる。
長身でスタイル抜群、艶やかな黒髪に切れ長の瞳、スッと通った鼻筋と薄めの唇。
そう、数馬さんは男に興味のない俺から見てもドキッとしてしまうくらい滅茶苦茶イケメンなのだ。
二十歳の俺と一回り違うはずの年齢差も匂わせない、大学生と言っても余裕で通る年齢不詳な美貌。
ただ、滅多に笑わない。笑わないんだけど、その笑わない所が良いんだと意味の分かんねぇことをいつも売り子達が言ってる。
実際笑わないだけで数馬さんは売り子に優しいから、人気があるのは理解出来た。
だから取り敢えず売り子と同じ様に挨拶しとけば何とかなるかな…と思ったんだけど。
「………か、数馬さんお疲れぇ〜ス」
「お前は疲れてなさそうだけどな」
「……………」
完全に間違いだった。
数馬さんは首根っこを掴んだまま俺を引きずり部屋の中に入って行く。そうすれば自ずと数馬さんはマネージャーと会うわけで、
「お、オーナー、お疲れ様です」
「お疲れ。で、何でヨシが電話番とネット両方やってんだ? あ?」
あ? は俺を見て言ってる。
「いや、その…さっきは偶々糸が席を外してまして」
「可笑しいなぁ。俺は今日一時間置きに声変えて電話してたんだけどよぉ、一回も糸の声は聞いてねぇ気がすんだよなぁ」
「ッ、」
「で、結局どうなの? 糸、お前ちゃんと働いてんの?」
折角マネージャーが庇ってくれたけどもう無理だ。俺はからっからに乾いた口を動かし言った。
「は………働いて、ねぇっす」
その後すぐ、俺は数馬さんから鳩尾に重ぉい一発を食らってゲーゲー吐いた後、吸い込まれるようにして意識を飛ばした。
「目ぇ覚めたか?」
「マ、ネージャー…」
目を覚ましたらベッドに寝かされていた。
そこは例の店や、客を取る部屋なんかも有るマンションの一室で、数馬さんに拾われて以来俺の部屋として充てがわれた部屋だった。
偶にマネージャーや数馬さんが仮眠を取るために来たりもする。
「腹、一応冷やしたけど多分痣になる。暫く痛むぞ」
「……へい」
腹が痛んで起き上がれない。
寝たまま返事をすれば、マネージャーに大きな溜め息を吐かれた。
確かに働かない俺が悪いのだが、俺だって溜め息を吐きたい。だって、働かないんじゃない、働けないんだ。
電話に出てしゃべれば苦情。黙っても苦情。
考えた上での敬語にも苦情。
メモにマニュアル的なものを全部書いてもらい、それを丸々読んだのに怒られるし、この仕事も俺には向いてないのだ。
いや、最早俺に出来る仕事なんかありゃしない。
同じ部屋に詰め込まれた売り子達からは「タダ飯ぐい」「役立たず」と毎日言われてばかりで、挙げ句の果てには「ブサイク死ね」と来たもんだ。
また自分で自覚があるから言い返せないのも辛いところ。だからこそ俺は、
「マネージャー、俺、辞めます」
こうして何度も何度も辞めると言っているにも関わらず、マネージャーの答えは決まって、
「……糸、ダメだって言ってるだろ?」
「何で? 俺、無理だよ。本当に頭悪いし、なんも出来ねぇし。単なるお荷物じゃないスか」
「ダメだ」
「どうして?」
「どうしても! ダメなもんはダメ! 何と言おうとダメなんだ!」
「オーナーがそう言ったから? 俺がオーナーに飼われてるから?」
俺がそう言えば、マネージャーはまるで子供を諭すように声のトーンを下げた。
「出来ない出来ないって言うけど、まだたったのひと月じゃないか。糸、お前は数馬さんに助けて貰ったんだろ? だったら数馬さんに恩返ししたいとは思わないのか? 感謝してんだろ?」
「……………」
だからここに居ろって言うのかよ。
何も出来ない役立たずと罵られ、吐いて気を失う程強く殴られて。
それでも俺は、ここに居なきゃダメなのかよ…
雨の中で野垂れ死しそうな時、突然差し出された手を俺は思わず掴んだ。
暖かい風呂と食事、清潔な服と部屋を与えられ死ぬほど嬉しかった1ヶ月前。でも…
「も、分かんね」
「糸…」
何故あの人は俺を助けたのか。
