小説 | ナノ


▼ 当日、朝(少女様)

『準備終わった』

『まだ?』

『メイク、すっげー顔かゆい』


ポンポンと、ひっきりなしに届く通知に、私もスタッフさんも笑ってしまう。どうやら鳴くんの方は着付けも全部終わったらしい。私の方が時間かかっちゃうの分かっているんだから、後で来ればよかったのに。

「すみません、通知うるさくて」
「いえ、待ち遠しいんですね」
「(単純に暇なだけだと思う……)」

そう思った言葉は胸にしまって、小さい笑みを返す。あんまり笑うと、メイクが崩れちゃうかもしれないから。

「……よし、こちらも綺麗に仕上がりました」
「ありがとうございます」

髪とドレスと、丁寧にチェックをしてもらって、こちらの準備もようやく終わった。机に腕を伸ばそうとしたものの、上手く動くことができない。スタッフのお姉さんからの「新郎様にお声かけしてきましょうか」という有難い言葉に頭を下げて、私はとりあえず立ち上がった。

(あっという間に、結婚式になっちゃった)

鳴くんと付き合って、プロポーズされるまでは随分と長く感じていた。実際10年もかかったから、長い方だとは思う。だけど、そこからは早かった。

お互いの両親へ挨拶をして、友人たちへ報告をして、結婚会見も(鳴くん一人で)開いて。シーズンに入ってすぐに入籍をして、シーズン開けに結婚式。当然鳴くんはあまり準備ができなかったけど、そこは暇な私がいたから何とかなった。

――コンッ

ひとつだけノックがなる。鳴くんだ。

「どうぞ」

どうやら私も緊張してしまっているようで、ちょっとだけ声が小さくなる。廊下には無事届いたようで、ゆっくりと扉が開く。

「……かのえ?」
「もう、鳴くんメッセージ多いよ」
「うん」
「スタッフさん笑っていたんだからね」
「……うん」

先ほどまでの勢いはどこへ消えたのか、ぼんやりとした表情のまま、鳴くんがゆっくりと歩み寄ってくる。

「……鳴くん?」

先ほどまでのことを彼に伝えるも、通じているのか判断できない返事だけが返ってくる。もう、自分が喋れたらそれでいい人なんだから。そう思って呆れながら小さく笑うも、鳴くんは唇を噛んで私の正面に立つだけだ。

「鳴くん」
「かのえ」

途端、その青い瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。


「綺麗」


「かのえ、すごく綺麗」


私の前に佇んで、無表情に涙を流す彼をみて、私はまた小さく笑う。今度は頑張って机に腕を伸ばし、数枚取ったティッシュを丁寧にたたんで彼の頬に触れた。

「メイク取れちゃうよ」
「……ヤバイ、泣くと思わなかった」
「試着は来られなかったもんね」

ようやく調子が戻ってきた鳴くんが、私からティッシュを受け取りゴシゴシと瞼をこする。ごめんなさい、メイクさん。そう思いつつ、私は箱ごと彼へ渡す。

「どうしようかのえ、無理」
「無理とは」
「絶対泣く」
「もう手遅れだよ」

ぐずぐずと鼻をすすりながら、しゃがみ込む鳴くん。私は上手く動けなくて、そのまま彼のつむじを見守る。愛されているんだなあと、こんなことでも実感できるなんて。

「……ねえ、鳴くん」
「なに」
「やっぱり何着ても似合うね」

ティッシュで押さえた顔を上げてくれる。もう既に目が赤くなっているのだが、リハーサルまでに直るのかな。

「そりゃ俺だもん」
「それもそうか」
「でも、世界一かっこいい服装じゃないけどなー」
「世界一?」

鳴くんのことだから、今が一番かっこいいって言い張るんだと思っていた。しかし続く言葉を聞いて、私は素直に肯定する。

「俺はユニフォーム着ている時が一番かっこいい」
「それは確かに」
「でもかのえは今が一番綺麗」
「えへへ、ありがと」

流石に陸上競技のユニフォームと比べたら、ドレスで着飾った今の方が女性らしく見えると思う。しかし改めていわれると、やっぱり嬉しいものである。

「私、今日の世界で一番幸せな人かも」

思わずこぼしてしまった言葉に、ようやく涙が落ち着いた鳴くんが、丸い瞳をこちらに向ける。ぐしゃぐしゃになったティッシュたちをゴミ箱に捨て、また私の正面に立つ。少し見上げて彼を見れば、普段通りの、自信たっぷりな鳴くんが見えた。

「かのえは二番目だよ」
「えっなんで」

「俺が一番、幸せだから」

そう言って、救い上げるように私の手を取る。今度は丁寧なノックがなり、返事をすればどうやらリハーサルを知らせに来てくれた式場の方だった。



「……私も一番の自信があるんだけど」
「陸上には同着1位ないんだろ?」
「なら今日は野球方式にしよう」
「引き分けってこと?」
「うん」

鳴くんに手を引かれるまま、廊下へと歩みを進める。スタッフさんがドレスを持ち上げてくれてゆっくりと移動をしながらも、私たちはいつもの調子で会話する。


「よし、今日は二人で幸せになろうか」


外に出ると、式場に到着した頃とは違い、随分と日が高くなっていた。眩しい日差しを受けながら、私たちは新しい門出へと向かう。

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