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「…嘘でしょ?」

 イシュラーナは馬を全速力で走らせながら馬上でため息をついた。彼女の周囲にいるのはルシタニアの騎馬ばかり。つまり、

ーーあの状況で逸れたんですね分かります…!

「ああもう私のバカ!ーーヴィルミナ!頑張って!」

 思わず舌打ちしたイシュラーナはしばらく前の朝の出来事を思い返す。

 宿泊が野宿に変わり数時間後の朝、朝食を終えたアルスラーン一行は地図を持つアルスラーンを中心に集まった。

『それで殿下、これからいずれの方角へ向かいますか?』
『そうだな…南へ行けばギランの港町、東はペシャワール…』
『西なら西方国境を守る歩兵中心の部隊もおります』
『うん。…一晩考えたがここはやはり現時点で最大の兵力があり信用できる人物のいるところーー少し遠いが東へ』

 ということだったのだがーー

「『万騎長キシュワードのいるペシャワール城を目指す』と言いましても、ホディールの兵に敵討ちされたり、ルシタニア兵達が街道を覆っていたり、山に火を放たれたり、兄さんにルシタニア兵の集団をせき止めてもらったり、煙と敵兵の充満する森を駆け抜けたりと本当に散々なことばっかりじゃないですか!!」

 しかも逸れたし1人だし!!とイシュラーナはキレた。横を取ろうとした敵に苛立ちを込めて容赦のない斬撃を首に浴びせ、前には道しかないことを確認して後ろの敵へ振り向きざまに矢を浴びせた。
 それだけでは収まらず、ムシャクシャしながらも思考を続ける。

「敵もしつこいし腹立ってくる………ってか、情報収集に長けすぎた人間が敵方にいるのか」

 そうじゃなきゃルシタニアの人がパルスに詳しいわけがないとぼそぼそ呟いて嫌な顔をするが、思い返したパルスの武家の中に1人、いろんな意味で条件の合う人間を見つけたイシュラーナはさらに顔をげんなりと歪めた。

「カーラーンさんのところのザンデさんか…」

 あの人嫌いだったなぁ、と昔に王都で彼と出会った時を思い返す。なんだか無駄に暑苦しいし頭はそれなりに回るようだけど私には勝てないし、多分兄さんより剣の腕前も潔さも劣るんだろうなぁ…

「でもまあしつこいのは納得か。彼もしつこい人間だった」

 そうしてまた苛立ちを弓を引く力に変えて敵を新たに二人屠ったイシュラーナは不覚にも敵を近くにまで寄せてしまっていたことに気づく。苛立ちは良くない、うん。剣に持ち変える時間がないと判断するや否や、適当なところに吊るしていた水筒を持って片手で蓋を開け、腕を振って中身を敵に撒き散らす。そうして敵がひるんだところを持ち替えた剣で次々に突き刺しては斬り、相手の数を減らしていく。そして逃げる隙があれば落ちかけていた馬の速度を上げて走らせるうちに、なんとか敵を撒いた。

 長時間逃げ続けたことによる疲労に息を荒げつつ、安堵からか馬から降りてへたり込む。ふう、と息をついたイシュラーナは愛馬に吊るしていた袋の中より油紙に包んだ平べったい小包を取り出す。油紙の中身はもちろん無事で、一人分の干し肉が滑り落ちそうなのを手で止めた。

「…また"備えすぎ"に世話になるとは」

 イシュラーナはフードの中で、干し肉を齧りながら呟いた。先程威嚇のためにばらまいた水は袋しか残っていない。そのため川を探さないといけないのだが、周囲はルシタニアの追っ手で溢れている。状態的には厳しいだろう。

「さて、どうここを切り抜けるかって話だけど…場所がわからないのよね」

 空を見上げるが、最悪なことに新月の夜だ。暗い。星を見ても現在位置がわからないのではどうにもならない。元来た道を戻って街道に出たいが、それをすれば格好の的だ。困った。本当に困った。

「誰か道案内してくれないかなー」

 そんな都合のいいことなどない。しかし言わずにはいられなかったので自己満足のためにそう言った時、

「誰だ」

男の声が暗闇から飛んできた。反射的に立ち上がりながら干し肉を地に置いた油紙に落とすように載せると、剣の柄に手を置いた。

「イシュラーナ。私は名乗りました、あなたも姿を現して名乗りなさい」

「…………」

 暫くののち、沈黙を保ったまま一人の人間が姿をあらわす。黒茶色のローブに、フードを被っている。その人はフードをおもむろに外すと、ランプーーデザインは完全にヨーロッパのものだーーに明かりを灯す。

「ーーあ」

 明るくなった世界で見えたのは、後ろで束ねた黒髪と、私と同じ深紅の瞳。

「俺はシェゾ。ーーロタの一員」

 切れ長の目が私を捉えた。

森で出会う


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