契約の紡


本編



生まれたときから、一緒だった。
けれど、生まれる前から、ずっと、ずっと一緒だったような、そんな気すらしていた。
あの子が自分で自分があの子。
けれど確かに、異なる存在。
一緒にいることが当たり前で、隣に居ることが当たり前で、傍にいるだけで、いつも胸が熱くなった。
この熱の正体が何なのか。
よくわからなかったけれど、それでも、一緒に居れるのであれば、それだけで十分だったから。
これ以上を求めるのは、きっと贅沢なのだと思ったから。
けれど、この胸の熱の正体は、もしかして、と、そう思った時。
片割れは、姿を消した。


第二十六結 : 白い殺人鬼


黒耀の言葉を聞いて、燕たちは息を飲んだ。
確かに、黒耀と白鼬は、本当にそっくりであった。もしかしたら何か繋がりがあるのではないかと。
そして、かつて彼女にいたとされる、半身の存在。
真っ白な瞳と、真っ赤な瞳。色素の薄いそれは、白鼬の特徴と、ピッタリ一致していた。
もしも白鼬が、琥白であるというのであれば。
もしも白鼬が、黒耀の弟であるというのであれば。
その場にいる、黒耀以外の全員の顔色が、青くなっていたに違いない。
故に、黒耀は、すぐに、彼等のその顔色が、何を意味するのか理解した。理解して、しまった。

「……まさか、琥白は……」

その言葉が続けられようとした時。
屋敷の外から、ドン、と大きな爆発音がした。
その爆音で、屋敷までもが振動しているようにすら思えて来る。恐らく、爆発が起きた場所は近いのだろう。
日常生活しているだけでは発生しないであろうその音に、明らかに異常を示すであろうその音に、異変を感じた水流たちはすぐに立ち上がって屋敷の外へと駆ける。
その後ろを、黒耀も慌てて追いかけた。

「……これは……」
「酷い……!」

屋敷の外は、火の海だった。
大地が、空が、全てが全て、燃え上がる朱に彩られていて、それは、まるで世界の終焉のようにすら思えて来るもので。
その炎の中心に、見覚えのある影があった。

「やぁ。また会ったね。」

白鼬だった。
血で染まった、真っ赤な衣に身を包み、黒耀と同じ顔をした少年は、無邪気に、あどけなく微笑んでいる。
白鼬はパチパチと火花を立ながら燃える家屋を眺めて、綺麗でしょ、と燕たちに問いかけた。

「北は寒いからね。こうしたら温かいや。」
「……まさか、その為に家を燃やしたなんて、言わないよな……?」
「そのまさかだよ?だって寒いじゃない。」

問いかける朱鷺に対し、白鼬はとても不思議そうに首を傾げた。
彼にとっては、当たり前なのだ。
人を殺すのも、家を燃やすのも。腹が空けばお腹が鳴るのと同じように、朝が来れば太陽が昇って沈めば夜になるのと同じように、彼にとっては、当たり前のことなのだ。

「不思議そうな顔をしているねぇ。じゃ、僕から問いかけよう。君たちは、鶏や牛を殺すのに、理由なんて考えるかい?稲を刈るのに、理由なんて考えるのかい?」
「……それと同じだと、言いたいの?」
「同じでしょ?何が違うの?」

それは、少なくとも、普通の人間であれば信じられないという感覚。
人間であれば持つことはないであろう感覚。
人間ではない、別の種族であるからこそ、彼にとっては、人間は鶏や牛、稲と同じ存在なのだ。

「……それなら、牛や鶏を斬るだけじゃ、駄目だったんですか?勿論、それならいいって言う訳じゃないですけど、でも、人間じゃないと駄目だったんですか?」
「ほら、人間の中にはさ、魚よりも肉を食べる方が好きな人とかいるじゃん?それと同じ感覚?それに、君等だって、僕のこと理解出来ないし、理解したとしても、結局は許せないんでしょう?それなら理解しようとする必要なんて、ないんじゃないかな?そんなこと考えるだけ、無駄だって。」

燕の問いかけにそう答えて、白鼬は、また、無邪気に微笑む。
彼と話していると、全く違う価値観に眩暈がしそうになる。
確かに、彼のことを理解しようとしても、無駄なのかもしれない。考えるだけ、無駄なのかもしれない。
けれど。
燕たち以上に、この場の状況を、理解出来ない人間がいた。

