契約の紡


本編



「さっきはありがとう。えっと、」
「珊瑚(サンゴ)という。この先に在る、青龍の村に住んでいるよ。」

珊瑚はそう言って、にこやかに微笑む。
彼もまた、精霊と契約を結ぶ者で、先程のように、三味線を鳴らして精霊を操ることが出来るらしい。
燕たちを助けるために召喚したのは風の精霊だが、他にも、いくつかの精霊と契約を交わしているそうだ。

「……東の村では、何が起きているの?」
「はは、やっぱ此処に来ただけあって、察しがいいね。詳しいことは、村についたらきちんと話すよ。」

そう言って招かれた東の村は荒れ果てていて、かつての、朱雀の村を思い出させた。


第十七結 : 青龍の村


「宋芭さまは、一週間前から行方知れずだよ。」

青龍の村。その中心にある、村長の屋敷に水流たちは招かれた。
しかしそこには、家主であるはずの村長である宋芭はおらず、珊瑚のみが広間にいて、ちらりと廊下を見れば宋芭の部下らしき従者たちが慌ただしく屋敷の中を往来している。

「周辺に、鬼の四兄弟が出るという話があってね、いくつかの集落がやられたんだ。この村にも度々現れるようになって、宋芭さまが様子を見ると言って出て行ったきり、戻らないんだよ。」
「自分の村で起きたことだから、自分でなんとかしたい。彼らしい行動ではあるけれど、何故、彼が一週間もいなくなっているのに、私たちに連絡をくれなかったの?」
「うちの村は、全て、宋芭さまが管理している。逆を言えば、宋芭さまがいなければ、皆、どうしたらいいのかわからなかったんだよ。村から出て知らせようにも、橋にいるあの鬼に襲われちゃうしね。鷹も然り。精霊を飛ばしてしまえば、万が一の時、こちらの安全が保障出来ない。どうしたらいいか手をこまねいていたところに、君たちが訪問して来たんだよ。」

珊瑚は困ったように眉を八の字にして曖昧に微笑む。
宋芭は真面目な性格の村長なのだという。
決して独裁政治を行っている訳ではないけれども、真面目で正しい彼の指示を聞いていればなんとかなると、村人がそう考えていれば、政の全てを宋芭に委任し、指示を出されるがままに動くようになってしまっても致し方ない。
そして間違いのない、確実な支持を常にくれる司令塔がいなくなった途端、村は村として維持出来なくなってしまうのだ。
屋敷の慌ただしさが、それを象徴している。

「あの鬼は……以前から?」

久々宮が問いかけると、珊瑚は静かに首を横へ振った。
考えれば、当然だろう。あの橋は東の村と外界を繋ぐ唯一の手段なのだし、今までは普通に渡ることが出来ていたはずなのだから。
そう考えれば、鬼があの橋付近に現れたのは、つい最近なのだろう。

「あの川は、上流へと上れば北東にある滝へと到達するものなんだよ。もしかしたら、北東にいた鬼が、こちらまで流れ着いてしまったのかもしれないね。」

珊瑚が吐いた溜息は重い。
宋芭のことが気がかりだという点で十分に心労は溜まるだろうに、助けを求めたくても橋にはあの妖がいるのだから、八方ふさがりもいいところだ。
他の宋芭の部下たちが使い物にならない状態になっているという点を考えれば、彼の心労は計り知れない。

「しかし、水流さまたちは、どうしてこの東の地へ……?」
「西の村長、愁礼に頼まれたの。最近、宋芭と音信不通だから、東で何かあったのではないかって。」
「……そうか。愁礼さまが……」
「宋芭のところへ、案内してくれないかしら。勿論、途中までで構わないわよ。」

水流の言葉に、珊瑚は静かに首を横に振る。

「俺も行くよ。俺、宋芭さまの部下だし。」
「でも、貴方がいないと、村が心配じゃないかしら……」
「大丈夫。宋芭さまをすぐに連れ戻せばいいんだから。それに、村人たちも、自分のことは、少しは自分で考えないと……みんな、宋芭さまに、頼り過ぎだから。」

