3-1
「はっ、……すげぇ寝汗…」
最近よく、昔の夢を見る。
あの悪夢の様な時間を、まるで昨日のことの様に思い出すのだ。
何を感じ、何を思っていたのか…その記憶がリアル過ぎて毎日眠る度に疲れて行く。
俺以外に触れないで―――
あの時確かに思ったソレは、決して愛だの恋だのなんて甘い気持ちでは無かった。そんな純粋な気持ちから生まれたものでは無かったのだ。
嬲られる間、何度も考えた。
なぜ俺が?
なぜ俺が?
なぜ、俺が?
風紀の乱れを正す為とは言え、例え閉鎖的な男子校だったとは言え…俺の様な男を犯す必要が何処にある? そうしてずっと考えている内に、ある答えに辿り着いた。
上村は…俺の事が、好き?
ははは、まさか! と直ぐに笑い飛ばした。
見た目は美麗で背も高く、頭脳もピカイチでその上大企業の御曹司。そんな高級なブランド品の様な男が、態々落ちぶれた俺の様な生徒を、しかも男を好きになるだろうか?
まさかそんな訳は無い。と最終的にはそこへ行き着くのに、でもまた“じゃあ何故俺を?”に戻ってしまうのだ。
“俺だけに執着している”
その考えは、俺にとって最大限の自己防衛だったんだと思う。何か理由が無ければ、あんな屈辱には耐えられ無かった。単なる反逆者への征服欲だとは思いたく無かったのだ。
でも、結局それは間違っていた。
委員長の仲谷にさせていた行為を見て、俺は現実に戻された。
あの男は、躰を使って俺を…俺たちを押さえ付けて居るだけだと。
ただそれだけの事だったのだ、と。
他の支店から急遽食材を届けて欲しいとの要請を受け、隣の県まで車を走らせることになった。
「取り敢えずクレームは俺に繋げ。俺が繋がらない時は本部から折り返して貰ってくれ」
「はい。店長は今日、店に戻られるんですか?」
「いや、多分店を手伝わされるから無理かな。カギ渡しとくから店仕舞い頼むわ」
「了解しました、気を付けて行ってきて下さいね」
この店で一番の信用を勝ち取っている赤坂に店を任せ、俺は車に乗り込んだ。
◇
「あれ、赤坂もう帰ったか? ンな訳無いか。閉店作業に手間取ってんのかな」
思ったよりも早く解放され携帯を確認してみれば、メッセージボックスに未読のメールが入っていた。相手は赤坂。
【何時になっても構いません。店に一度戻って下さい】
そうして店に連絡を入れてみるが誰も電話に出ない。店に来いと連絡を入れてきたのだから、帰ってしまったと言うことは無い筈だ。
取り敢えず自宅に直行するのは止めて、店へと向かう事にした。
(明かりは…点いてる?)
