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 弟と関係を持とうが、同室者と関係を持とうが、俺の世界は拍子抜けするほど変わりない。
 何処かの漫画の様に突然男を欲しがる躰にもならないし、俺を抱いた上代に恋情を抱くことも無い。上代もまた、変わらず美人の腰を抱き昼夜問わず甘い声を上げさせている。
 けど、そうでなくては困る。

 俺は決して、恋愛をしたくて上代に抱かれた訳では無いのだから。


 ◇


「紫穂ちゃん」

 次の授業の準備に移っていると、廊下から鈴の音の様な声が俺を呼んだ。
 その声に反応したクラスメートたちが“姫だ!姫だ!”と沸き立っている。俺はそんな騒ぎに振り向くことなく、一度重い息を吐いた。
(来やがったか…)
 この学校で生徒会役員たちは雲の上の存在だと思われている。たかが美形集団だと言うだけで、だ。だからこそ例え相手が兄弟であっても無下には扱えない。
 そんなことをすれば、明日から俺の世界は地獄と化すから。

「…なに?」

 なるべく前と変わりない態度を心がける。
 由衣から受けた行為に影響を受けているだなんて思われたくなかった。

「あのね、僕お仕事頑張ったんだ」
「うん?」
「だからね、久しぶりに手が空いたの」
「………」
「一緒に来てくれる、よね?」

 俺を見上げる潤んだ大きな瞳に吐き気がした。
 由衣の表情や仕草、視線の強さはいつもと変わらない。だが、そこには紛れもない欲が滲んでいた。俺は今までこんな気持ちの悪い視線を気付かずに受けていたのか…。

「紫穂ちゃん…」

 日差しなど知らないとでも言いたげな由衣の白い指が、そっと俺の指先を握る。
 その瞬間背筋に走る悪寒。
(一も二もなく、今すぐこの手を振り払えたなら…)

 全く力の入っていない由衣のその手は、けれどもどんな力よりも強く俺を教室から連れだそうとした。でも…

「待て」

 賑やかだった廊下は、凛とした声によって一瞬で静寂を取り戻した。

「兄さん」
「学校では先生と呼べと言っただろう」

 呼び方を咎められるよりも前から、由衣の顔には難しい色が浮かんでいた。相変わらず二人は仲が良くないらしい。だがそんな由衣の表情など気にすることも無く、兄…諒はその長い脚で俺たちへと近づいて来た。

「もう直ぐ授業が始まる。どこへ行くつもりだ」
「“先生”には関係の無い事です」
「教師だからこそ関係あるんだろ。次が俺の授業だと知ってのことか?」

 それまで由衣を見ていた鋭い瞳が、スッと俺を見た。
 由衣に限らず、相変わらず俺もこのナイフの様な瞳が苦手だった。この瞳に見られると、言いたい事が中々言えなくなってしまうから。

「まぁ良い。紫穂、お前は今から俺と準備室に来い」
「なっ!!」

 諒は俺を掴んでいた由衣の手を簡単に弾いた。

「勘違いするなよ、由衣。確かにお前は学校の権力者だ。だが所詮、教師(おれたち)からすれば単なる生徒で、ガキでしかない」

 高い位置から冷たく見下ろす諒に由衣は唇を噛んだ。細い肩も心なしか震えている。

「一体どう言う心境?」

 由衣が憎々しい表情を浮かべ吐き捨てたけれど、俺にはその意味が良く分からず首を捻るしか無かった。だが、どうやら諒には伝わったらしい。
 諒は先ほどよりも鋭く目を細めると、クッと口端を持ち上げた。
 それを見た多数の生徒たちが黄色い悲鳴を上げる。

「バレて無いとでも思ってんのか?」
「………」
「まぁ、俺もそろそろだとは思ってたからな。良い機会だ」

 そう言った諒に由衣は今度こそ隠さず舌打ちをした。

「あんまり舐めてると痛い目に合うよ。覚えといてよね」

 教室から連れ出そうとした俺を振り返ることも無く、由衣は背中を向けた。それと同時に、諒も反対方向へと体を向ける。

「さっさと来い」

 どうやら俺は、由衣では無く諒に付いていかなければならないらしい。
 由衣を避けられたのは助かったが、これはこれで胃が痛む。
 兄弟でありながら諒とふたりきりになるのは数か月ぶりのことだった。
 それ程に俺たちは仲の悪い兄弟なのだ。

