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 俺は血の繋がった弟を愛している。
 目を塞いで、縛り付けて、いつだって俺を中に挿れたままに、その唇は俺以外を味わえないようにして、誰の目にも触れぬ場所に隠したい。
 俺だけのものにしたい。

 そうすることは案外簡単だ。
 由衣のように脅し、和穂の様に押さえ付け犯せばいい。
 少しの痛みと恐怖、それを払拭する快楽を与え堕とせばいい。

 けど、それでは意味がない。
 自由を夢見る鳥を飼ってしまえばいつか必ず逃げられるから。だからこそ、俺は。

「堕ちて来い、紫穂」

 いつまでだって待つさ。
 お前が自ら俺のもとへとやって来る、

 ――その時まで



 ◇




『これからは毎日一緒に帰ろうね?』

 朝一番にそう言った上代は、放課後教室を出て直ぐ数学担当の教師に連行された。どうやら提出物が遅れたらしく、その罰として掃除を手伝わされるんだとか。いつの時代の罰だと言いたいが、まぁ良い。
 待っててね! と上代は簡単に言ってくれたけど、正直いつ戻るか分からない相手をひたすら待つのは苦痛だ。5分ほどは悩んだものの直ぐに先に帰ることを決意。教室を出ようと鞄を掴んだところで、今度は俺が捕まった。これは、上代を置いて行こうとした罰だろうか。



「会うのは初めてじゃないけど…話すのは初めてだよね。初めまして、水城廣世(みずきひろせ)です」

 古くもないのに“旧校舎”と呼ばれている、誰も使わない倉庫と化した校舎に引っ張り込まれ、訳も分からず自己紹介を受ける。

「ミズキ…ヒロセくん」
「僕のこと知らないんだ。これでも一応、風紀の副委員長なんだけど。因みに君と同じ2年」

 水城の言葉を聞いて、なるほどと納得する。
 この学校の生徒会と風紀委員はやたら顔面偏差値が高いのだ。水城がどちらかに所属していることは寧ろ当たり前だと思えた。それ程に、目の前の少年は美しい。

「えっと、それで……ミズキ君が俺に何の用だろう」

 俺の質問に、水城がその形の良い目を一瞬にして吊り上げた。

「先日、君の部屋の前で会ったと思うんだけど」
「ああ…そう、だな」
「何とも思わないの」
「え?」
「僕らが何をしてたか、君は知らないの?」

 質問の意図はよく分からないが、面倒な事が起きてる事だけは理解できた。

「知ってる。でもそれは」
「“関係ない”とでも言いたいの」
「…………」
「君は、恋人が浮気したと言うのに何も感じないの?」

 折角の綺麗な顔が、酷く歪んでいた。
 確かに本物の恋人ならば、即座に上代も浮気相手である水城も断罪すべきなのかもしれない。でも…でも、俺と上代は“偽物”だ。

「上代が遊び人だって事は良く知ってる。俺はそれを承知で付き合ったんだ、責める気はない。それに…どちらかと言うと割り込んだのは俺だろう」

 元々深い関係を築いていたのは水城の方が先だった。そこへ保身の為に割り込んだのは、俺。だから責める気も無ければ、責める資格も俺には無い。俺たちの関係はそれ程に脆く弱いのだ。
 そう思って口にした事だったけど、どうやら水城はそれを侮辱として受け取ったようだった。

「僕とのことは“遊び”だと言いたいの」
「いや……だって、上代とアンタの関係って有名だし」

 水城の名前は興味が無くて覚えていなかったが、水城の存在は有名だ。
 風紀や生徒会に所属はしていないが、容姿が整い非常によくモテる男、上代律希。上代はこの学校内に沢山の遊び相手が居て、いつも誰かしらを連れて歩く様なチャラい男だった。
 マナーとしてなのか何なのか、俺が居る時に部屋に連れ込んだりはしなかったが、それでも校内のそこかしこで男の腰を抱いていれば鈍い俺でもその存在を認識する。だからこそ俺は、人道外れた道を進む為の相手に上代に選んだ。

【口も割りと固く、遊び慣れていて、余り他人に興味が無さそう】

 言い方は悪いが、そんな上代の様な男はもっとも利用しやすいと思ったのだ。そして、そんな沢山いる遊び相手の中でも一番上代の側に居る頻度の高い美人が水城だった。
 以前俺が諒に捕まりすれ違った時も、確か上代はこの少年を横に連れていたはずだ。

