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 王都エクバターナ、元ヴァフリーズ邸の地下室にて。地下の狭い空間に言葉が反響した。それは、明らかに訛りのあるパルス語。

「新たな死人が出た!回収してこい!」

 ルシタニア兵の荒々しい声に、パルスの衣服に身を包んだ初老の男使用人が低く、やんわりとした声で返事を返す。

「嫌でございます。もう夜ですから、どうか睡眠をとらせてください」

 初老の男の後ろには、たくさんのパルス人がいた。皆生きており、縮こまって成り行きを見ている。彼らこそ、この屋敷の、ヴァフリーズ邸の使用人達だった。

「黙れ!」

 ついに、ルシタニア兵が剣を掴んで抜いた。初老の男が身構え、後ろに固まる人たちは怯えた声を上げる。丸腰かつ対抗手段を持たぬ彼らに、何かするということは出来ない。

「異教徒の分際で!俺に逆らえばどうなるか――」
「――分かっているでしょう?」

 滑らかで綺麗に発音されたパルス語が空間に響く。
 そして、使用人達は見た。自分達から見て正面、いきなり現れた人間がルシタニア兵の胴体、心臓部分に背後から剣を突き刺す。一撃で屍となった兵士の体は剣が抜かれると同時に地面へ崩れ落ちる。若者は剣から血を振り払うとそのままの流れで鞘に収める。その動作は酷く滑らかで素早い。その動きが主に似ていることに気づき、またマントの下に着ている衣服の袖に覚えがあった彼らはまさか、と溢す。

「そのまさか。――お久しぶりです、みんな。アトロパテネ前以来ですね」

 その若者は被っていたフードを脱いだ。紺色のポニーテールと、深紅の瞳が表れ、使用人達の顔が希望に塗り替えられた。

「――イシュラーナ様!」

「ただいま。みんな――生きていてくれて何よりです。本当に。ちなみに、ダリューン兄さんも無事です」

「お嬢様こそ…!」
「よくぞ!」

 感極まったのか、使用人達が嬉しそうに駆け寄ってくる。料理長なんて泣きじゃくりながら私の頭を撫でてくる。嬉しい。嬉しいけどね。

「ああみんな、ばれますから静かに…ね?」

 興奮して声が大きくなり始めた使用人達を、彼らからしてみれば救いともいえるイシュラーナが慌てて静かにさせた。

 イシュラーナは一通りの顔を見回し、欠員がいないことを確認した。どうやら我が家の使用人達は優秀らしい、怪我もなくちゃんと生き残っている。無駄な抵抗をしないよう努めたのだろう。
 使用人を取りまとめている長がイシュラーナの前に出てきて、老いて白くなった頭を下げた。

「アルレイさん!」
「再びお目にかかれて光栄の至りでございます。私たちはご主人様――ヴァフリーズ様がお亡くなりになったと聞きました。まさかダリューン様やイシュラーナ様がそのようになっていないことを信じておりましたが…それが真実でしたとは。本当に嬉しい限りです」
「私も嬉しいです。誰一人欠員がいないことは本当に素晴らしい。みんなを守ってくれてありがとう、アルレイさん」
「ですが、屋敷はこの有様でして…」
「何を言いますか。みんなの命より安いです。――賢い判断に感謝します。これからも、その判断で皆を救ってください」

 イシュラーナは頭を下げた。使用人の中からすすり泣く声が聞こえる。それを聞いて私も涙が滲みかけた。しかし今は泣いている場合ではない、次に進まねば。

「で…とりあえず私はここに長居できません。なのでこれから言うことをよく聞いてください」

 アルレイをはじめとする使用人達が注意をこちらへ向ける。先程、ルシタニア兵に向けていた怯えの目とは真逆で、希望と自信を持った目になっていた。
 一息ついて、話し始める。

「私はここに"忘れ物"を取りに来ました。そしてその回収を終え、もう帰ります。とにかく、私がいる間に足元の物体を処理しなくてはなりません」

 そう言ってアルレイを見ると、アルレイは分かっていたかのように後ろを見て指示を飛ばす。

「そうですね…――イナス、モルドー。頼んだ」
「はい」「了解」

 二人の中肉中背な男性が出てきて、足元の死体を運ぶ。彼らは慣れ切った手つきで作業を進め、器用に偽装までしている。

「…なんか、慣れてます?」
「王都が陥落して以降、この屋敷は兵舎や死体置場にされてしまいました。騎士街の他の屋敷も焼かれたり、占領されたり様々です。そのような訳で、私たちはここで死体の処理しかさせてもらえてませんからね。慣れましたよ」
「本当はお嬢様のために食事でも作りたいところですが…申し訳ありません」
「…ありがとうございます、二人とも」

 では行ってきます、と二人で死体を運び出していく。アルレイの次は如何致しましょう、という声にイシュラーナは頭を回転させる。

 そこでふと、忘れていたが考えるべきことを思い出す。

「そうでした。あなた方はみんな、義父に雇われたのです。――義父が死んだ以上、この屋敷に留まることを命じることはできません。また、義父の甥であるダリューン兄さんであってもそれは同じ。でしたらまた雇い直すべきなのでしょうが、あいにく報酬を持ち合わせていません」

 イシュラーナが困り顔で言ったまじめくさった言葉に、使用人達は次々と顔を緩ませ、笑い始める。

 訳がわからない。
 首をかしげるイシュラーナに、アルレイや料理長をはじめとして、次々と使用人達が言葉を発する。

「それなら心配めされるな、お嬢様」
「私たちは今まで多くのご恩を受けて参りました」
「そのご恩のために、私たちはここに残ります」

 イシュラーナは瞬いた。瞬間的に固まったがすぐに元通り復活すると、

「ありがとう」

 最近では一番の笑顔で微笑んだ。



 深呼吸して、緩んだ表情を引き締める。

「じゃあ、約束を。――まず言わずもがな、私がここにいたことは内緒です」

 うむ、と皆が納得もしくは賛同の頷きを返す。

「二つ目に、死んではなりません。何としても生き延びなさい。この屋敷で、ルシタニアの兵の言うことをおとなしく聞いて、逆らわずに。例外は、何としても反旗を翻さなければならなくなった時だけです。そこの判断は、アルレイさんに」
「御意」

「最後。私は、必ず帰ってきます。殿下や兄さんと王都を解放して、生きて再びこの屋敷に戻ります。だから……待ってて」
「もちろんです」

 使用人達が真剣な表情に笑みを浮かべる。イシュラーナは全員の顔を見て真剣な表情を再び緩ませ、

「ではみんな、また逢う日まで」
「行ってらっしゃいませ、イシュラーナ様」

 一時的な別れの挨拶と共に、フードを被ると彼らに背を向けて部屋を出た。

支えてくれるあなた方に約束を


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