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“札付き”の俺と連んでいた奴らは、俺が上村と同室になった途端離れていった。
まぁ、それはある程度仕方ない事だと諦めもつく。誰しも飛び火を恐れるものだ。例え劇的に変貌した俺に違和感を覚えていても、それを口にする奴は居なかった。
そうして俺は、誰からも隔離された様な生活を送っていたのだが…そんな嬲られ続ける日々の中で、たった一度だけ希望の光を見た事があった。
「有岡くん」
「……仲谷」
上村と同室になってひと月ほど経った頃、放課後の教室にて一人のクラスメートに声をかけられた。そいつはクラス委員長をしている仲谷だった。
「ねぇ、大丈夫?」
「……なに、が」
声を掛けて貰えたことは正直嬉しかった。でも、恐れの方が大きかった。俺が上村にされている事がバレたりしていないか…それが怖かったのだ。
「顔色が悪いよ? 風紀と…上村委員長と何かあった?急に様子も変わってしまったし」
矢張り俺の変化は急激過ぎて、周りに違和感を与えていた様だ。仲谷の言葉に、通り過ぎかけていた生徒たちが興味を向けたのが分かった。
“皆が異変を気にしている”
その事実を認識した途端、先程まで感じていた恐怖は吹っ飛んだ。
もしかしたら助けて貰えるかもしれない。救いが何処かにあるかもしれない。そう、思ったのだ。
「俺、は……」
「言いたくなければ無理しないで。そうだな…例えばそれは、寮の部屋が変われば状況も変わりそうなのかな?」
「え、」
「良かったら、僕が進言してみようか」
心底心配そうな表情で提案してきた仲谷に、俺は柄にもなく縋り付きそうになった。そんな気持ちを必死に抑え、スラックスを強く握り締める。
「善は急げ、だね。今からでも上村委員長を訪ねてくるよ」
「仲谷、」
「直ぐに結果は出ないと思うから、あまり期待しないでね。取り敢えず明日また話すよ」
じゃあ、また明日ね。と仲谷は俺に背を向けた。その瞬間俺は詰めていた息をドッと吐く。
助かる。助けて貰える。
今直ぐには無理でも、きっと近々何かしらの進展は有るはずだ。
期待に胸が踊った。希望に震える体を抑えようと、俺はぎゅっと強く目を瞑る。
だから気付かなかった。
風紀室へと向かう仲谷の足が、酷く軽快だった事に。
◇
俺の為に風紀へと乗り込んだ仲谷を置いて、独りソソクサと寮へは帰れない。そう思った俺は鞄が置き去りにされている仲谷の席の周りを暫く彷徨った後、結局自分も風紀室へと足を向けた。
でも、部屋には誰も居なかった。そう認識した時に直ぐに帰るべきだった。なのに、俺は気になってしまったのだ…部屋の奥にある、もう一つの扉が。
どうしてか呼吸が上がる。
心臓の音は自分の耳にまで届き、全身が異常を訴えていた。
でも。
それでも。
俺の体は止まる事なく扉へと向かう。
はっ
はっ
はっ
上がる呼吸を必死で抑えながら、手をドアノブに伸ばした。
ギ……ギィ………
扉を開けば、薄暗い部屋の中の上村と目が合った。体が反射で強張る。
上村は保健室にあるような簡易のベッドに腰掛けていた。そしてその目はしっかりと俺を捉えており、やがて視線が僅かに下を向く。
俺はそれに釣られる様にして目線を下げた。
その瞬間、息を呑む。
そこには、先程見たばかりの背中があった。
でもそれはさっきの様に立っては居らず、床に膝をつく形で俺に背を向けて座っていた。
ぢゅぽっ、ジュプ、むぢゅっ、
『ン……っ、……ふ…んん……』
(仲…た、に……)
むわりと立ち込める独特なニオイ。
ここ最近で聴き慣れてしまった水音と、そして息遣い。
『ンふっ…上村ひゃま、ンえむらひゃっ……ん、』
『旨いか』
『おいひぃれふ…ンむ、おいひぃれふぅ』
じゅっ、じゅく…むちゅ、じゅぽっ
呆然とする俺に気付かない仲谷は、まるでそれが甘美な菓子であるかの様に、必死で上村のペニスにしゃぶり付いていた。
俺は吐き気を催し口に手を当てる。足は無意識に後退り、気付けば逃げ出していた。
絶望していた。
「ぁうっ…く、ふうっ、うっ」
俺を裏切った仲谷にか?
いや、違う。
「もっと腰を上げろ」
「あふっ…ンっ、ぃやぁ! あっあっ」
では、俺を嬲り続ける上村に?
「ああぁあっ!! あっ、痛っ、あ」
「っ、キツ…」
いや、それも違う。
扉を開けた時、俺は確かに咎めてしまったのだ。
「はっ、あっ、ぁうっ、ひあっ!!」
「ああ、ここが好きか。よく締まる」
「ぃやぁっ、あっ、ひっひぃ、あ"っ」
俺以外に…、仲谷に触れる、上村を。
「もっ、イキたっ…ぃ、あっうぐッ」
「イかせて欲しければ、二度と余計な奴を送り込まないと誓え」
「ちかっ…う、誓うっからぁ! あっぁンッあっ、もっ…出るぅ!!」
チカチカと火花が散って、やがて闇に呑まれる。その中で俺は絶望していた。
あの時、確かに思ってしまったのだ。
俺以外に触れないで――――――
「馬鹿にしてんの!?」
小気味の良い破裂音が部屋の中に響く。
トラウマを抱えてからと言うもの、何度女性を抱こうとしても上手くいかない。勃ちさえしないのだ。
こうして無駄な努力に頬を犠牲にするのも、もう何度目か分からない。
色気を振りまいて寄ってきた女は、般若の様な顔をして部屋から出て行った。
それももう数え切れない程見てきた光景だ。
それでも、諦めることが出来ない。
「アイツしか駄目だなんて…絶対にあり得ないッ!!」
床を殴る音は虚しく空気に溶けた。
◇
「信じらんないっ!馬鹿にしてる!!」
「おい、女」
「はぁ!? なにッ……よ…」
「聞きたいことがある。答えろ」
「はっ、はい!!」
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