「お互い、遊びなんだろ?」
「…………」

 水城が唇を噛み締めた。

「僕がどれだけ君を憎いと思っているか…きっと、想像もつかないんだろうね」
「え…」
「確かに上代君にとって僕は遊びでしかない、それは十分分かってる。だけど、それは君だって同じじゃないかッ。いいや、君なんて所詮“偽物”なんだ、あの人にとって大事なのは君じゃない、その中に流れてる血なんだから! でも僕は違う!! そんなものが無くても僕はっ「ここで何してる」」

 塞がらなくなった水城の口が慌てて止まる。
 俺たちが振り返った先には、入口に凭れて立つ諒の姿があった。

「二階堂先生…」
「ここは立ち入り禁止のはずだ」
「……直ぐ、出ます」

 水城は一瞬だけ俺に視線を向けたけど、直ぐに目をそらし諒の隣をすり抜ける。けど、その瞬間諒が水城の腕を掴んだ。

「なぁ、水城。本当の“偽物”はどっちなんだろうな?」
「ッ、」

 諒は掴んでいた手をパッと外すと、固まってしまった水城を物のように教室の外へと押し出した。足が絡まった水城は床に転がり、怯えた目をして諒を見上げる。

「次、勝手に紫穂に近づいたら殺すからな」

 大きく目を見開き、水城は慌てて立ち上がると足を縺れさせながら走り去っていった。

「…兄さん」

 諒がドアを閉める。そのまま、何もない埃臭い教室の真ん中に立つ俺へと近づいてくる。俺の足は震え、無意識に後ずさった。

「なぁ紫穂。お前、何で上代を選んだ?」
「え…」
「俺たちから逃れたかったんじゃないのか?」
「なっ…なに…」
「なのに、何で上代? 寧ろ余計に逃げらんなくなるんじゃねぇか?」

 トン、と背中が壁に着いた。
 いつかのあの日の様に諒の鼻先が俺の鼻につくほど近づいて唇に吐息がかかる。そのまま諒は何も言わず、ゆっくりと俺のシャツのボタンを外し始めた。
 ひとつ、またひとつと暴かれていく素肌に、働いていない方の指を滑らせる。

「兄さんっ」

 ぴくんと肌を跳ねさせると、諒がふっと笑った。

「随分と敏感になったな。どれだけ仕込まれた?」
「あっ、やっ…」

全てのボタンが完全に外され肌蹴ると、両手を差し込み厭らしい手つきで脇腹を上下に撫でる。

「はっ…あ、ぁ…やめっ、兄さんっ」
「覚えてるか? まだお前がチビのころ、こうして風呂場でよく触ってやったろ」
「あ"ぁあっ!!」

 少し屈んだ諒は、何のためらいもなく胸元で色付く突起に噛み付いた。

「ぃだぁっ! あ、やめろっ! やだ! あ"っ、あぁあっ」

 先の尖った諒の舌が、忘れかけていた過去の記憶を呼び覚まさせる。
 遠い夏のあの日から、何度もこの熱い舌で舐め、転がした。それをいつも……和穂が見ていたんだ。

「あっ!! や、にいさっ、あっ」
「あの頃は名前だったろ」
「ひぃあっ!?」

 大きな手のひらで、硬くなり始めていた下半身を掴み上げられる。

「“彼氏”にバレたら大変だろ? 痕は付けないでやるから、ちゃんと名前で呼べ、紫穂」
「あっ!! ああっ、なッ、あ」
「紫穂」
「あっ、諒くっ…諒くん!! やめぇッ、あぁあっあ、」

 俺のベルトを外しスラックスに手を突っ込んだ諒は、その中で窮屈にしているペニスをひと撫でし蜜を指に絡めると、更に奥まった場所まで手を差し込んだ。

「嫌だ! ダメっ、だめぇえ!! ぁあ"ッ、諒くんっ!!」
「後ろだけでイケたら止めてやるよ」
「ひんッ!! そんな! あっ、嫌だぁあ!!」

 上代に何度も慣らされ、和穂にまで犯されたそこは既に飲み込む喜びを知っている。

「ははっ、自分から飲み込んでく」

 諒が嘲る様に、俺の中は差し込まれた指を奥まで誘導しようと蠢いていた。それが自分でも分かって、どうしようもない仄暗さに包まれる。絶望を目の前にした俺は、諒の口付けを避けられなかった。

