翌日の昼。剣の稽古を終え、ヴァフリーズが王に呼ばれて二人から目を離してから数分後、
「殿下…城を抜け出ていいのですか?」
「こういう時があってもいいだろう」
アルスラーンとイシュラーナは城下にいた。アルスラーンはいつも通りの格好で、イシュラーナもいつも通りフード付きのマントを羽織っていた。今はフードを被っていないので、紺の髪と赤色の瞳が太陽に照らされている。
「それよりお昼ご飯をどうするかだ」
どこに行くかなぁ、と言っているアルスラーンにイシュラーナは小包を見せる。
「一人前ですが弁当があります。とりあえずこちらを食べてから考えてもいいのでは?」
「しかしそれはイシュラーナのだろう?」
「構いません。半分ずつ食べて、後で殿下と一緒に足らない分を買って食べます」
イシュラーナの手にある小包はあのパイナップル料理だ。昨晩、兄さんは明日の昼食に同じのが食べたいので弁当にしてくれと言ったために、今日再度作って弁当として詰め込んで持ってきたのだ。兄だけでなく父も同じ弁当を今頃食べているのだろう。
適当に座る場所を決め、アルスラーンを引っ張って座らせる。そしてイシュラーナもその隣に座ると、手早く包みを開ける。甘い香りが立ち込め、イシュラーナは嬉しそうに笑う。
「私が作ったんです。父が美味いと言い、兄さんがベタ褒めしてくれたのできっと不味くはないはず…なのでぜひどうぞ」
「すまぬ…いただきます」
アルスラーンはイシュラーナから包み紙と葉っぱに乗せてある肉料理を受け取る。それをイシュラーナが肉と果実の果肉を一緒に食べている様子を真似して食べる。イシュラーナが心配そうに見ている隣、アルスラーンは目を見張って感想を述べた。
「…美味い」
「良かったです」
2人で肉料理を無言のうちに平らげ、パンを半分に割って分け合い、それも食べ終えた。ほどほどに空腹を満たした2人はふう、と息を吐く。アルスラーンがイシュラーナを見て言った。
「イサラは、料理が上手いのだな」
「…本当ですか?」
「ああ。だって、この弁当は本当に美味い」
「………!」
イシュラーナは照れた。この上なく照れた。目を見張り、頬を真っ赤に染め、紅い瞳は若干潤みを持つ。しばらくしてそれに気がついたのか慌てて手で頬を抑える。
家族に褒められるのは慣れ始めたが、友人に褒められるのは初めてなイシュラーナだったのだ。救いは、アルスラーンが手元を見ていて彼女の変化に気づかなかったことか。
「これは肉を何かの果物で味付けしたのか?」
「はい、臭みを消す効果のある葉に切った肉を乗せ、パイナップルを切って散らしてから葉で包んで蓋をするんです。それを蒸し焼きにすると、甘みと酸味が肉に染み込んで、こんな風になるんです」
火照った頬を冷ましつつ、いたって冷静を取り繕ってイシュラーナは答えた。取り繕ったつもりだが頬はまだ若干赤く、声は心なしか上ずっている。そして、顔が若干にやけている。つまり、取り繕えていなかった。アルスラーンは顔を向け、嬉しそうな顔で一つ提案をする。
「凄いな、イシュラーナは。良かったら、また料理を作ってくれぬか?」
「はい、喜んで!絶対おいしいの作りますから!」
イシュラーナは満面の笑みで頷いた。だがちょうどその時、
「見つけましたぞ殿下!イサラ!」
「げ、ダリューン」
「兄さん」
黒衣の騎士の登場に2人は顔を引きつらせる。その間に鬼の形相をして猛スピードで近づいてきたダリューンはアルスラーンとイシュラーナの首根っこを掴んで捕まえる。
「殿下、勝手に城を出ないでください!侍女たちが大騒ぎですよ!イサラはそれにのこのこついて行かない!」
「「…はい」」
ダリューンのオカン節発動にイシュラーナもアルスラーンも押し黙るしかない。2人は大人しく叱られ続け、城に戻ってからヴァフリーズに拳骨をもらった。
そして、その日は大人しく解散した。
*omake*
「ヴァフリーズ様」
「どうした料理長」
「イシュラーナ様を止めていただけませんか、家に帰ってきてからずっと料理の試作品作り続けててどうにもならないんです」
「何があったんだ…」
「なんでも、殿下に褒められたのが余程嬉しかったようでして」
「………」
「ダリューン、今日私は初めてイシュラーナが照れるところを見たよ。とても可愛らしかった」
「……ほう、イサラはだいぶ殿下に慣れたようですな(わくわく)」