あの手を掴んだ事は正解なのか。
どうすれば恩返しになるのか。
そもそも、何故俺は生きてんのか。
それすら今の俺にはよく分からなかった。
「糸、もう一回受付の練習やり直すぞ」
◇
「すいませんがレイは予約で埋まってます。リュウキ、アカリでしたら同じ様に楽しめると思いますがどうでしょう。はい、リュウキで20時にこちらで。はい、お待ちしてます」
あれから3ヶ月。
まだまだ敬語はなってないが、前よりも格段に苦情は減ったし予約も取り付ける事が出来る様になった。
「リュウキさん、20時に205で」
「糸、205は入ってるから301にして」
「じゃあ301で」
「…………」
こう言った細かいミスはまだまだ多い。
売り子からも無視されることが普通だ。
それでもまだ、前みたいに働いてない訳では無いからマシだと思えた。
「糸くん大分慣れてきたね、仕事出来てるじゃん!」
ユッキーが支度をしながら話しかけてきた。今日はナース服を手に持ってる。
「まぁ、少しは」
「相変わらず愛想は無いね〜」
そう言いながら何故かユッキーが抱きついて来た。前からそうだが、やたらコイツは俺に構ってくるしスキンシップも多い。
「離れろ。早く行けよ」
「酷〜い! コレから変なオッサンにあんな事やこんな事されちゃうのに、そんな僕を労ってくんないの!?」
「じゃあ辞めれば」
「もうっ!!」
そうこうしている間に、マネージャーに急用の電話が入った。様子からして苦情の様だ。
「はいっ、はい…え!? 申し訳ありません! はい……只今皆予約で埋まっておりまして…」
何やら大きく揉め始めた様子に部屋の中に緊張が走る。
「直ぐ掛け直しますので、お待ち頂けますか?はい、失礼致します」
電話を切ったマネージャーが、部屋に残っている売り子達に振り返った。
「誰か、マサキの携帯以外の連絡先知らないか?」
名前が上がったのは、少々残念な容姿の売り子だった。
「マサキがどうかしたんですか?」
すかさずユッキーが問うと、マネージャーの顔が苦しげに歪んだ。
「客の所へ行ってないらしい。予定からもう1時間過ぎてお怒りだ」
マサキの相手はこの店の常連客であり、オーナーの仕事繋がりの相手らしく、怒らせると少々厄介な相手だった。
「でも、マサキは大分前に出て…」
「逃げたんだ」
誰からとも無く言われた言葉にマネージャーが頭を抱える。
「不味いな、今日の相手は美形嫌いだから…今は誰も回せない」
オーナーに連絡するしかないか、とマネージャーが携帯を手に取る。しかし…
「俺、行きますよ」
マネージャーの手から携帯を奪った。
「糸…?」
「数馬さん、今日は忙しいって言ってたから。取り敢えず俺でどうか相手に聞いてみて下さい。ブス専なら俺でもイケるでしょ」
マネージャーはポカンと俺を見ていた。
「処女でも良いか、聞いてくださいね。ほら、マネージャー早く」
俺がそっちに側に行くとは思わなかったのだろう。売り子達もみなポカンとしていた。
マネージャーは魂が抜けたように相手に連絡している。その内話しながら此方を振り向いて、俺にGOサインを出した。
「糸くんッ」
只でさえ1時間遅れているのだ。
慌てて目的地のホテルまでの地図を片手に部屋を出ようとすれば、後ろからユッキーが俺の腕を掴んだ。
「相手はネコじゃなくてタチだよ!? 本気で行くの!?」
「穴使うなら勃たなくても良いし、丁度良いだろ」
「糸くん!!」
もう一度引かれた腕に振り返る。
ユッキーの後ろで、マネージャーが心配そうに佇んでいた。
見知らぬ男にカラダを好きにされるなんて、怖くない訳がない。でも、あの店にいて、衣食住を与えられて、それが電話番だけで釣り合うとは思っていなかった。
「これで少しは恩返し出来んのかな、俺」
そう言えば、何故かマネージャーもユッキーも泣きそうな顔をして俺を見ていた。
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