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「………」
『お主が焦っても、何も変わらんぞ』
「……でも、」
『酒でも飲むか?カッカッカ!』

 瀞霊廷内の一人用宿舎にて、由布子は『薄紅葵』を片手に、落ち着かない休日を過ごしていた。

 転神体とやらで卍解の修行をすると言って喜多が地下に潜ってから3日。今日で修業は成否問わず終了するため、地上に上がってこなかったら由布子が彼女を救助に行くと約束していた。それ故に今日明日は休暇を取り、喜多の無事を祈りながら、そして卍解習得の成功を祈りながら、自室でそわそわし続けている。

 そんな主人の気分を気遣ってか、『薄紅葵』は珍しく長時間実体化して、由布子の隣で酒を飲んでいる。もちろん酒は由布子のモノであったが、まったくもって落ち着かない時間を過ごす上で、気の置けない話し相手は重要過ぎた。

「酒は、飲まない。…今日は、『薄紅葵』にあげるわ」
『景気良いのう!じゃあ秘蔵の日本酒も、』
「それはだめ」
『けちじゃのう』

 そう言いながら、2本目の酒瓶に手を伸ばした『薄紅葵』。主人と同じで笊の彼女は、梅干しを舐めながら日本酒を飲んでゆく。

「塩分過多と酒の飲みすぎは上杉謙信のように死ぬわ」
『私は人にあらず、じゃがなあ』
「でも、ひとの形をしている」
『そりゃあ、人の主を持ったからには人の形をせねば、お主と意思の疎通がなかなかできんじゃろうが』
「…『薄紅葵』、そういうところ、本当に優しい」
『由布子が優しいから、私も優しくあれる』

 ふ、と息を吐く。

 本当にそうなら、嬉しいことだ。

 『薄紅葵』が用意した梅干しを、由布子もつまむ。流石に酒ではなく、湯飲みに入れたほうじ茶へと落として、梅干しを潰して味をなじませる。

「しょっぱ…」

 追加でほうじ茶を入れ、ついでに『薄紅葵』へもほうじ茶を注いでやった。

『ほうじ茶は好かん』
「でも、白湯は嫌なんでしょう」
『それは、まあ』
「水分補給は大事。美味しくお酒を飲むためにもね」

 そう言って『薄紅葵』の顔を見れば、自分とはあまり似ていない、洋風の顔立ちをした黒髪の女性が苦笑する。

『流石四番隊出身といったところかのう』

 着崩した着物の襟から覗く肌は白く、酒を飲んでほんのり上気した頬が艶やかだ。こちらを見る瞳は瞳と同じ黒色で、洋風の顔立ちと、和風の色合いがちぐはぐに見えるのは、私のちぐはぐで脆い心がそう見せているのだろうか。

『由布子』

 名を呼ばれる。

『お主は転神体、使うのか?』

 意外でもない質問だ。故に、答えはすぐに見つかる。

「使わなくて済むなら、使いたくはないかな」

 無理やり聞き出すのも、無理やり引き出すのも、私は嫌だもの。

 そう答えれば、『薄紅葵』は目を細める。

『それでいつまでも卍解を使えなかったら、どうする』
「どうするも何も、精進を続けるだけよ」

 刀を手に取り、鞘から抜く。夕焼けの刀身が、きらりと光る。

「あなたは私の斬魄刀。私の力の源。力はあればあるほどいいけれど、多すぎる力は私が壊れる。でも、精神的にも、肉体的にも、それを扱えると判断したら、あなたは私に教えてくれる」

 刀身から目を離し、黒い瞳を見つめる。

「だから、まだ霊術院のひよっ子のころであっても、あなたは私に応えてくれたのでしょう?力があると認めてくれたのは、あなたなのよ」

 そう言えば、『薄紅葵』は目を閉じてくつくつ笑う。

『そうじゃな。私も、お主も、そういう質よな』

 彼女が酒を飲み干す。迷いのない動作で、刀を持つ私の手に彼女の手を重ねた。

『名を教えよう』
「!」

 『薄紅葵』の姿が薄紅葵の花弁となって散る。耳元でささやく声が、彼女の本当の名前を告げた。

『必要な時に、心して使え――――杜屋由布子』

 紫の渦が、視界を覆った。




 次に瞬いたとき、視界は私室を映した。

 とっちらかっていた酒瓶はきれいに片づけられ、由布子が注いでやったほうじ茶もきれいに飲み干されている。

 夢か、と思わなくもないが、由布子はちゃんと、彼女の名前を知っている。

 手に持ったままの刀に視線を向けた。

「ありがとう、『薄紅葵』」

 室内に、夜明けの明かりが差し込む。いつの間にか、深夜を回って朝が近づいていたらしい。

 鞘に刀をしまった時、部屋の呼び鈴が鳴る。

「やほー、杜屋ちゃーん」
「喜多…?!」

 玄関の戸を開ければ、目の下にクマを作った喜多がなだれ込む。咄嗟に手を伸ばして受け止め、ずりずりと引きずるように部屋の畳に寝かせる。

「修行はねー 上手くいった、からさー」
「うん」
「とりあえず、おやすみ〜………」

 状況を理解しきれない由布子を置き去りに、喜多は目を閉じて動かなくなった。静かな室内で、すぅ、すぅと寝息を立てている。

 客用の布団が無いので、自分の布団を引っ張り出して、喜多にかけてやる。季節柄凍死の心配はないので、これで十分だろう。

――――修業はうまくいったって、言っていた…

 眠る彼女の、色素の薄い長髪を束ねる髪紐を解いて、可能な範囲で櫛を通す。くすぐったいのか、それとも過去に経験があるのか、「むー お兄ちゃん くすぐったい」と寝言が漏れる。

「………」

 ぬひひ、と笑みを漏らす喜多の姿を見て、失ったものを思う。

 長い時が経っても忘れられぬ、楽しかったあの頃と、あの人たち。ひときわ色濃く残る、あの男。

 つと視線をずらせば、勤務時は必ず着けている髪留めが見える。

 何十年とたっても未だ捨てられぬ、代を重ねて使い続ける五花弁を模した髪飾りは、間違いなく私の執着だ。それほど、あの頃も、あの人たちも、あの男も、私にとって大切だったと、今ならはっきりと言える。…事件の直後は、状況に怒っていたけれど、時が経てば流石に整理もついて、目的がはっきり見えるようになった。

 喜多の笑顔を守り、自分を生かし、失った彼らを取り戻す。

 そのためには、きっと、藍染という男とその仲間を倒さねばいけないのだ。

 あと、『薄紅葵』の期待にも応えねばならない。

「私は強くなるよ」

 すべての思いを抱えて落ちないように、一層の精進を己に誓う。

 武器は手にした。あとは、それにふさわしい人になるのだ。それは、藍染をも超える『強さ』を持つひと、そのものに違いない。




人形の決意