契約の紡


本編



初めて目を覚ました時、その人はまだ、子どもだった。
腰まで伸びた真っ赤な髪を揺らして、大きな菫色の瞳を丸めて、きらきらと輝かせながら、こちらを見つめていて、その輝く瞳を見つめながら、嗚呼なんて綺麗な魂を持つ子どもなのだろうと思ったものだ。
ぼーっとしたまま、寿々波は、ちらりと自分の隣を見る。
自分より少し後に作られた兄弟刀。彼もまた、少し唖然としながらも、目を輝かせるこの少年を見つめていた。
自分たちは、刀として打たれてまだ数年しか経っていない。
自発的に付喪神になるにはまだこの刃は幼すぎて、そんな刃に、魂降をして精霊を定着化させることが出来るなんて、この少年はきっと、魂が綺麗なだけでなく、巨大な霊力をも秘めているのだろうと、そう思った。

「寿々波。久々宮。」

その声で、はっと、我に返る。
少年はにっと笑いながら、その、毎日刀を握っている故に出来た、マメだらけの手をこちらに差し出した。
自分たちを握ってくれている故に出来たそのマメが、なんと愛おしいことか。あの時の胸の高鳴りは、忘れる事はないと思っていたのに。

「俺、等々力。等々力等だ。って、もう、知ってるかな?なんか変な感じだけどさ、俺との契約に、答えてくれてありがとう。これからも、よろしく。」

そう言って笑ってくれた彼のことを、きっと、精霊として召喚されるよりも前からずっと。刀として作られた時からずっと。
ずっとずっと、大好きだったのだ。


第三十結 : 寿々波と久々宮 其の三


寿々波の叫びに、愁礼と久々宮は、目を丸くした。
妖を睨み、声を上げて、子どものように叫ぶ寿々波には、もう、妖としての妖気を感じることが出来なかった。
目の前にいるのはあの時の寿々波そのもので、もう二度と会えないと思っていた彼で、だからこそ、二人は困惑したのだ。
この振り上げた拳を、刃を、何処に下ろせばいいのか。何処に向ければいいのか。少なくとも、今の彼に向けるべきでないものということだけ、わかった。

「……寿々波、なのか?」

久々宮は、絞り出すように、寿々波に問いかける。
ふらふらと危うい足取りで歩く彼は、先程と比べると、圧倒的に弱っていた。
まるでもうすぐ消えてしまいそうな、倒れてしまいそうな、そんなとてもか細い霊力で、そんな状態のまま、寿々波は、久々宮たちに背を向けて、妖の隊群と向き合った。

「久々宮。」

寿々波が、小さく呟く。
その声色は先程と比べると柔らかく、寧ろ、少し弱々しささえ感じられる。
背中を向けられているから顔は見えないけれども、震えているように思えた。

「……ごめん。」

そう呟いて、寿々波は、一歩、踏み出した。
二人がはっと我に返った時には、寿々波は、妖の隊群の中へとその身体を突っ込んでいて、大量の妖に向けて、その刃を向けていた。
一匹が拳を振り下ろせば、ひらりと軽やかに身をかわしながら腕を切り落とし、後ろから突っ込んでくる一匹がいれば、背中に目でもあるかのように、くるりと身体を回転させて、まるで踊るようにその突進を交わす。
人型の、刀を持った妖は、その刃を叩き折ってから、首を跳ねて殺していく。
獣型の、四足で突っ込む妖は、四肢を切断してから喉を斬って、殺していく。
赤黒い腐った地でその身体を汚しながら、寿々波は、妖を、たった一人で何匹も何匹も葬って行ったのだ。

「久々宮!」

我に返った愁礼が、戸惑うように、それでも、はっきりとした声で、久々宮の名を呼ぶ。
久々宮はすぐに身構えて、寿々波と同じように、黒い、妖の群れへと飛び込んでいった。
肩で荒く息をする寿々波。
先程、彼の身体から、多くの刀が砕け散った。恐らく、彼の妖力は底を尽きている。残されているのは、彼の中に残る、微弱な霊力位だろう。
明らかに体力を消耗している寿々波に向けて、群れの中でも、一際大きい熊の形をしている妖が、その鋭利な爪を、無防備な背中へ振り下ろす。

「す、ず、な、みいいいいいいいいいいいいいいい!」

久々宮が叫び、飛び跳ねる。
その刃は妖の爪を腕ごと切り裂き、その傷口から、生臭い、どろりとした赤黒い液体が飛び散った。
普通の血よりも明らかに粘り気のあるそれを身体に浴びながら、久々宮は妖を蹴り飛ばし、その胸に、刃を突き立てる。
寿々波は、驚いたような、呆然とした顔をして、久々宮のことを見つめていた。

「おい、寿々波!何ぼうっとしてるのさ!ひょっとしてもう疲れた訳?もうぎぶあっぷ?」
「……久々宮……」
「訳わかんないよ!壊すって言ったと思ったら壊さないでって言うし!お前から妖気がすっかりなくなってるし!って思ってら弱ってるし!お前が何したいのか、俺ほんっとわかんない!」
「……ごめん……」
「でも、嬉しい。お前とまた戦えて、嬉しいのは事実だから、今は、その背中、預けるよ。」
「わかった。」

久々宮の言葉に、寿々波は口元に笑みを浮かべて頷く。
背中合わせになった二人は、互いを護るように、刀を振った。
寿々波の背中を狙う妖は久々宮が斬り、久々宮の背中を狙う妖は、寿々波が斬った。
そして二人を狙う妖は、

「おいおい。俺を忘れるなよ。」

少し妖気な声と共に、愁礼が雷を落として、仕留めた。

「お前ら!だいぶ数が減って来たぞ!気を抜かずにやれ!」
「了解!」

愁礼の叫び声に、寿々波と久々宮は同時に返事を返す。
角を切り落とし、首を切り落とし、腕を切り落とし、何体もの妖を刀で切り倒していく。
数は減って来たものの、それでも二人は、手に持つ刀で黒い集団を斬る。
その時、異変が起きた。

「寿々波!」

寿々波が、膝を付いて、崩れ落ちた。
久々宮が駆け寄り、寿々波の刀を見る。刀は刃こぼれをしていて、所々、ヒビが入っていて、刀として、いつ折れてもおかしくない状態だったのだ。
付喪神にとって、刀は本体。
刀が折れれば、どうなるか。
それは、久々宮が一番、よくわかっていた。

「……お前、なんで、こんな……」
「久々宮の刀だって、ぼろぼろじゃん。」
「俺のは、お前ほど、酷くない。」
「はは、確かに。」

確かに久々宮の刀も、所々刃こぼれを起こしている。けれど、それでもまだ、研げばなんとか使える程度の状態だ。
寿々波の刀とは、状態が、あまりにも違う。
どうすればいいか、そう、考えていたその時、ごろごろごろと、空が唸る音がした。
顔をあげれば、空は真っ黒な雲で覆われている。

「二人とも、ご苦労さん。よく頑張った。」

それは、愁礼の声だった。
愁礼はいつの間にか、妖の群れ、その中心部に立っていたのだ。
尾をゆらりゆらりと揺らしながら、天にその手を伸ばす。

「これだけ減れば、後は俺だけで十分だ。見てろ。」

ごろごろごろと空が激しく唸れば、大きな雷が降り注ぐ。

「これが、精霊と同化した俺の力だよ。」

瞬間、辺りを、真っ白な光が包み込んだ。

 


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