契約の紡


本編



玄武の村に残された爪痕は、想像以上に大きいものであった。
家屋の殆どが焼け落ち、焼死体と刺殺体が辺りに壊れた玩具のように転がっている。
村を訪れてから、あの爆発音を聞くまで、そこまで時間は経っていなかった。
それなのに、被害は、南の村で起きたそれを大きく上回っていたのだ。
状況からして白鼬一人によるものなのだろうが、幼い少年の身なりをしているというのに、圧倒的な身体能力と殺人能力を持つ妖なのだということが、よくわかる。

「……ヒャッキヤコウ。」

水流が、ぽつりと呟く。
ヒャッキヤコウ。
白鼬は、そう言った。
あの時白鼬のすぐそばに居たのは、鬼四兄弟くらいであった。
しかし、あくまで知性がある人型の妖の数に限りがあるだけで、低級の妖も含めれば、彼の傍には、それだけ多くの妖がいてもおかしくはない。
彼は百を超える妖を引き連れて、己の欲望に身を任せて、狂気のままに、その身に真っ赤な血を浴びて、人を殺し続けるのだろう。
この、季風地で。

「……他の村が心配ね。すぐに、各地の村長と連絡を取る準備をするわ。一度、屋敷に戻りましょう。黒耀、いいわね?」
「わかった……」

水流の言葉に、黒耀も、頷くしかなかった。


第二十七結 : 水鏡の向こうと、


屋敷に戻ったものの、辺りはシンと静まり返っていた。
そんな中、水流は小さな針で己の指先をぷすりと刺す。彼女の白い指に、ぷっくらと血が膨らんだ。
それはまるで、指先に宝石が乗せられているかのようにすら見える。
畳みに敷かれた三枚の真っ白な紙に、水流は屈みこんで指に浮かんだ血を滲ませ、ゆっくりと動かしていく。
血の赤は円を作り、その中に更に文字を刻めば、残りの二枚の紙にも、同じようなものを血で描いた。
艶やかな長い髪を三本だけぷちりと抜くと、血で文字の書かれた紙の上へと乗せる。
彼女は何をしているのだろうと燕が見守っていると、髪の上へ乗せられたそれぞれの髪が突如浮かび上がった。淡い青色の光を帯びたかと思うと、こぽこぽと水音が聞こえ、目の前に、三つの水鏡が現れたのだ。

「……久しいな、水流。といっても数日ぶりではあるが、今のところ無事なようだな。」

一つの水鏡から、聞き覚えのある声がする。
その鏡には、見覚えのある、桃色の髪をした女性が映り込んでいて、その女性こそ、南にある朱雀の村で出会った、朱桜楽であった。

「おーおー懐かしい顔が見えるな。こりゃ、お前の術か何かかい?」
「一体、どうしたんだ。……ただ事ではないようだな。」

もう一つの鏡には白愁。そして、最後の一つには、宋芭の顔が映り込んでいる。
宋芭の問いかけに、水流は小さく頷く。

「聞いて、みんな。今日、南の村で出会った白い妖、白鼬に遭遇したわ。そして彼は、こう言ったの。ヒャッキヤコウを東西南北へ放ち、季風地に住まう者を殺すと。」

水流の言葉に、三人の村長は顔をしかめた。
季風地の者を全員殺すと宣言されたのだから、動揺は計り知れないだろう。
水流は更に、言葉を続ける。

「彼等とて、高速移動が出来る訳じゃないわ。まだ、この北周辺にはいると思う。けれど、当然それを食い止めるのに限界があるわ。私たちも分散して、まずはより凶暴な妖を討つ。可能な限り、協力を求めたいの。」
「……凶暴な妖というと、目星はあるのか?」
「なんとなく。たぶん、南で出会った桜の妖、西発祥の刀の妖、東にいた鬼たち、そして、北で発祥したと思われる、白い子どもの妖よ。」
「待って、水流。」

宋芭の質問に答えた水流に対し、蛇養が言葉を遮る。
水流が蛇養を見ると、彼女は小さく、呟いた。もう一人いる、と。

「……弓良。あの人は妖かどうかもわからないけれど、白鼬と行動を共にしていた時点で、敵とカウントしていいだろう。彼も強い。正直、能力値は図れないよ。」
「そう。じゃあ、その子も含めて、九匹いるのね。……厄介だわ。」
「九?八匹じゃないのか?」
「仕留めたはずの鬼兄弟の一人は、まだ生きてたわ。今日、会ったもの。」
「…………笑えないな。」

宋芭の苦い声が聞こえる。
それはそうだろう。倒したと思っていた妖が実は生きていたなんて、そんなことが事実だというのであれば、彼に取っては消えたはずの悩みがまた現れたということなのだから。
その声を聞いて、陽気に笑ったのはいつも心強い笑顔を見せていた白愁であった。

「まぁ、やるしかないってことだな。そうなったら、俺はすぐに行動に移そう。それにあたって、頼みがある。」
「何かしら?」
「久々宮を西方面へ送って欲しい。恐らく、西には寿々波が来るからな。俺たちで、決着を付けさせてもらいたい。」
「西に来る妖が、寿々波である確証はあるの?」
「確証は、ない。けど、妖だろうと、なんだろうと、どんな理由があれ、みんな、故郷に帰りたがるものだろう。奴の故郷は、此処だ。」

白愁はそういって、にかりと笑う。
確かに、確証のない根拠だ。けれど、理論で固めた根拠以上に、十分、納得したくなる理由でもあった。
水流は静かに頷く。

「わかった。久々宮。貴方もいいわね?」
「了解した。付き合いが長い分、白愁とが一番連携もとりやすい。」

久々宮が納得したのを確認して、水流は、宋芭と桜楽へと視線を向ける。
次に言葉を発したのは、宋芭だった。

「では、その根拠となると、こちらにも鬼が向かう可能性があるのかな……」

宋芭は困ったように笑う。
確かに、白愁の言葉を根拠とするならば、東の地にいた鬼たちも、東へ向かう可能性があるということだ。
それなら、と、燕が手を挙げる。

「私と氷雨が行きたいと思います。……駄目、ですか?」
「あまり、あなたを危ない目に合わせたくはないのだけれど。」
「この地に来たときから、覚悟の上です。お願いします。」

燕は、水流に深く頭を下げる。
その横で氷雨が狼狽えるのを見つめながら、水流は、小さく溜息を漏らした。

「駄目と言っても、聞かないわね。わかったわ。……私は南へまず行きたいと思う。あの、桜の妖も気がかりだもの。」
「しかし水流。それでは、北の地が手薄になるのではないか?」
「南部に向かう妖は、早いうちに仕留めるわ。桜の妖を倒した後、北へ戻りたいと思うの。だから、桜楽には極力北上をお願いしたいわ。」
「これ以上、南部を戦場にしたくないという思いも、妾にはある。努力しよう。」

宋芭、桜楽はそれぞれ納得したように頷く。
そして、水流は、次に視線を黒耀へと向けた。

「黒耀。私は、朱鷺と一緒にまず南へ向かう妖を食い止めたいと思うの。留守の間、蛇養と兎月を置いて行くから、それまで、北を任せていいかしら?」
「……わかった。」

黒耀は、少し震えた声で呟く。
恐怖故か、戸惑い故か、恐らくその両方だろう。
もしかしたら、彼女は、『自分の弟だった妖』と戦うことになるのだから。

水流は頷くと、立ち上がった。

「こうしているうちにも、彼らは移動を始めるわ。すぐに向かいましょう。」

その場にいる一同が頷くと、水鏡は揺らぎ、ぱしゃんと静かな音を立てて消えた。

 


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