一時間以上かけて店へと戻り表から確認すれば、鍵はかけられ店内はライトダウンされている。だが、店の奥には電気が点いていた。
矢張り電話を掛けた時は作業に追われていたのかもしれない。
「ちょっと脅かしてやるか」
俺はそのまま、店側から合鍵を使って中へと入った。
足音を忍ばせ店の奥へと入っていくと、厨房に電気が付いているのが分かった。そのままそっと近付き、厨房入り口で「わっ!」と声を上げて中に入る。が、
「あれ…誰も居ねぇじゃん」
そこにはただ中途半端に残された洗い物が投げ出されているだけで、赤坂の姿はどこにも無かった。
「うわ、俺ダセェ〜」
さっきの「わっ!」はきっと店中に響いていたに違い無い。赤坂にはもう、俺がいることはバレているだろう。
一人恥ずかしくなって頭を掻きながら、今度は普通に足音を隠さず事務所へと向かった。
それは、“予感”だったかもしれない。
中途半端に開いた事務所の扉から光が漏れていた。それは随分と弱い光で、きっと部屋の電気は消してありデスクの照明だけを使っているのだろう。それを見た俺の全身に鳥肌が立つ。
止めろ
行くな
見てはいけない
脳内では激しく警鐘が鳴り響いていた。
でも、足はあの時と同じ様に止まることはなく、手も意識とは別で勝手にドアノブへと伸びる。
ドクン、ドクン、ドクン
まるで心臓が耳元にあるみたいだった。
伸びた手がドアノブを掴み、ゆっくりと押し開く。
ギ……ギィ……
扉を開けると、中には知らない女の子が椅子に腰掛けて居た。その前には、こちらに背を向けて跪く赤坂らしき男の姿がある。混乱に気を取られている内に、俺はその女の子と目が合った。
背筋に冷や汗が流れる。
女の子はふっと口元に笑みを浮かべ、跪く赤坂の顎を持ち上げた。その瞬間、俺の喉の奥でひゅっ、と空気のぶつかり合う音がした。
ぴちゅ…ぴちゃ…ぢゅく、ぢゅ…
女の子の…いや、それは女の子では無かった。
赤坂は、女の子の様に見えるその子の……男の象徴を口に咥え込んでいた。その目はどこかトロンとしており普通では無い。
「っ…か、さか…」
俺の足は、記憶を辿る様に後ずさる。
一歩、二歩、三歩……そこまで行ったところで背中が何かにぶつかった。
「どうした? 随分と震えてる」
振り向いた先で、氷の王がしたたかに笑っていた。
◇
「な……んだ、これ…」
気が付くと俺の腕は背中で拘束されていた。
上半身は前の肌蹴たワイシャツのみにされ、下半身は下着すら剥ぎ取られている。そして…
「アンタ……何、やって…」
何がどうなったのか、俺は事務所の椅子に座る上村の膝の上…つまり、上村と対面座位の形で向き合っていた。
机を背にして肘をつき、上村は俺をジッと見ている。
「な、なん…」
「連絡を待っていたのにちっともかけて来ないからな。此方から迎えに来たんだ」
「……は?」
「名刺を置いておいただろう」
そこで漸く、以前ゴミ箱へ投げ捨てた名刺を思い出した。確か裏には11桁の数字が書いてあったはずだ。物凄く、神経質そうな字で。
「あんなもん…直ぐに捨てたよっ!」
「相変わらず生意気な奴だな」
「んう"っ」
上村は俺の前髪を後ろへと掴み上げた。
為すがままの俺は奴に喉元を曝け出す。
「まぁ、それを待っていたんだがな」
「ンあ"っ! あっ、なにすっ、」
突然俺の喉元に噛み付いたかと思うと、そのまま肌蹴たシャツを抜けて上村の指が胸元の飾りを引っ掻いた。
「ひんっ!」
「はっ、お前昔よりも敏感になってないか?」
「てっ、テメ! なにすっ、あっ!」
抵抗しようにも腕は背中で一括り。その上カラダは奴の膝の上なのだからどうしようもない。それに…
「おいおい、もうこんなになってるぞ」
「はあうっ、うあっ、ひっ…あっ」
自分の手でしか慰めてやれなかったカラダが今、信じられないほど熱を持っていた。
素っ裸の女を前にしても、色男に迫られても何をしても…自身の愛撫でしか勃つ事のなかったそこが今、天を仰ぎ、蜜を溢れさせていた。
「あ…何でっ、何でこんなっ! ゃだっ、嫌だっ! お前なんかでっ! お前なんかでっ!!」
悔しくて涙が出る。
単なる征服欲に弄ばれ、嬲られ、後戻り出来なくなった俺のカラダ。
女を抱く事も出来ず、だからと言って男に走る事も出来ず…泣きながら自身で尻を弄り、教え込まれた“良い処”を指で擦る。
それがどれだけ辛くて、虚しくて、怖かったか…アンタに分かるか?
