8、聞いて

「もうすぐ僕の誕生日なんだ」


色あせた革張りの分厚い古典に視線を落とすネズミの横顔は、室内灯が照らし出す陰影さえも計算しているかの如く綺麗だ。届いているはずの僕の声に、ネズミは無言で次を促した。

「だから、ネズミにお願いがある」

澄んだ灰色の瞳が、ようやく僕に向けられた。

「ネズミのことを抱き締めさせて欲しいんだ」

「は?」

ぽかんと開いた唇は、ネズミがコントロール出来なかった故の表情だろう。すぐに消えてしまったそれを、僕は幸せな気持ちで見つめた。

「ネズミは、僕に甘えてくれないだろ? だからこんな時くらい、僕の胸に頬を寄せて欲しいんだ。そして僕はネズミのことを抱き締めていたい。プレゼントの代わりに、ね?」

そう言って、僕はネズミの座るソファの肘掛に跨った。片足は床へと下ろし、もう一方はネズミを挟むようにして、彼の背中の後ろへとまわす。一段高い位置にいる僕の胸に、ネズミの顔がちょうど収まるだろう。酷く呆れていたけれど、ネズミは肩をすくめただけで、その場を離れたりはしなかった。

「こんな事が望みだなんて、本当に変わってるな」

僕が頷くと、ネズミは風に揺れる花弁のように、僕の胸へと凭れかかった。僕の胸にネズミの頬が寄せられる。高い位置でまとめた髪に触れて紐解けば、艶やかな銀の光を放ちながら、サラサラと僕の指の間を流れ落ちて行った。本の頁を押さえていたネズミの手が、優雅な弧を描いて僕の鎖骨へと掛けられる。ほの暗い部屋で、1つになった影が壁へと写し出される中、僕はネズミの体温を感じていた。

「あんたの胸、走り出したみたいにドキドキ鳴ってる」

ネズミがくすりと笑った。

「ねえ、ネズミ」

僕の腕の中で、ネズミが顔をあげる。普段は少し高い位置にある瞳が、まっすぐに僕を見つめていた。

「これからも、こうして僕の心の声を聞いて欲しい。僕はいつだって、君のことが好きだ」

「紫苑」

彼の意思の元、丁寧に僕の名前が呼ばれる。たおやかに僕へ体を預けていても、本当のネズミはよくしなり、強い。だからこそ僕は彼に惹かれるのだ。

「あんたばっかり喋ってるけど、俺はまだ大切な事を言って無い。お誕生日、おめでとう」

綻んだ唇に、僕は誘われるままキスをした。





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