「……琥白?」

それは、黒耀だった。
そして彼女の問いかけこそが、白鼬の正体が、彼女の双子の弟琥白であるということを証明していた。

「どうして……琥白、何で……?」
「誰?」

黒耀の問いかけに、逆に白鼬は不思議そうに問いかける。
透き通った白鼬の瞳には、偽りの色は一切ない。

「覚えていないのか?私だ、黒耀だ。お前が村からいなくなるまで、ずっと、ずっと一緒だったじゃないか!」

縋るように叫ぶ、黒耀の声。
何故、どうしてという疑問と、なんて残酷なことをという憤りと、こんな再会あんまりだという悲しみが、彼女のその叫びには込められている。
けれど、そんな彼女とは対照的に、白鼬の瞳は、冷たかった。

「ごめん。覚えてない。僕は、僕として目覚めたときからしか、記憶はないんだ。」

からん、ころん、と、厚底の下駄が地面を蹴る音がする。
白鼬の身体は黒耀へと近付いていた。その手には、柄に藤の花が飾られた刀が握られている。
ひやりと、黒耀の首筋に冷たいものが当てられて、それが、彼が握っていた刀なのだと理解するのに、少し、時間がかかった。

「でも、君の血を浴びれば、思い出せるかもね?」

白鼬はそう言って、優しく笑う。
けれど、黒耀の瞳に映るその少年は、ただの殺人鬼でしかない。
瞳から、一筋の涙が伝う。
優しかった弟は何処にもいない。大好きだった、大人しくて、気弱で、誰よりも優しかった弟は、何処にもいないのだ。
そう思った時、胸が、締め付けられるように痛んだ。そして、どうしようもなく、胸が、熱くなった。
その感情は、弟を喪った、それ故だからだろうか。
否、それだけではない。
彼は、それ以上に、大切だった、存在で。

「…………コハク……」

黒耀が呟いたその時、風の刃が白鼬をめがけて飛び、彼の首に刃が当たる、その寸前にひらりと白鼬は身をかわした。
避けきれなかった彼の前髪の先端だけが、真っ白な毛だけが、ふわりと宙を舞う。
親によって遊びを無理矢理中断させられてしまった子どものように、不服そうに、白鼬は頬を膨らませていた。

「邪魔するんだ。」
「当たり前です。」

その風の刃は、燕が放ったものだった。
燕は、睨むように、白鼬を見つめる。

「貴方のしたことは、許されるべきことではない!これ以上この地を乱すことは、脅かすことは、決して、許されるべきことではない!」
「だから、どうするの?」
「貴方を止める。」
「殺してでも?」
「……殺してでも。」

白鼬の問いに、燕は、覚悟を決めたように、呟く。
例えそれが許されないことだとしても。彼と同じ存在に堕ちてしまうだけだとしても。
それでも、自分が止めなければいけないと、燕は、そう思ったのだ。
この世界を束ねる、神子として。

「神子として、私は、貴方の行為を許せない。」
「……これ以上にない有罪判決だね。痺れそうだ。」

でも。
白鼬はそう言って、一歩、後退る。
すると、タイミングを見計らったかのように、彼の身体はふわりと風によって、浮かび上がった。
カラカラカラと、聞き覚えのある、風車の音がする。

「燕!見ろ、あれ……!」
「なっ……」

氷雨が指で示したその先。
そこには、空中に立つ、鬼兄弟の次男、風の姿があった。
やはり、あの兄弟たちも、白鼬たちと行動を共にしていたのだ。
それだけではない。

「……どうして……」

風のすぐ隣には、他の兄弟の姿もあった。長男の金。末弟の溺。そして、あの時燕が倒したはずの、三男、隠の姿あがったのだ。
何故。どうして。あの時間違いなく、倒した筈なのに。
疑問が浮かんで消えない燕たちに、白鼬は、笑顔でこう告げた。

「南の村で、僕は言ったね。美味しいものは最後まで、って。そろそろ、食べ時だ。」

食べ時だ、と。
それが何を意味するのか、なんとなく、想像がつく。ついてしまう。
そして彼は、その意味を、告げた。

「この、季風地に住まう全ての生物を、僕が食べ尽してあげる。殺しつくしてあげる。君たちの血がどれだけ温かいのか、どれだけ美味しいのか、味わうのが、楽しみだよ。」

くるりと、彼は身をひるがえす。

「これから、僕らアヤカシたちが、ヒャッキヤコウが、東西南北に散り、この地を温かな、真っ赤な血で染め尽してあげる。君たちと、僕たちとで、楽しく、殺し愛をしようじゃないか。」
「待って、琥白……!」
「楽しみにしているよ。」

白鼬のその言葉を締め括りにするかのように、強風が吹く。
鋭い風に思わず目を閉じ、そして、再び瞳を開けた時には、白鼬たちは、また、姿を消していた。

 


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -