契約の紡


本編



時系列は、少し前に遡る。
東の村を目指し、風に乗って空を駆ける燕たちは、北から東へ向かう街道に、いくつかの影が在るのを見つけた。
その金色の髪と黒い角には、見覚えがある。
燕と氷雨はお互い顔を見合わせると、言葉を交わす必要もなく互いに頷き、街道を歩く、鬼の兄弟たちの前へと着地した。
三本角の長男は、へぇ、と感嘆の声を出しながら笑う。

「追い付いて来るのが早いな。しかも空からの登場ったぁ驚きだ。」

そう言ってにやにやと笑う金の両隣には、次男の風と、三男の隠の姿がある。
しかし、末弟にあたる溺の姿はそこにはなく、街道沿いに流れる川のせせらぎが、やけに耳にうるさく響く。

「溺は一足先に向かったさ。俺たちはゆっくり歩いてその辺の集落を襲いながら東へ行こうと思ってね。しかし、お前らに会えたのは丁度良かった。」

そう言って、金は、巨大な剣を燕と氷雨へと向けた。

「お前には隠が世話になったもんなぁ。」


第三十六結 : 孤独を拒んだ鬼子の兄弟 其の一


力いっぱい振り下ろされた剣を、氷雨は腰から抜いた太刀で受け止める。
じんじんと腕が痺れる位の剣圧を受けると、西の村で愁礼から太刀を受け取っておいてよかったと、しみじみ感じてしまう。
もし氷雨が持っていたのが、燕から貰った脇差のみであったなら、この巨大な剣を受け止めることは出来なかった。
風が風車を一気に飛ばせば、燕は刀を振って風圧を刃に変えて薙ぎ払う。

「痛ッ」
「燕!」

背後に感じた気配に、燕はすぐに退こうとしたが、避けきれずに頬に赤い線が滲む。
燕のすぐ後ろには、気配を隠した隠が、鎌を握ったまま立っていた。
隠は、つまらなそうに溜息を吐く。

「避けないでくださいよ。せっかく、首を斬ってあげようと思ったのに。」
「それをわかっていたら、尚更、避けるしかないじゃないですか。」
「えー。斬られてくださいよ。あなたも、結構柔らかくておいしそうな肉してるじゃないですか。もしかして、女ですか?」
「……さぁ、どちらだと思います?」
「殺してその衣を剥げばわかることです。楽しみにとっておきましょう。」

そう言って隠は、にんまりと怪しい笑みを浮かべて、鎌を放った。
刀で鎌を弾き返すと、隠は宙を舞った鎌を慣れた手つきで右手で受け止め、握り直す。燕へと視線を向き直せば、素早く駆けて、鎌を振った。
接近戦に持ち込まれ、燕も刀でなんとか応戦をする。しかし、燕は元々屋敷暮らしも長く、力もない。接近戦となれば、どちらが不利となるかは明白であった。

「おや、どうしました?私を真っ二つの斬った時の覇気は、何処へ行ったのです?」

隠は余裕染みた笑みを浮かべている。
この状況であれば、風を斬ることは出来ないし、そもそも、いっぱいいっぱいで、自然に耳を傾ける暇すら与えられない。
それどころか、今目の前にいるこの男をどう倒そうかとか、どう刀を振るおうかとか、そんなことすら、考える余裕を燕は与えてもらえなかった。

「……アッ……」

背中に鋭い痛みを感じ、悲鳴なのか、驚きなのか、自分でもよくわからない声が、喉から零れる。
鈍い痛みと、何かが背中を伝うような感触から、何かが背中に刺さり出血しているということがわかった。
身体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
カラカラカラという乾いた音が背中から聞こえて、それが、風車の千本であることを理解した。

「燕!」

氷雨の悲鳴が聞こえる。
心配をかけさせまいと、そう思っていたのに、結局心配させてしまっているし、情けないと、燕は自嘲染みた笑みを浮かべた。
けれど、これくらいの痛みで、膝を付いている訳にはいかないのだ。
彼等をこのまま逃がしてしまえば、今度こそ、東の地は滅ぼされてしまうだろう。
そんなことは、避けなくてはならない。
また新たな憎しみが生まれないようにするために。これ以上、流す必要のない血が流れることを防ぐために。
この世界を統べる、神子として。
それ以前に、空高燕という、一人の人間として。

「氷雨!私のことは構いません!己のことに集中なさい!」

燕は、精一杯叫ぶ。
叫ぶと、傷口に響いて少し背中が痛んだが、この背中の痛みも、気にしている暇なんてない。
ガクガクと震える足を無理矢理立たせて、霞む視界をよく凝らして、震える右手を左手でつかんで抑えて、燕は、奮い立った。
負けるわけにはいかない。負けることは許されない。けれど、それ以前に、負けたくない。
風と隠は、少し目を丸めて、意外そうに燕を見ていた。
女人のような細い手足で、子どもらしい幼い体躯で、これだけ傷を受けてよく涙一つ流さずに立っているものだと。
立っているのもやっとだった燕は、なんとか、その右手に握っていた刀を振り上げて、

(此処だ……)

今、刃を突き立てるべき場所へと、突き立てた。

「は?」

その燕の行動に、風と隠は、きっと驚愕しただろう。
否、寧ろ、呆れ果てたかもしれない。彼が何故そんなことをしたのかと、疑問に思うかもしれない。
燕が刃を立てた先は、地面。
燕は、地面に刀を突き立てたのだ。
通常であれば、刀を地面に突き立てるなんて以ての外だ。刀は地面に刺すものではないし、もし彼が刀を杖代わりにするのであれば、刀の精霊も悲しみのあまりに大号泣をすることだろう。
けれど、燕は、笑みを浮かべていた。
その口元に、勝ち誇ったような、得意げな、少なくとも、今本来であれば浮かべられないような笑みを浮かべていたのだ。
燕の笑顔。その理由は、風と隠の足元で響く、パキパキという地面がひび割れる音が、物語っていた。

「あ……」

二人は、同時に、呆けた声を漏らす。
パキパキパキという音と共に、地面が盛り上がり、鋭い槍のように先端を尖らせた岩肌が姿を現す。
そしてその岩たちは、二人の兄弟の身体を勢いよく、貫いた。

 


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