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【あらすじ】
高校時代、優等生から不良へと道を踏み外した有岡糸眞は、今は居酒屋の店長として平穏な日々に落ち着いていた。だがそんな平穏な日々は、豪雨と共にやって来た一人の客によって崩される…。
※攻めによる受けへの無理矢理行為あり
上村彗月(うえむらはづき)×有岡糸眞(ありおかしま)
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“最悪な日”と言うのは、厄介な事がとことん重ったりするものだ。
何年ぶりかに引いた風邪は思ったよりも酷くなり、俺の体力を根こそぎ奪っていった。だからと言って、日本で暮らす社会人にゆっくり療養する様な時間は無い。
また、俺の様に飲食店の店長として働いていると、直ぐに人員が不足したりして余計に余裕が無かったりする。穴は自分で埋めるしか無いのだ。
病み上がりでまだ痛む頭を抱えながら職場へ向かう。
漸く定着し慣れてきたバイト達に店の中を任せ、今日は裏で事務仕事でもしていようと思っていた。だが、厄介な事にメインで働いているバイトが一人、突然休むことになったのだ。
代わりを探すが今日に限って誰も見つからず、仕方なく自ら店内に立つことにした。まぁ今日は酷い雨だし、それ程混む事も無いだろう、そう思っていた。なのに…。
「何なんだこの忙しさは!!」
平日のなか日。
その上雨だと言うのに、店はここ一番の混み具合を見せてくれたのだ。
こちらの目が回るほどに忙しく、仕事帰りの人で混み合う店内。最早頭がクラクラする原因が風邪なのか疲れなのか分からなくなる。まぁ、多分両方なのだけど。
「さっきお客さんに聞いたんですけど、雨のせいで電車が止まってるらしいですよ」
「だからか!」
バイトの赤坂が汚れ物を持って戻って来た。その額には汗が滲んでいる。
「閉店までずっと混むかもしれませんね…店長大丈夫ですか? 顔色ヤバイですよ」
「……吐きそうだっつの」
ずっと続くこの忙しさを想像して吐き気が込み上げた。
実際このあとは赤坂の予言通り、俺は閉店まで休みなく働かされることになる。記録的豪雨だったのだ。だが、この日の俺の“最悪”はまだ終わってはいなかった。
そう、最大の“最悪”がまだ待ち受けていたのだ。
――ピンポーン
「あ、オーダー」
慌てて水に汚れ物を放り込もうとする赤坂を制して俺は一呼吸入れる。
「俺が行ってくるよ」
「いや、でも」
「動いてないと逆に辛いんだ」
俺がそう言うと赤坂は「分かる気はしますけどね」と眉を垂らして一歩下がった。時計を見れば、もう少しで日付が変わる。あと2時間の辛抱だ。
「よしっ、やるか」
俺は注文を取るためのハンディターミナルを掴み、呼ばれた席へと足を向けた。
そう、これが間違いだったのだ。
「お待たせ致しま……し、た…」
目の前には、冷たい印象を与える美貌を持った男が座っていた。その男の対面には一際可愛らしい女の子が座っている。
「注文、いーい?」
「あっ、はい! どうぞ」
ニコッと笑って見せた可愛い子。この子は全く問題ない。そう、問題なのは…
「…………」
オーダーを取る間中、ずっと刺すような視線を送って来ていた冷たい美貌の男の方だった。
「な…んで、」
オーダーを取り、あの視線から逃げるようにして厨房内に飛び込む。
「なんで…ここに来るんだよぉ」
上村彗月。
あの美しい男が持つ名前だ。
そしてそれは、俺に最悪のトラウマを植え付けた男の名前でもあった。
「勘弁してよぉ…」
俺は、そのままズルズルと頭を抱えて座り込んだ。
◇ ◇ ◇
高校時代。
それは俺にとって一番の暗黒時代と言える。
俺はその高校生活によって、壮絶なトラウマを背負うことになったからだ。
親の期待に添う為に死に物狂いで勉強して入った高校は、由緒正しき男子校。
全国から優秀な生徒が集まってくるその高校は全寮制で、遠くの者から近くの者まで皆寮に入るのが決まりだった。
今まで勉強で縛られてきた俺は、親の望み通りの高校に受かった事と、そしてその家から出た解放感によって…見事敷かれたレールから足を滑らし落っこちた。
「はぁ!? 何で俺が引越しになるんだよ!」
極限まで色を抜いた髪、着崩された制服。
俺は入学してから直ぐに不良の道へと足を突っ込み、2年に上がった時には既に“札付き”になっていた。