「ンッ、んん…はっ、ん…」

 どれ程の人間を相手にしてきたのだろうか。諒の口付けはあの遊び人の上代よりも巧みで、俺の頭の中は翻弄され支配されていた。
 もう、どうにでもなれば良いと…そう思ってしまうほどに。
 
 激しく抽迭を繰り返す指が卑猥な音を立て耳まで犯す。

 堪らない、お願い欲しい、もっと奥まで
 もっと、激しく…

「ああっ、諒くん! りょっ…くん!イキたい! あッ、イキたいぃ! ァあぁあ!!」
「お前からキスしろ。そしたらイかせてやる」

 俺はきっと、どうかしていた。

「あむ! ンっ…ふっんん」

 諒の顔を固定し…目の前で口角を上げるそれに、必死でかぶりついた。
 飲み下せない唾液が顎を伝落ちて浮き出た鎖骨に溜まる。それを諒が舐めとりながら、指を一層奥深く差し込み膨らみを激しく擦り上げた。

「ひぁあぁあ"ア"あぁあ"あッッ!!!」

 まるで叫び声だった。
 足に力は入っておらず、いつの間にか諒に抱きつき支えられながら、下着も付けたままビクビクと絶頂を迎えた。前は触られていない、後ろだけでイったのだ。それも…諒の指で。


 日に日に貪欲になって行く俺のカラダ。指じゃ足り無い、別の物が欲しいとまだ疼いている…。
 どうしてこんなカラダになってしまったんだろう。俺はただ、この人たちから…兄弟から……逃げたかっただけなのに…。
 体は力を失い、俺はズルズルと床に座り込んだ。溢れ落ちた涙は諒の唇に吸い込まれる。そのまま口付けられ、俺の口の中に塩っぱさが広がった。

「やっぱり双子だな」

 目の前にしゃがんだ諒を見上げると、その瞳に酷く残酷な色を携えていた。
 本能が、“危険だ”と…“聞いてはいけない”と叫ぶ。けど、間に合わなかった。

「肌の質も、形も、色も。…和穂とよく似てる」






 ――――上代が喜ぶわけだ









 俺の身なりを見た目だけ整えた諒は、「バレるなよ」と俺の耳元に囁いた。“誰に”とは言わなかったけど、それは言う必要の無いものだった。

 校舎の外は既に暗くなっていた。
 ふらふらとした足取りで寮へと向かう。玄関を開けると上代の靴が揃えられており、先に帰宅していることがわかった。教室で待っていなかったことを怒って居るだろうか。
 少しだけドキドキしながら共有フロアへ入れば、矢張りそこには上代の姿があったが、ソファでうたた寝していた。思わずホッとする。

(早く、流してしまわないと…)

 下着を濡らす感覚が気持ち悪い。俺はそっと息を吐くと、足早に風呂場へと向かおうとした。だが…

「どこ、行ってたの」

ソファを通り過ぎようとしたところで、俺は上代に手首を掴まれた。
 
「ぁ…」

 思わずビクっと体を揺らすと、それを見た上代が寝起きとは思えない鋭い目で俺を見た。

「何その反応」

 立ち上がった上代が俺の首元や肩にスンスンっと鼻を近づける。

「それに…なんなの、この全身から臭う厭らしいニオイ」
「は…なせ、上代……痛ッ!!」

 俺の言葉とは真逆に力を込めた上代。きっと肌には手の跡が付いているに違いない。


 どうして…どうしてこうなってしまったんだろう。
 俺はただ、兄弟から逃げたかっただけだ。その為に俺は上代を選んだ。無欲で、他人に興味が無さそうで、【二階堂家の兄弟】にも興味がない珍しい人間だったから。
 なのに、どうして。どうして、こんな目で俺を見るんだろう…。
 目の前の男の目には今、狂気の色しか浮かんでいなかった。

「これって、“浮気”って言って良いんじゃないの?」
「かみ…しろ…?」

 何かが可笑しいと、気付いた時にはもう手遅れだった。


 頭の中に、【身代わり】という言葉とともに和穂の顔が浮かぶ。
 記憶の中の和穂は、矢張り誰よりも危うく怪しく妖艶で……


 ―――美しかった


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