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 四番隊診療所の一室。外にかけられた札は『第三席 杜屋由布子』。その引き戸を開け、四番隊隊士が中にいる白衣を羽織った女に声をかけた。

「三席、午前の診療終わりです」
「はい。ありがとう」

 声をかけられた女、つまり私は、両手を天に向けて突き出し、固まった身体を伸ばす。

 今日の診察は数が少なかった。不調を訴える隊士や住人が少ないのは良いことである。出来ることなら、皆健康に過ごしてほしい。

 そんなことを考えながら書類に手を伸ばした時、霊圧の波と共にドカーン、と物騒な音が外から聞こえる。この感じはあれか、と思うと、予測通りの叫びが窓の外からした。

『浦原ァ!また霊圧調整ミスっただろ!』
『すみません!悪気はないんです!』
『こんな小さいものに膨大な量ぶち込んでどうする、バカ!』
『ひえぇぇぇん!』

 いつものことだ。浦原喜多という女は面白いことに、精密な調整は出来る。しかしどうしてか大まかな調整になると加減がバカになるのだ。これは霊術院時代から変わらない。彼女は攻撃系の鬼道を全く使えないのだが、もし使えていたら大変なことになっていただろう。きっと、卒業するまでに霊術院の建屋は全壊したはずだ。

 書類に筆を走らせていく。診察の報告書、引継ぎ内容をつらつら書き記し、ついでにこの場で済ませられる仕事をさくさく進めておく。

 暫くして騒ぎが落ち着いたころ、扉が叩かれる。入室を許可すれば、式典に出席していたはずの卯ノ花隊長だった。

「お帰りなさい、卯ノ花隊長」
「ただいま。杜屋、お疲れさまでした。休憩に行ってらっしゃい」
「はい」

 午前の勤務終了。昼休憩を取るべく、隊舎の外へ出た。お昼を馴染みの定食屋でとる。安くて美味しくて、何より量がちょうどよい。

 お代を払い、店主に会釈して店を出る。だらだらと四番隊の隊舎へ戻るべく歩いていると、十二番隊の方から何かを猛烈に痛がっていそうな感じがした。ここか、と塀に飛び乗ってみる。

「…猿柿副隊長、どうなされたのですか」
「杜屋…」

 足を押さえて蹲る猿柿副隊長を見つけ、塀を乗り越えて十二番隊舎に立ち入る。傍目から見たら不法侵入なので気配を消しつつ、回道を使いながら、事情を聴く。…気配を消しても回道を使えば意味は無いのだが、気分だ。

 浦原喜助という新しい隊長が気に食わないこと。
 曳舟隊長と違って暗殺ばっかりしてきた男で、へらへらしてて、しょうもないこと。
 十二番隊の雰囲気と全く違うこと。
 何より、何を考えているのか分からないこと。

「ああ、それはしょうがないと思います」
「何でや!」

 詳細を聞き始めた時から脳内で一人の女が踊っている。本当に踊っているわけではないが、ひょこひょこ顔を出してくる。

「外見的特徴を伺っても?」
「色素薄めでなんや、こう………こんな顔や!」 

 わざわざ描いてくれるあたり、猿柿副隊長は善良な方だ。
 しかし、よく似ている。描かれたものは、今朝どころか毎日見ている顔にそっくりで、おそらく髪留めを外せば瓜二つまで到達する。脳内の彼女が親指を立てた。

「浦原喜多をご存じでしょうか」
「四番隊六席ってくらいなら知っとるで」
「浦原隊長は、おそらく喜多の兄です」
「――――ハァ?!」

 気に食わないのは知らない。
 暗殺ばかりというのは隠密機動所属だったのだろう。喜多の家は、隠密機動の家系だ。
 十二番隊の雰囲気と全く違うというのは、おそらく彼女も同じ。
 何を考えているのか分からないのは、相手の頭が良すぎるからだ。

「私も兄がいるという話を聞いたことがあるだけで、本当に実在するのかは知らないのですが」

 思い出すのは霊術院時代の一幕。

『お兄ちゃん、めっちゃ優秀で頭いいの。だから変なことばかりしてて意味わからないところが多いんだよね』

 これが血のつながった妹の発言である。家族でも分からないとはこれ如何に。

「兄の話をするときの喜多は、大抵眉間に皺が寄ります。おそらく、面倒な兄なのでしょう」
「ソイツに会いに行くで!案内しろ杜屋!」
「承知致しました」

 猿柿副隊長が隊舎から飛び出す直前、曲がり角の向こうから隊長羽織を着た死神が現れる。

「………」

――――妹とは、随分性格が違いそうだ。

 予測通りの顔をした男に向けて会釈をし、音もなく十二番隊舎を後にした。



 午後に突入した四番隊席官室は、平和なものであった。何事もなく仕事は進み、副隊長の帰還で追加の仕事ができたが作業に問題は無い。紙と筆が擦れる音しかしないが、穏やかな空間が作られている。

 その中を、

「借りてくで!」
「うひゃあなんて強引な誘拐ィ!!」
「浦原!!!」

突然の闖入者が割って入り、副隊長に書類を手渡したところの女をかっさらって窓から飛び出していく。

「大丈夫です副隊長、死にはしません」

 その後を、深紫色の瞳を特徴とした無表情な女がついていく。その手には浦原の斬魄刀と草履が。

「………杜屋がいるなら気にする必要もあるまい」

 仕事続行――――副隊長の一声で、四番隊席官室は平静を取り戻した。



 場所は変わって四番隊中庭。

「あー、えっと。初めまして。四番隊六席 浦原喜多と申します。よろしくお願いします」

 誘拐された被害者もとい友人は、加害者に名乗った。我が友人ながら暢気なものである。

「猿柿ひよ里。兄貴と挨拶そっくりやな気に食わん」
「すみませんすみません!兄が初日からすでにご迷惑を!」

 流れるように謝罪が始まった。今までにない奇行だ。…正直、驚いている。

「ハア?!何も知らへんのに謝罪始めるんか?!」
「いや、もう絶対お兄ちゃん変なことしましたよね?!だからブチ切れてるんですよね!?」
「変な挨拶カマしたの以外はまだやってへんぞ!」

 その言葉を聞いて、頭を下げた状態で喜多の動きが止まった。

「ああ…では、先に言っておきますね」

 頭が上がるのかと思いきや、膝が折れる。まさかと猿柿副隊長が止めるが、喜多の動きの方が圧倒的に素早かった。

「兄がご迷惑をおかけします。誠に申し訳ありません」

 全方位どこから見ても美しい………見事な土下座だった。

 その後のことは、喜多の栄誉のため、面白い光景とのみ言い表しておこう。




 夜、自室に一人。

 寝支度を済ませ、窓から月を眺めつつ、酒を飲む。

『今日はなかなか、愉快だったのう』

 口をつけていたお猪口を置き、酒を注ぐ。そうすれば、お猪口は私ではない手によって持ち上げられ、傾けられる。

『声をあげて笑っても良かったのではないか?目を細めても、口角を上げても、誰も咎めはせぬというのに』
「私には必要ない。だから、あなたにあげるわ」
『そうかい。…まあ、主の望みなれば』

 空っぽになったお猪口が置かれる。徳利から酒を注ごうとしたが、こちらも空だ。犯人は――――薄紅葵の花を残して帰ったらしい。

「私に表情は要らないの」

 斬魄刀の上に載っている薄紅葵を手のひらへ。ふう、と息を吹きかける。

 バラバラに散った薄紅葵が夜空に消えた。




四番隊第三席、深紫の君