 諒に連れて行かれる途中、上代とすれ違った。相変わらず隣に美人を侍らした男とは、目が合う事すら無かった。

 
 ◇


 諒は英語の教師で、確かに英語準備室も存在する。
 だが実質その部屋は諒専用の休憩所であって、準備室としての機能など無いに等しかった。つまり、そこへ呼ばれたと言う事は…。

「何か話が有るんじゃないんですか」

 準備室へと入るなり諒は煙草に火をつける。由衣とのやり取りで多少時間を割いているのだから、もうそれ程休憩時間は無いはずだ。

「あの、もう授業が」

 始まってしまいますよ。
 そこまで言葉が辿りつく前に、諒は職員用の机を蹴り上げた。蹴られた机はそれ相応の悲鳴を上げる。

「兄さっ…」

 急に近づいて来たかと思うと、諒は俺の顔に思い切り煙草の煙を吐きかけた。躊躇いなく吸い込んでしまい激しく咽る俺の頬を、諒が加減なしに掴んだ。

「ゲホッ…なっ、に」
「お前、誰に触らせやがった」
「ッ!?」

 俺は由衣に向けて作っていたポーカーフェイスを忘れ、目を見開いた。それを見た諒が掴んだ俺の顔を勢いよく横向きに捻るから、首の筋がグキっと鳴る。

「痛っ」
「ちゃっかりマーキングまでされやがって」
「マ……キング?」

 諒は顔を掴む手とは別の手で、曝け出された俺の耳の後ろを触った。

「由衣、じゃあねぇな。アイツならもっとえげつない痕を残す」
「に、兄さん」
「隠し通せるなんて思うなよ」

 諒がボソッと囁いた。
 俺の耳は敏感にその吐息を拾い、喉がひゅっと空気を呑みこむ。

「身内ですら面倒臭ぇのに、これ以上増やすんじゃねぇよ」
「ひっ!!」

 何でだ? どういう事だ?
 確かに諒は、俺の事を嫌っていたはずなのに。諒が可愛がっているのは俺なんかでは無く、全然似ていない双子の弟のはずで…なのに、何で……。
 諒は長い指で顔を固定したまま、無防備な俺の首筋に舌を這わせた。

 遠くで本鈴が聞こえた。
 でも俺の身体は恐怖に固まり、逃げることは叶わなかった。





 鍵の掛けられた準備室のドアが、密かにコンコンと鳴らされた。シャツの下で俺の胸元を弄んでいた諒の手がピタリと止まる。返事はせずジッとドアを見ていると、もう一度コンコンと小さな音がした。
 諒がチッと舌を鳴らしシャツの中から手を引き抜く。
 俺は瞬時に身なりを整え、ドアに向かって行く諒を見ながら呼吸を落ち着けた。

「はい」
「あ、あのっ」

 面倒臭そうにドアを開けた諒の前には、由衣と似たタイプの少年が頬をバラ色に紅潮させて立っていた。

「……何だ」
「え、あの」

 少年はチラリとドアの隙間から諒の後ろを伺った。そうして準備室の中の俺と目が合うと、先ほどよりもじもじと身体をくねらせる。諒が何か言おうと口を開きかけたその時、俺は走る様にして二人の間をすり抜けて部屋から出た。
 背中に刺すような視線が送られていたが、俺は気付かない振りをしてとにかく走った。
 息を上げて教室に辿り着けば、窓側の一番後ろの席で上代がひらりと手を振って見せる。それを見た途端一気に力が抜け、俺は自分の席に倒れ込むようにして座った。
先ほど舐められた首筋が焼ける様に熱い…。

 諒が教室にやって来たのは、それから5分程してからの事だった。




 ◆


「で、何の用だ?」
「ぼ、僕…先生に呼ばれたって聞いて」
「……誰がそう言った?」
「え、えっと…同じクラスの山口君に…でも山口君は隣のクラスの池戸くんから聞いて、池戸くんは…」
「もう良い」

 諒は目の前の少年を押し退けると、苛立った様子で準備室を出た。

「せっ、先生!」

 どれ程可愛らしい少年が物欲しげに見つめ呼び止めたとしても、諒にとっては何の効果も無いし興味も無い。今、諒の関心を引いているのはただ一つ。

「どこのどいつだ」

 兄弟の仕業ではないと勘で分かった。
 あの二人の弟なら、自ら邪魔をしにやって来るはずだから。

 この日を境に、諒は和穂との慣れ合いをピタリと止めた。

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