小説 | ナノ


▼ 30

「あ、」

(成宮のこと、忘れていた)

それを私が思い出したのは、雅と分かれ、2年生の廊下を歩いているタイミングだった。もう雅とイチャイチャし終わったし、今更髪切った話題掘り起こされるのもイヤだから、しれっと席に戻ろうかな。

なんて考えていたけど、教室は全然そういう空気ではなかった。

「あ、かのえちゃん帰ってきた!」
「大丈夫だった?」
「ほらー成宮、はやく行けって」

「うっさいな!分かっているっての!」

半泣き状態の成宮がずんずんこっちに歩いてくる。

「なんで成宮まで泣いているの」
「泣いてない!」
「ああ、そう」

全力の声で否定されたので、そういうことにしてあげた。

「……で?」

先ほどクラスメイトから急かされていた様子から察するに、私に何か言ってくれる気配だ。昼休みも残り少ないし、私の方はもう終わった気分だからつい催促してしまう。

「……めん」
「えー何聞こえなーい」

「ごめんって言ってんの!!」

キレ気味に言ってくる成宮をみて、委員長がノートで頭を叩く。痛いとまたキレた。こいつ、謝る立場だってのになんでこんなにも偉そうにできるんだろう。尊敬しちゃう。

「委員長、もういいよ」
「かのえちゃん、そんな簡単に許していいの?」
「うん。みんなが充分叱ってくれたみたいだし」
「ガキみたいな扱いやめて!」
「成宮は黙ってて」

私が満足していると分かってくれたみたいで、クラスの女子が席に戻る。成宮もよほど堪えたのか、大人しく席についていた。



「……ねえ糸ヶ丘、」
「何?」
「ほんとごめん」
「だからもういいって」

私の背中をつついて、成宮が呼びかけてくる。本当にもうどうでもいいのに、随分としょげていた。それと、よく見たら頬も片方だけ赤い。男子も怒ってくれていた様子だったし、誰かにビンタでもされたのかも。

「雅さんと何喋ったの?」
「内緒」
「……そっか」
「ああでも、髪褒めてもらえた」
「ショートがいいって?」

もしや、という顔をしてこちらを見る成宮。だけど、残念ながら雅はショートカット好きってことはなかった。

「ううん」
「で、でも雅さんならどんな糸ヶ丘でも好きだと思うよ!」
「それも言われた」
「……」
「自分から振っておいて、ウザがらないでよ」

慰めたいのなら、最後まで慰めろ。なんて思っても、成宮は結局こういうやつだ。充分反省したようだから、もういいか。私は改めて前を向いて授業の準備を始める。

が、また背中をつつかれる。

「ねえ、糸ヶ丘、ねえ」
「今度は何よ」


「俺は短い方が可愛いと思う」


スンとした表情で、そう伝えてきた。

「ああ……そうなんだ」
「うん、それだけ」
「あ、ありがとう」

驚いてついお礼を忘れそうになったけど、お礼の催促をされなかったから逆に口から出てしまった。


(髪、切ってよかったかも)


雅からプロポーズまがいのことを言ってもらえたし。それに、素直じゃない坊ちゃんからの誉め言葉もあったからね。


―FIN―

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