「ひあっ! あッ! あぁアぁあっ」
昔よりも少しだけ無骨になった長い指が、敏感な先っぽばかりを弄り俺のペニスを容赦なく追い上げる。久しぶりの他人の体温に、心よりも正直なカラダは歓喜に震え直ぐに絶頂へと駆け上った。
「はっ、はっ…ぁ…」
「随分と早いし、濃いな」
馬鹿にされたと思い上村を睨む。が、
「なっ!?」
上村は涼しい顔をして、俺の吐き出した精で汚れた指を舐め上げた。そのまま濡れた指を俺の前にかざし、笑う。
「この指の行き先は、もう分かるな?」
「やめろ…やめ、いっ!」
ずぷっ、
人の制止なんて聞きもせず、遠慮なく秘所に指が侵入する。
それも、一気に2本。
「ンぅう"っ」
「へぇ…お前、自分で弄ってたのか?随分と柔らかい」
「あうっ、んっ、あ"ぁっ、あっ!」
すんなりと上村の指を飲み込んだそこは、過去の快楽を覚えているのか奥へと誘う。たった2本の指なのに、自身の指3本で弄るよりも快感を拾った。
「これなら楽に入るな」
「ぅあ"ッ!!」
無造作に動き回っていた指がズブっと抜き取られると、上村は自身の前を寛げた。
そこには、昔よりも成長したソレが禍々しく光り、揺れていた。
上村が深く深く息を吐く。
「や、ゃだ…やめっ、」
「お前、女を抱けないんだってな」
「…ねがい、やめてくれ…」
「勃たないんだって? でも、どうだ? 今のお前は全身で喜んでる」
「頼む、から!」
「俺が欲しくて堪らなかったか?」
俺の瞳から、ポロっと涙が零れ落ちる。
「…もっ、赦して…」
「…………」
「俺をっ、もう解放してくれッ!!」
その言葉を聞いた上村が、口角を吊り上げた。
「安心しろ。今直ぐ解放してやるよ」
灼熱の杭が一瞬にして俺を貫いた。
「ぅあぁあ"アアぁぁあ"ぁあッッ」
ギッ、ギッ、ギシッ、ギッ、ギッ
古びたキャスター付きの椅子は、良く軋み良く弾む。
ぐっぷ、ぱちゅんっ、ぱっちゅ、
「あ"っあっあっひあっンッ、あっ」
腰を掴み上げられたかと思うと、また強く落とされ奥深くまで侵入してくる。
俺の足は床に届かず、揺さぶられるがままにゆっさゆっさと揺れた。
このカラダを知り尽くしている上村は良い処ばかりを擦っていくから、休みなく目の前には火花が舞い散る。
「はっ、ぁん!あっ、あうっあっ」
縛られた腕の痛みすら今は快感に繋がり、頭の中はもう何も考えられなくなっていた。
ただひたすらに快楽に涙を流し、耐えきれなくなったカラダを上村に預ける。すると、少しだけ腰の揺らしを緩めた上村が凭れかかった俺の顔を手に取った。
「逃げるな」
「ぁっ…ぁっ、な……にっ? ぁっ」
「俺から逃げるな。受け入れろ」
「んむっ!? ん"っ、ふっ、ンん"」
嬲られ続けた高校時代。
性器を舐めさせられ、性液を飲まされ、尻にペニスを打ち込まれ、揺すられ…そんな中で、只の一度も俺たちはキスを交わしたことが無かった。
「んちゅ、ぁふっ、ンン! んっ! んっ!」
それがこうして今、初めて交わっている。
「ふあぁっ!」
口内を貪られながらの激しい突き上げに耐えられなかった俺は、どぷっと大量の欲を吐き出した。濁流の様な快楽に、心もカラダもついて行けていない。
ふわふわとした心地の中に埋もれるように、俺の意識も遠のいていく。
そんな闇に飲まれようとする最中、俺の名前を誰かが優しく呼んだ。
『― 糸眞 ―』
それが誰の声なのか確かめるとこも出来ぬまま、俺の意識は完全にブラックアウトした。
次へ
戻る