俺も含めてね、と、珊瑚は軽く頭を掻きながら、また苦く笑ったのだった。

「宋芭さまが向かったのは、あそこだよ。」

そう言って珊瑚が指で示したのは、渓雲地(ケイウンチ)のものと比べれば然程でもないけれど、季風地の中では十分高いと分類しても良い山であった。
木々は殆ど生えておらず、岩肌があちらこちらから露わになっている。
あの山に鬼がいるのだと言われれば、如何にもだなと納得してしまいたくなりそうな、そんな山であった。

「……この先に、いるのか。」

氷雨が問いかければ、珊瑚が静かに頷く。

「一人で登ったきり、帰って来ないだ。……無事ならいいけれど。」
「村を出て一週間。山に登っているであろう期間を抜いても、そろそろ助けないと危険な状況でしょうね。すぐにでも、行きましょう。」

水流の言葉に一同は同意すると、その山を淡々と登っていく。
今まで人が訪れなかった、その証なのか、この山の道は全く整理がされていない。道も狭く、一列になって歩かなければならない程だ。
山の壁面に手を添えながら歩いているが、足元の小石がガラガラと音を立てて崩れていくのを目で追うと、石は小さくなって、見えなくなる。
踏み外せば、命はないに等しい。
珊瑚曰く、この山は元々作物も実らないし、鉱石が埋まっている訳でもない、資源と呼べるような資源がない岩山であった為、誰も寄り付かなかったのだそうだ。
その間に、鬼が住み着くようになったのだろう。
それでも今までは周辺の集落で食べ物が盗まれる程度であったらしい。集落の人間を惨殺してまで食べ物を奪うようになったのは、つい、最近なんだとか。
集落の人間を、次々に殺していく。その言葉を聞いて、燕はふとあの四人の妖たちを思い出していた。

『次は東かな?ばいばいね?』

そう言っておどけた白鼬の笑顔が脳裏に浮かぶ。
出会いたいという訳ではなかったけれど、それでも、この東の地で、彼等とまた会うことになるような、そんな気がしてしまう。

「燕。」

氷雨の低い声が、燕の耳へと届く。
燕の頭を撫でるその手は、じんわりと温かくなるような、心が解れるような、不思議な安心感が溢れて来る。
空色の瞳を細くさせながら、氷雨は燕のことを見つめた。
きっと、氷雨も、燕と同じことを考えていたのだろう。

「……まずは、助けよう。」

そして、一言。
まずは、助ける。
それが誰を意味するのか、それが何を意味するのか、燕には、手にとるようにわかった。
迷っている時間なんて、不安に思っている時間なんて、設けている暇などないのだ。

「一体、誰を助けるのかな?」

クスクスクスと、耳に届く、聞きなれなくて不気味な笑い声。
その声は、燕のものでも、氷雨のものでも、水流でも久々宮でも蛇養でも朱鷺でも兎月でも、珊瑚でも、誰でもない。
全く聞き覚えのない、男の声だった。
辺りをきょろきょろと見回すけれど、燕たち以外に、人影はない。

「こっちだよ。こっち。」

その声の先は、空中であった。
当然空中だから、足場はない。そして、人の姿も、もちろんない。
ごうごうと強風が吹いたと思うと、足場のない空中に、一本の風車が現れて、からからと乾いた音をさせながら回転させている。

「危ないじゃぁないか。こんなところまでやって来て。此処は人間が来るような所じゃぁないよ?」

空中に浮かぶ風車。
その風車を摘まむ手が現れて、その何もない空間から、一人の男が、姿を現した。
肩にかかる程度の金色の髪。血のように赤い瞳。深緑色の衣。そして、左側頭部から生える、一本の黒い角。
その角が、紛れもなく彼が鬼であると、そう、燕たちに知らしめていた。

「僕は鬼(キサラギ)。鬼風(キサラギ スガタ)。鬼四兄弟の次男だよ。ヨロシクね?」

そして、さようなら。
風がそう告げると、再び風車がカラカラと音を立てて回転していく。
風車の回転する速度が上がれば上がる程、それに比例して、強風が燕たちに吹き付けられる。
ふわりと、身体が不安定に浮かび上がるような、厭な感覚が、燕を襲った。

「燕!」

青い顔をした氷雨が、燕へと、手を伸ばす。
氷雨が燕の手を取った時、二人の身体は、山の外側へと投げ出されていた。
ぐらりと身体が傾き、重力に従い、身体が地面へと落ちていく。

「燕!氷雨!」

水流の叫び声を聞きながら、燕の視界は、徐々に真っ暗になっていった。

 


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