それは今までの人生で一番楽しい時間だったのだが、その時間を潰すべく現れたのが【風紀委員】だった。
「君の素行が余りにも悪いから、そう決まったんだ」
「だから! 何でそこで引っ越すことになんだよ!」
「それは、」
風紀の副委員長がそこまで口を開いたとき、今まで黙っていた男が立ち上がった。
この学園で“氷の王”なんて笑える呼び名を付けられている、俺より一学年上の風紀委員長、上村彗月だ。
ダセェあだ名だ、なんて言って指差して笑ってやろうと思っていたのに…俺は笑うことが出来なかった。目の前の男は、確かに“氷の王”だったから。
「有岡、お前が引っ越す先は俺の部屋だ」
「は…?」
「お前の生活態度を根本的な所から改善することになった。今日これから直ぐ、速やかに寮を移動し、俺と同室で生活をして貰う」
「なっ!?」
「この件に関してお前に拒否権は無い」
そう言った目の前の男は、少しも表情を変える事なく冷たい瞳で俺を見ていた。
「一週間だけ時間をやる。その間に全ての態度を改めろ」
「はぁ?」
「お前の身の為だ」
上村が部屋を移った俺に言ったのは、たったそれだけの事だった。
次の日、遅刻する俺を起こしに来るでもなく、制服を着崩した俺とすれ違おうとも注意することもなく。部屋が変わってからも相変わらずの生活が続いていた。だが…その変わらぬ生活が悲劇を呼ぶことになる。
「あっれ…もう授業始まってんじゃん」
引っ越してから八日目の朝。
目を覚ませば時計の針はとっくに授業の始まる時間を過ぎていた。のろのろと起き上がり、水を飲みに部屋を出る。
「案外、何てこと無かったな」
どんな強制生活が待っているのかと思ったら、初日に交わした一言以外にあの男が俺へ関与することは全くなかった。グラスの水を一気に喉に流し込み、流し台にドンと置いた。その音と、後ろから声をかけられたのは同時だった。
「俺は言ったはずだ。一週間で直せ、とな」
その声を耳で拾ったと思った時には、もう俺の意識は真っ黒に塗りつぶされていた。
◇
「店長、あの人知り合いですか?」
赤坂が客を見送り戻って来る。
「…知らねぇよ」
「そうなんですか? でも、レジ済ませる間もずっと店長の事見てましたよ、あの男の人」
横顔や背中に感じていた視線を思い出し、体がぶるりと震えた。
「しかし格好良い人でしたねぇ…男の俺でも惚れちゃいそうなくらい」
そう言って笑う赤坂も、俺と比べればよっぽど整った容姿をしているし、女にもモテる。でも、あの男はそんな比ではないのだ。
学園中の生徒、そして教師までもを虜にし、それをあたかも当たり前のように過ごすあの男には、本当に反吐がでる。
目を覚ました時には全裸でベッドへ縛られていた。暴れても、怒鳴り散らしても、泣き喚いても…誰も助けになんて来なかった。氷の王は何の表情も変えることなく、その冷たい瞳で俺を犯した。
『ぃあぁあっ!! あ"ッ、ぁあ"っひぃあ』
今も耳から離れない、あの日の自分の声。
肌がぶつかり合う破裂音の中に混じる粘着質な音と、耳元にかかる他人の息。
『あうっ! ぃあ"ッ、ぁン! あっ』
その無様な姿はしっかりと録画されており、それを掲げて王は言う。
『バラされたく無ければ、俺の言うことを聞くんだな』
そんな時ですら王の表情は変わらない。
髪色が戻り、遅刻は無くなり、制服もきっちりと着込むような、模範的な生徒へと俺が変貌を遂げる。だが…
『なぁ"ッ、あっ! ふぁっ、あ"ッ』
王が学園を去るまでの一年間、俺はあの部屋で犯され続けた。そうして流れた一年は、やがて俺を取り返しのつかないモノへと変えてしまった。
女に勃たない。尻を弄らないとイケない。
だが男に抱かれることも恐怖に駆られて出来ない…。
自身でしか慰めてやれない、人を愛せないカラダへと変わってしまったのだ。
漸く思い出すことも少なくなって来ていたのに、何故今頃現れる?
俺はもう、解放されたいのに…
俺はポケットに手を突っ込み、テーブルの上に置かれていた名刺を取り出す。その名刺の裏には、潔癖そうな字で書かれた11桁の数字が羅列していた。でも、そんなものに意味なんて見出したくなかった。
名刺はそのまま俺の手の中でぐしゃりと握り潰され、ゴミ箱の中へと消えた。
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